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[画像 No.14/15]【最終回】山田宏の[タイヤで語るバイクとレース]Vol.77「人間を育ててくれたGPとのお別れ」

|【最終回】山田宏の[タイヤで語るバイクとレース]Vol.77「人間を育ててくれたGPとのお別れ」
1991年の世界グランプリ開幕戦、日本GP125ccクラスでTSR所属の上田昇選手が鮮烈なポールtoウィンを飾った(写真左)。この後、GP主催者からTSRの藤井正和さんにフル参戦の打診があり、ブリヂストンの世界への挑戦が転がり始める。そして急きょ決まったフル参戦から間もない第4戦スペインGPで再び優勝(写真右)した。最高峰への挑戦が始まるのはこれから10年後。
ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、入社からブリヂストンが世界選手権で奮闘した時代を振り返ってきたこのコラムも、いよいよ今回で最終回。2015年いっぱいでブリヂストンはMotoGPから撤退し、1991年から四半世紀にわたるロードレース世界選手権での活動に幕を下ろします。 目次 […]