1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第92回は、MotoGPチャンピオンシップの行方と、別れを告げるスズキについてなど。
TEXT:Go TAKAHASHI PHOTO:DUCATI, HONDA, MICHELIN, SUZUKI, YAMAHA
レース中でもっともリスクの高い時間帯に懸けるしかないクアルタラロ
ついにMotoGP・2022シーズンが終了しました。最終戦バレンシアGPは、タイトルを争うファビオ・クアルタラロとフランチェスコ・バニャイアがオープニングラップから激しいバトルを見せましたね! 見ていてヒヤヒヤするぐらいの接近戦は、チャンピオン決定戦にふさわしいものでした。
そしてあのオープニングラップこそ、今シーズンを象徴していたように思います。クアルタラロとしては、1周目から攻めに攻めるしかありません。ヤマハYZR-M1は、残念なことに誰がどう見てもパワー不足。後方から追い上げることはほとんどできません。だからまわりのライバルたちが自分のペースを掴むより先に、オープニングラップで無理をしてでも前に出ておくという戦略しかないんです。
タイヤが十分に温まっておらず、コースコンディションやライバルの動向もよく分からないオープニングラップは、レース中でもっともリスクの高い時間帯です。でもクアルタラロは、そこに懸けるしかない。今シーズンのクアルタラロは、オープニングラップでオーバーランしたり、アタックに失敗したりするシーンが多く見られましたが、彼にはそうするしか勝つ手立てがありませんでした。最終戦でもリスクを取って、1周目から持てる力を出し切っていましたね。
全20戦でひとつの物語を紡いだ2人
一方のバニャイアも、どうしても勝ちたいという気迫を見せていました。ポイント争いで有利だった彼は、万一転倒してもクアルタラロが優勝しない限りは、タイトルを手にすることができます。結果的にクアルタラロと接触し、エアロパーツが破損した影響でペースを上げられずに9位に終わりましたが、粘り強い見事な走りはチャンピオンにふさわしいものだったと思います。
そもそも今シーズン序盤に、バニャイアがチャンピオンを獲得するなんて、誰が想像できたでしょう? 序盤から飛ばしに飛ばしたクアルタラロがポイント争いを大きくリードし、第10戦ドイツGPではバニャイアに91点もの差をつけていたんです。バニャイアはこの時、ランキング6位でした。ところが中盤になると、バニャイアが第11戦オランダGP、第12戦イギリスGP、第13戦オーストリアGP、そして第14戦サンマリノGPと4連勝を挙げ、クアルタラロを追い詰めていきます。
こうなると厳しいのはクアルタラロです。マシンにアドバンテージのない彼としては、とにかく全力以上の走りをするしかありません。当然、無理がたたってのミスが増え、他車との接触転倒など不運な出来事も呼んでしまいます。一方のバニャイアにはマシン性能面の余裕がありますから、必要以上に頑張る必要はありません。自分のペースでポイントを積み重ねていけば、それで十分でした。
そして、シーズン終盤も終盤、第18戦オーストラリアGPでついにバニャイアがランキングトップに立ちます。バニャイアの転倒などもあって、ポイント差はわずかでしたが、こうなるともはやバニャイアのペース。「自分の走りさえすれば、王座に就くことが確実」という力強さでした。
今シーズンのバニャイアとクアルタラロのタイトル争いは、まるでひとつのレースを見ているかのような精神的な駆け引きがあったように思います。マシンセッティングもまとまり切っていないシーズン序盤から飛ばすしかなかったクアルタラロ。そしてシーズンが進みセッティングが煮詰まるに伴って、後方から追い上げ、クアルタラロを追い詰め、いつしかシーズンを支配してしまうバニャイア。本当に見応えのある20戦でした。
クアルタラロがどれだけ頑張っていたか、そしてヤマハのマシンがどれだけ苦戦していたかは、ヤマハの他のライダーのランキングを見れば明らかです。一方のドゥカティがどれだけのアドバンテージを持っていたか、バニャイアがどれだけ余裕を持ってシーズンを戦えていたかも、ドゥカティの他のライダーのランキングに現れています。
