零戦のDNAを宿した空冷直4DOHC。カワサキZ1/Z2に秘められた、美しき「内プレス」とモノづくりの真実と歴史総解説

零戦のDNAを宿した空冷直4DOHC。カワサキZ1/Z2に秘められた、美しき「内プレス」とモノづくりの真実と歴史総解説

現代のバイクが失ってしまった、剥き出しの機械としての美しさ、乗り手を選ぶ難しさ。そして、それを操る愉しさ。その代表格ともいえるのが、1970年代に登場したカワサキ「Z1/Z2」だ。量産車として世界初の空冷並列4気筒DOHCという極上のパワーユニットを抱き、世界中のライダーを熱狂させたこの名機は、いかにして生まれ、いかに磨かれたのか。たゆまぬ改良の歩み、コストを度外視した「過剰品質」の美学、そして開発陣の執念が紡いだ誕生ドラマという3つの切り口から、今なお語り継がれる伝説の全貌を解説する。


●文:ヤングマシン編集部

「世界最良」を掲げた開発陣の執念。ホンダの衝撃を超えて生まれた奇跡

1960年代、米国で高まる4ストローク需要に応えるため、カワサキは1966年に750cc4気筒の開発に着手していた。しかし、1968年にホンダ「CB750フォア」が突如登場し、開発陣は大きな衝撃を受ける。寝耳に水であったこの敗北から、「ホンダを完全に打ち負かすには完璧を期すべし」と方針を大転換。

目標を「ベスト・イン・ザ・ワールド」へと引き上げ、零戦のエース機「V’103」号機にあやかりコードネームを「T’103」に決定した。開発リーダー大槻幸雄氏のもと、1200cc級も見据えて903cc(ボア・ストローク66×66mmのスクエア)という極限の直4エンジンを創出。

その熱き執念は最高速200km/h超、ゼロヨン12秒という世界最強のスペックとして結実し、1972年8月に量産が開始された。この不屈の挑戦の物語を知ることで、ライダーは愛車がただの鉄の塊ではなく、当時の技術者たちが命がけで挑んだ誇り高きサムライ魂の結晶であることを実感し、走るたびに五感を震わせる無限のロマンに浸ることができる。

コストを度外視した「過剰品質」。完璧な美しさと信頼を宿すディテール

多田憲正氏が手掛けた、反り上がるテールカウルや日本電装製の砲弾型メーターなど、Z1/Z2の佇まいは一目で心を奪う美しいバランスを誇る。さらに特筆すべきは、カワサキ初となる市販4ストローク車ゆえに注がれた「過剰品質」の心臓部だ。

組み立て式のクランクシャフトには、異物混入に極めて強いニードルベアリング支持をコスト度外視で採用。1次減速には確実な動力伝達を可能にする平歯車ギヤを使用し、がっちりとセンターを保持する別体キャップなど、長く愛せる耐久性が徹底的に追求されている。

また、溶接フランジを裏に隠してシルエットの美しさを際立たせた「内プレス」仕様の燃料タンクは、所有する誇りを満たしてくれる象徴的な意匠だ。初期型のみに施された黒塗りエンジンや、左サイドカバー内に備わるチェーン自動給油機構など、細部にまで男のロマンを体現したパーツ群の存在は、単なる所有欲を超え、いつの時代も色褪せない絶対的な安心感と所有する歓びを約束してくれる。

1970年代を生き抜いた、Z1・Z2が重ねたたゆまぬ改良の系譜

世界市場へ放たれた「Z1(900スーパー4)」は、1973年の初期型「火の玉カラー」を皮切りに、銀色エンジンとタイガーカラーの「Z1A」、玉虫カラーの「Z1B」へと年次改良を重ねた。1976年の「Z900(A4)」では足回りやキャブ径を見直し、1977年にはボアを4mm拡大して1015ccとなった「Z1000(A1)」へ進化し、フレームやブレーキが大幅に強化されている。

一方、国内の750ccオーバー販売規制に伴い、Z1のボアとストローク(66×66mm)を縮小して746cc(64×58mm)へと日本向けに仕立て直されたのが、1973年発売の「Z2(750RS)」である。Z2もZ1と同様のカラー変更を経て、1976年に「Z750Four(A4)」へと車名を変えてダブルディスク化され、1978年の「D1」でリヤブレーキがディスク化された。

このように、時代の要求に合わせて安全・操縦性を妥協なくアップデートし続けた歴史こそが、現代の旧車シーンにおけるパーツの流通や維持のしやすさに直結しており、憧れを現実にする大きな安心感となっている。

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