ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、入社からブリヂストンが世界選手権で奮闘した時代を振り返ってきたこのコラムも、いよいよ今回で最終回。2015年いっぱいでブリヂストンはMotoGPから撤退し、1991年から四半世紀にわたるロードレース世界選手権での活動に幕を下ろします。
TEXT: Toru TAMIYA PHOTO: BRIDGESTONE, DUCATI, HONDA, SUZUKI, YAMAHA
タイヤメーカーだけでなくホイールサイズも変わる
2015年のMotoGPクラスは、スズキがカムバックしてアプリリアが本格参戦。これによりレギュラーライダーが25人と、過去最高になりました。シーズン前のテストは、2月上旬のマレーシア・セパンサーキットが最初。例年、こちらは3日間の開催ですが、この年は4日間が設定されました。というのも4日目には、翌年からオフィシャルタイヤサプライヤーとなるミシュランの、車両メーカーテストライダーたちによるタイヤテストが実施されたため。前年の中盤くらいから、MotoGPを運営するドルナスポーツと協議して、ブリヂストンとしてもその後のMotoGP界のために可能な限り協力することに同意しました。その結果、ミシュランに合わせたマシンづくりを進めるために、5メーカーが同時に翌年のタイヤをテストする最初の機会が設けられたのです。
さらに、2月末に実施された2回目のセパンテストでは、その年の現役ライダーたちも翌年用タイヤのテストをしました。ただし現役ライダーによるテストは、シーズン前半はこのとき1日のみ。それ以外はシーズン中盤以降に設定することが取り決められていました。というのも、シーズン中に使用するのとはキャラクターが異なるタイヤをテストすることで、現役ライダーが混乱してライディングに支障をきたすことを避けるため。これは、ドルナスポーツが主導して決めました。2015年までのブリヂストンは16.5インチ径のタイヤを供給していましたが、ミシュランは17インチを選択。メーカーだけでなくサイズも変わるため、かなりの違いがあったはずです。
MotoGP発展を願う気持ちと、ちょっと複雑な本音
2015年のレギュラーライダーたちによる最初のミシュランタイヤテストは、私も興味津々。リヤタイヤのグリップはけっこう良さそうでした。しかしホルヘ・ロレンソ選手とアンドレア・ドヴィツィオーゾ選手が高速の3コーナーでフロントから転倒。ケガはなかったのが幸いでしたが、そんな場所で転んでいるのを見たことがなかったので、フロントはまだイマイチなのだろうと感じました。実際、某ライダーに話を聞いたところ、「ブリヂストンに迫るタイムをマークしたけど、フロントの安心感が全然ない」というようなことを言っていました。
私としては、心境は複雑。もちろん、未来のMotoGPをより発展させるため、ブリヂストン撤退以降のミシュランにはしっかりいいタイヤを供給してほしいと心から願っていましたが、その一方でいきなり最初のテストから好タイム連発というのも……。ミシュランはブランクが長かったですし、その間に我々もかなり努力してタイヤを進化させてきたわけですから、「ちょっとは苦労してよ」というのが本音でした。まあ、ミシュランの技術力があればすぐに適応するとは思っていましたが、それでもそう簡単にいかないのが普通ですからね。
さて2015年のシーズンが開幕してからは、どこのサーキットに行っても「これで最後。もうここに来ることもないんだなあ……」と、どこか感傷に浸る思いでした。それぞれのコース、街に思い出があり、どこかひとつをピックアップするというのはとても難しいのですが、その中でも例えばスペインGPが開催されてきたヘレスサーキットは、GP125にフル参戦することになった上田昇選手をサポートするため、1991年に初めて私がヨーロッパに行った場所。10万人を超える観客の日本とは異なる熱狂ぶりに圧倒され、そんな中で勝利した上田選手に感動した、ロードレース世界選手権における私にとっての原点みたいな土地です。
しかもヘレスは、コースこそたいして変わっていませんが、街並みや道路は当時と大きく異なっていて、そんなことを振り返っても思い出はたっぷりあります。ちなみに2015年のスペインGPは、第4戦として開催されました。
