「高出力にギアが耐えられない…」涙をのんでエンジンパワーを封印。30年前に登場した悲運の傑作[ロータス エスプリ V8モデル]を紹介

「高出力にギアが耐えられない…」涙をのんでエンジンパワーを封印。30年前に登場した悲運の傑作[ロータス エスプリ V8モデル]を紹介

ロータス・エスプリは最終モデルを迎えるまではコンパクトな4気筒エンジンを積んでいたため、優秀なスポーツカーであるにもかかわらず、長い間スーパーカーとは認められなかったかと。ついに3.5リッターV8ツインターボを搭載した最終モデルは名実ともにスーパースポーツカーとなったものの、その生涯をあっけないほど早く閉じてしまったためか、
市場でのプレミアムを形成。エスプリ・シリーズの中でも一二を争う人気モデルとなったのです。ここでは、タイプ918と呼ばれるV8ユニットをコアにご紹介しましょう。


●文:石橋 寛(ヤングマシン編集部) ●写真:RM Sotherbys

大排気量V8の開発。極めて困難な挑戦に出たロータス

1990年代初頭、ロータスは激動の渦中にありました。長年エスプリを支えてきた直列4気筒エンジンは熟成の極みに達していたものの、フェラーリF355などの台頭を前に、絶対的なパフォーマンス不足が課題となっていたのです。

エスプリにとって直4以上のエンジンを搭載するのは長年の悲願だったとされますが、当時の小規模なロータスにとっては簡単な話ではありませんでした。ご存じの通り、イギリスの小規模メーカーにとって、他社製のV8エンジンを流用するのはごく一般的な手法でしたが、世界屈指の自動車開発コンサルタントでもある「ロータス・エンジニアリング」のプライドはそれを許しませんでした。

1976年にデビューして30年近くもの間、熟成を重ねられたエスプリ。V8は1996年、ジュネーブショーで発表されると2004年まで生産されました。

彼らは「軽量・コンパクトこそ正義」という創業者コーリン・チャップマンの哲学をV8という大排気量で具現化するという、極めて困難な挑戦に打って出たのです。

驚異的な軽さを実現した「Type918」

1996年、ついにベールを脱いだ「Type 918」は、3.5リッターのブロックからヘッドまでアルミ合金で製造され、ツインターボという過給システムを背負いながら、エンジン単体重量をわずか170〜180kg前後に抑えていました。

3.5リッターV8ツインターボ「タイプ918」は、この通りエンジンルームからは一部しか見えません。

これは当時の一般的な直列4気筒やV6エンジンと変わらない驚異的な重量です。さらに、重量増を嫌ってインタークーラーすら排除しつつ、低慣性のギャレット製スモール・ツインターボを左右に配し、まるで自然吸気エンジンのように鋭くリニアに立ち上がるトルク特性を実現したのです。

もちろん、軽いというだけでなくベンチテストでは550馬力を安定的に発生。フェラーリやポルシェに対抗どころか、十分に凌駕できるパフォーマンスといえるでしょう。

それまでの4気筒モデルからシャシーも流用しているので、室内もほぼ同じ眺め。ステアリング上のエアバッグに新世代を感じます。

メーターまわりも古き良きロータスを感じさせるオーソドクスなデザイン。スーパーカーらしく、速度のスケールは330km/hまで刻まれています。

もっとも、ロータスにはエンジンユニット以外にも頭を抱える問題がありました。それまで、4気筒モデルで使われていたルノー製の5速MT(UN1)では、新開発のV8が放つ強大なトルクに対して、明らかに強度が足りていなかったのです。

ロータスはこの事実をテスト段階で100%分かっており、実際に試作ギヤボックスを何度も粉砕していました。それでもなお、彼らがルノー製ミッションを使い続けるという「苦渋の判断」をせざるを得なかったのは、当時のロータスを取り巻く台所事情にほかなりません。

これが噂の強化型ミッション「UN1」外観から補強の様子は伺えませんが、技術者の執念と妥協が産んだそれなりの逸品といえるでしょう。

涙をのんで、ECUのプログラミングでデチューン

言うまでもなく、ミッドシップ用の堅牢なトランスミッションをゼロから新設計するには、莫大な予算が必要。もしそれを強行して価格高騰を招けば、エスプリの車両価格は跳ね上がり、フェラーリを超える価格となってしまうことは明らかでした。

そこでロータスは、ルノー製ミッションを可能な限り補強した上で、涙をのんでECUのプログラミングにより「最高出力を350馬力にデチューン、かつ1~2速ギヤではブースト圧を落としてトルクを制限」という、文字通りの「封印」を施したのでした。

2本出しマフラーや、パンチングプレートなど明らかに4気筒モデルとは違う後ろ姿。ジウジアーロのデザインをブラッシュアップしたデザイナーはラッセル・カー。

ちなみに、レースシーンでも駆動系の脆弱さは致命傷となり、1996年のBPR GT選手権に参戦した純レーシングカー「エスプリ GT1(Type 114)」は、550馬力の圧倒的な速さでマクラーレンF1をアウト側からゴボウ抜きにする絶対性能を見せつけながらもリタイアを連発。全11戦中4戦しか完走できないという、悲劇のモンスターマシンとして記憶されることになりました。

F:235/40 ZR17 R:285/35 ZR18というタイヤ&ホイールもシリーズ最大。ホイールは仕向け地、年式によっていくつかバリエーションがありました。

威信をかけたエンジンだったが、わずか8年で生涯を閉じることに…

その後、エスプリV8は熟成を重ね、2002年のマイナーチェンジで丸型4灯テールランプを獲得。そして2003年〜2004年の「ファイナルエディション」をもって、28年間に及ぶ長い歴史に幕を閉じることに。エスプリの生産終了とともに、Type 918エンジンもまた、わずか8年ほどの生涯を閉じました。

2002年にマイナーチェンジが施されたほか、さまざまな派生モデルも生まれていて、エスプリV8の歴史はかなりの濃さとなっています。

自社のエンジニアリングの威信をかけ、F1のDNAを注ぎ込んで作られたType 918。それは、制限だらけの市販車という檻の中で、決して100%の力を解き放つことができなかった「悲運の傑作」かもしれません。が、エスプリのサバイバルを賭したエンジニアの執念を知るとき、クルマ好きの心を捉えて離さない魅力が、よりいっそう深く見えてくるのではないでしょうか。

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