クアルタラロしか乗りこなせないヤマハ、誰が乗っても速く走れるドゥカティ、という構図は、ランキングトップ10以内にヤマハがひとり、ドゥカティが5人という結果に出てしまっていますよね。
日本のメーカーが力を発揮できない状況、それにまつわる駆け引きも
僕たち日本のモータースポーツファンとしては、何とも歯がゆいシーズンが続いていますが、これは日本のメーカーの技術力不足……とばかりは言えない側面があります。例えば、レギュレーションを策定する段階から欧州メーカーが有利になるような駆け引きが行われているように感じるところはありますし、コロナ禍で日本のメーカーは人の行き来自体が大きく制限され、難しかった部分もあると思います。
今のMotoGPは開発費高騰を抑えるためにレギュレーションの縛りがキツく、思うように開発できないという事情も大きい。僕なんかはシンプルに、「世界最高峰の二輪レースなんだから、技術進化も好きなように思いっ切り競い合ってほしい」と思ってしまいます。そうなれば日本のメーカーは存分に力を発揮してくれるのではないか、という期待もあるんです。
現実にはコスト面が大きく、今後も開発競争が自由になることはないでしょう。開発コスト高騰で参戦メーカーが減ってしまえば、MotoGPは興行としての魅力を失ってしまいますからね……。せめて1年のうちに何度か、例えば5戦おきぐらいにエンジンのアップデートができれば、日本のメーカーももっと戦える気がします。
各ファクトリーチームがマシン開発面でもしのぎを削っていた頃にGPを戦っていた僕からすると、シーズンを通してずーっと同じマシンを使っている今のMotoGPは、ちょっと寂しく感じます。もっとも、レギュレーションを自分たちの有利なように持って行くことも、メーカーの力なのかもしれません。日本のメーカーは、そういう政治的な駆け引きでも手腕を発揮してもらいたいですね。
日本のメーカーといえば、今シーズンをもってMotoGPを撤退するスズキが、最後のレースとなる最終戦バレンシアGPで見事な優勝を決めました。生え抜きのスズキライダーであるアレックス・リンスが1度もトップを譲らずに優勝した姿は、本当にドラマチックでした。
今シーズンのリンスは2勝を含め4度表彰台に立ち、スズキの力をアピールしました。勝てるメーカーが撤退するのは残念ですが、もっと多くのメーカーが参戦しやすいようにMotoGPも変わって行かなければならないのでしょうね。もちろんそこには開発費の話も絡んでくるわけですから、難しい時代になってきたことをひしひしと感じます。
「最後の最後には、アイツが勝つだろうな」と思わせる
Moto2では小椋藍くんが転倒し、タイトルはアウグスト・フェルナンデスのものになりました。残念な結果ですが、藍くんとすれば攻めるのは当然のこと。結果的には転倒に終わりましたが、やるべきチャレンジだったと思います。来年以降、ペドロ・アコスタのような強力なライバルが力をつけてきます。藍くんが再びタイトル争いに加われるかどうか、期待しています。
攻められるライダーであり、速さのあるライダーであることは、今シーズンに十分に証明できました。「小椋藍」という存在感を世界に示せたと思います。あとは攻めながらもポイントを落とさないという強さを備えることができれば、ぐっとタイトルが近づくでしょう。
チャンピオンライダーたちは、みんな速いだけではなく、強い。「最後の最後には、アイツが勝つだろうな」と思わせるオーラをまとったライダーが、実際にタイトル争いに勝つものです。才能はもちろんですが、運や、周囲を味方につける力も含めて、オーラがあるかどうか。ここは大きな分かれ目です。MotoGPは、そういうオーラがあふれ出ているライダーたちが終結し、さらにトップを決める場ですからね……。本当にすごいステージだと思います。藍くんも今以上のオーラを身に付けて、MotoGPタイトルをめざしてほしいですね。
バニャイアのタイトル獲得が示しているように、イタリアンライダーの躍進が目立ってきました。バレンティーノ・ロッシが主宰する若手ライダー育成プログラム、VR46出身のライダーたちが活躍し、いよいよ花を咲かせています。やはりライダーは時間をかけて育てていくもの。日本でも本気のライダー育成プログラムが組まれれば、もっと面白くなると思うのですが……。
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