逆にちょっぴりネガティブな印象だったら、2015年は第3戦として開催されたアルゼンチンGPは、とにかく遠くて大変という記憶が今でも残っています。アウトドローモ・テルマス・デ・リオ・オンドは、ブエノスアイレスからまた飛行機で移動するくらいでしたから……。ただしこの年は、第2戦がアメリカズGPで、北米から直接南米に渡ったので、行くのはそれほど遠くなかったのですけどね。
アルゼンチンのサーキットがあるのはスパリゾート地で、街の中心部にはホテルやレストランなども多いのですが、ちょっと郊外に離れると本当の田舎。荷物を運ぶ馬車が普通に稼働しているほどでした。我々にとって最後の年となった2015年は、日本から送ったタイヤの一部がブエノスアイレスから届かず、ホンダとヤマハとスズキもパーツが届かなかったとのこと。結局、最後の手段としてドルナスポーツに頼み、プライベートジェットを2機飛ばしてもらいました。荷物運搬用の航空機材ではなかったので、座席やその間にタイヤを詰めて運んでもらい、金曜日の朝になんとかすべてのタイヤを揃えることができました。その類のトラブルは、過去に何度も経験しているのですが、いずれにせよサーキットの立地条件はあまりよくなく、今後にアルゼンチンを観光旅行で訪れることがあってもこの場所に来ることは絶対にないだろうと感じました。
でも、アルゼンチンに限らず、GPがなければ人生の中で行く機会などなかっただろう場所をたくさん訪れることができたというのは、本当にいい経験をさせていただいたと思います。
マーヴェリック・ビニャーレス選手、JR中央線に乗る
毎年、日本GPは私にとって一番忙しいレースウィークでしたが、それは2015年も同様。この年は東京・小平の技術センターからの要望により、大会直前の水曜日にライダーを招いてプレイベントを開催しました。2001年のGPプロジェクトスタート以降、多くの社内スタッフが開発や生産に関与してきて、MotoGP撤退の発表に小平でも工場で働いている“現場の人たち”がたくさん涙したそうです。それくらい情熱を持って業務を続けてきたので、みんなの思い出に残るようGPライダーを呼んでトークショーを開催することを計画。マーベリック・ビニャーレス選手、ジャック・ミラー選手、アルバロ・バウティスタ選手、ポル・エスパロガロ選手、ブラッドリー・スミス選手が来てくれました。
従業員が参加できるよう、工場のお昼休み時間に開催したのですが、水曜日の朝に日本到着だったビニャーレス選手には、なんと成田空港から電車で小平まで移動してもらうことに。チーム・スズキ・エクスターの担当をしていた塚本さんに、「空港からクルマだと間に合いそうにもない。電車のほうが早いから、成田エクスプレスと中央線を乗り継いで来て!」と電話でお願いして、なんとか時間までに現地入りしてもらいました。MotoGPライダーが中央線に乗っているなんて、ファンからしたらあり得ないですよね。
一応、社外の方々にもオープンにして、十分ではなかったもののホームページなどで告知をしておいたところ、熱心なファンが何十人も来てくれました。予算もなかったので、プロの企画会社に頼まない手づくりイベントとして実施し、通常の何倍も大変でしたが、多くの人が楽しんでくれたのでうれしかったです。また、小平のイベントとほぼ同じ時間に、東京・京橋の本社ではブリヂストンの役員がバレンティーノ・ロッシ選手とロレンソ選手の表敬訪問を受けました。
レース会場のツインリンクもてぎでは、再び1コーナー内側にテントを設置。金曜の夜にはチームやメディアを招いて恒例のパーティを開催しました。昼間は、GPプロジェクトの立ち上げから一緒に戦ってきた青木宣篤選手、ブリヂストンのMotoGPクラス初優勝を挙げてくれた玉田誠選手とのトークショーを企画。それ以外にも多くのライダーがトークショーに出演してくれました。これで最後ということで、日本にいる大勢のファンがブリヂストンブースに来てくれて、感慨深いものがありました。
ロッシ選手 vs マルケス選手のバチバチの結果……
