
カスタムカーの祭典「東京オートサロン2026」の会場で、ひときわ異彩を放つ一台があった。それが、1960年代に西ドイツで製造された「アンフィカー770(AMPHICAR 770)」だ。実はこの一台、陸上を走り、そのまま水上へと漕ぎ出すことができる世界初の量産型水陸両用乗用車なのだ。そんな歴史的名車を巡る歴史と、現代の技術で見事に蘇らせたWISESQUARE(ワイズスクエア)の挑戦を紹介する。
●文/写真:石川順一(ヤングマシン編集部) ●外部リンク:WISESQUARE
西ドイツが生んだ奇跡の「海を走る車」
アンフィカー770は、1961年から1968年にかけて西ドイツで製造された2ドアオープンボディのレジャー用水陸両用車だ。設計者は、生涯を通じて水陸両用車の開発に情熱を注いだハンス・トリッペルであり、彼の集大成ともいえる一台である。
当時、自家用としてシリーズ生産(量産)された水陸両用車としては唯一の存在であり、そのボディは西ベルリンで、エンジンはイギリスで製造され、一部のパーツは旧東ドイツからも調達されるという、まさに当時のヨーロッパの技術が結集した背景を持つ。しかし、その生産台数はわずか3878台にとどまった。
英トライアンフと独ポルシェの血を引く先進のメカニズム
この車両の心臓部には、イギリスのトライアンフ製1147cc直列4気筒ガソリンエンジンがリアに搭載されている。スペックは出力58ps(43.00kw)/ 4750rpmを発揮し、陸上では最高速70マイル(約113km/h)、水上では7ノット(約12km/h)での走行が可能だ。
トランスミッションには、ポルシェ製のものをベースに改良を加えたギヤボックスを採用。サスペンションには現代にも通じるマクファーソン・ストラット形式が用いられていた。
舵(ラダー)がない? 水上航行は前輪で操舵
アンフィカー770の最大の特徴は、水上での推進力として後部に2基のスクリュー(プロペラ)を備えている点にある。しかし、驚くべきことにこの「船」には舵(ラダー)が存在しない。
実は、水上での操舵にはハンドルを使い、陸上と同じように「前輪」を左右に切ることで行うのだ。そのため、船舶としての機動性は決して高いとは言えず、操船には独特の感覚が求められた。また、完全な防水構造とは言いがたい面もあり、水上走行後には入念なメンテナンスが不可欠という、極めて手のかかる機体でもあった。
それでもなお、1962年には英仏海峡を横断するという偉業を成し遂げており、その実力は歴史が証明している。
希少性と歴史的価値:コレクターが垂涎する理由
アンフィカー770が今なお世界中のエンスージアストを惹きつけてやまないのは、そのスタイリングと唯一無二のコンセプトにある。丸みを帯びた流線型のボディにコンバーチブルスタイルのルーフを備えたデザインは、1960年代の華やかなレジャー文化を象徴している。
1968年、アメリカの法規制強化や主要な投資家の死去によりその生産に幕を下ろしたが、現存する個体はとても少なく、マニアにはたまらないコレクターズアイテムと化している。当時の販売価格ですら1万ドイツマルク(現在価値で数百万円以上)を超え、とても高価なレジャービークルであったが、現代においてもその希少性とユニークな魅力は高まるばかりだ。
陸からそのまま海へ、あるいは湖へとエントリーできるという夢を具現化したこの1台は、バイク乗りにとっても、機械を操る喜びの本質を感じさせてくれる存在と言えるだろう。
ちなみに、東京オートサロン2026に出展された車両は、WISESQUAREが「限界レストア」と称して挑んだプロジェクトの結晶だ。製造から60年以上が経過し、国内で不動状態にあった希少な個体を、公道走行かつ水上走行が可能な状態まで仕上げたのである。さらに販売も受け付けているというから、気になる方は要チェックだ。
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