日本GPが終了すると、その後はオーストラリアGP、マレーシアGP、そして最終戦のバレンシアGPでシーズンが終了するスケジュールだったわけですが、そのマレーシアGP決勝でロッシ選手とマルク・マルケス選手がヒートアップして、ロッシ選手がアウト側のマルケス選手を蹴るようなアクションをする中でマルケス選手が転倒。物議をかもすアクシデントに会場は騒然となり、その後にロッシ選手にはペナルティが課されました。そしてこの“事件”が原因で、バレンシアGPの金曜日夜に実施したブリヂストンのフェアウェルパーティに、ロッシ選手とマルケス選手が来てくれないことになってしまいました。マレーシアGPのレースウィークに、チームやドルナスポーツやメディアなどにも招待状を渡しており、メーカーには優勝経験ライダーの出席を依頼していて、快諾してもらっていたのですが……。
さらに、あまりの騒ぎだったので、関係ないライダーもその件に関するコメントを求められることが多いだろうというメーカー側の判断もあってか、他のライダーも参加を見合わせることになってしまいました。こちらとしては、最後の最後で余計なことをしてくれたと、悲しい気持ちになりましたが、MotoGPのパドックはパーティどころではないくらい大騒ぎだったのです。
それでも、このパーティには170人ほどが来てくれました。ドルナスポーツのカルメロ・エスペレータ会長、IRTA(国際ロードレーシングチーム連盟)のエルベ・ポンシャラル氏、ヤマハのMotoGPグループリーダーだった辻幸一氏、ドゥカティのMotoGPプロジェクトリーダーだったパオロ・チャパティ氏に挨拶をいただき、IRTAとドゥカティとヤマハからはサプライズのプレゼントまでいただきました。
バレンシアGPの決勝スタート前には、グリッドでライダー全員と握手してまわりました。スタート前に、各ライダーの健闘を祈り、無事に終了してほしいという思いで、コンペティション時代にはブリヂストンの契約ライダーと必ずやっていたことなのですが、ワンメイクになってからは公平性の観点から、時間的に全員とはできないのでしていませんでした。このときは、ブリヂストン最後のMotoGPということでライダー全員と挨拶。スタート前で緊張しているタイミングでしたが、みんな気持ちよく握手してくれました。「今まで本当にありがとう」と言ってくれるライダーたちもいて胸が熱くなりました。そしてシーズンはロレンソ選手の逆転チャンピオンで幕を閉じ、それと同時にブリヂストンのロードレース世界選手権における活動にも終止符が打たれたのです。
MotoGPに携わったメンバーの多くが飛躍していった
GP125から25年、MotoGPプロジェクトのスタートから15年というロードレース世界選手権での活動期間。このコラムでも、私が2016年以降もMotoGPでの活動を継続していくことを望んでいたことは触れましたが、その理由は海外スタッフの将来を心配したことなどに加えて、レースの現場が社員教育の場として非常に役立つことを、身をもって感じていたからです。とくに開発スタッフの場合、MotoGPのようなトップクラスのレースシーンでは現場で判断して素早く対処しなければならないことも多く、レースの現場が人を育てます。
実際、あの当時に本社でMotoGPの担当をしていた私より下の世代の社員が現在は海外に赴任してバリバリやっていたり、ブリヂストンがMotoGPプロジェクトを立ち上げた際のメンバーたちは何人も役員クラスまで出世していたり……と、MotoGPに携わったメンバーの多くが、その後も仕事で活躍しています。だからこそ本当は、次世代の若い社員にも世界最高峰のレース現場を経験してもらいたいという気持ちは強くありました。
もちろん私自身もそうですが、MotoGPの活動を通じて人間として成長した社員も多く、それは会社としても有意義だったと思います。この活動をスタートした最初の基本的な目的は、「技術の進歩」と「ブランドイメージの向上」。どういう状況になれば“達成した”と判断できるかはわかりませんが、このふたつに対して大きく貢献できたことだけは間違いありません。それは私にとっても誇りです。
約3年間にわたり連載させていただいたこのコラムも、今回で最終回を迎えました。長い間お付き合いいただき本当にありがとうございました。
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