1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第86回は、さまざまなドラマを味わった鈴鹿8耐について。
TEXT:Go TAKAHASHI PHOTO:Go TAKAHASHI, Toshihiro SATO, Daisuke HAKOZAKI
クラス優勝は果たせなかったが、実り多き鈴鹿8耐だった
鈴鹿8耐が終わりました。僕が初めてレーシングチーム監督を務めさせていただいたNCXX Racing with RIDERS CLUB(ネクスレーシング ウィズ ライダースクラブ)は、予選でSSTクラスポールポジション、総合11位。そして決勝はSSTクラス2位、総合16位という結果でした。
’18年にはクラス優勝経験がある実力派のチームですが、ライダーやチームスタッフの多くは今回の鈴鹿8耐のために招集された、いわば「寄せ集め」。それでも予選クラスポールポジションと、決勝の総合 16位はチームの過去最高成績です。
中で見ていた僕としては、クラス優勝以上の価値ある成果だったと思います。最大の要因は、なんといってもライダーたちが頑張ってくれたことです。3人それぞれが自分の役割をしっかりと理解して、やるべきことをきっちりとやってくれました。
伊藤勇樹くんは30歳ですが、チーム内では最年長の「ベテラン」。若いふたりのサポート役に徹してくれて、その中でも自分らしい走りを見せてくれました。22歳の南本宗一郎くんは、普段は全日本ST1000クラスを戦っていて、1000ccマシンにも慣れています。予選、決勝とも好タイムを連発し、チームを引っ張りました。1番若い20歳の井手翔太くんは、全日本ST600クラスのライダーです。自分をアピールしたい気持ちもあったと思いますが、闘争心を抑えて着実な走りに切り換えていました。
決勝序盤、宗一郎くんが飛ばしてくれてSSTクラストップに。このまま行けば順当にクラス優勝だ、と誰もが思っていましたが、勇樹くんが走行中のスティントでマシントラブルが発生! ピットでの修復作業を余儀なくされ、約15分タイムロスしてしまいました。クラストップからは6周ほど遅れましたが、チームスタッフもライダーも最後まで決して諦めず、戦略もうまく行ってクラス2位まで浮上。うれしかったですね!
クラス優勝は果たせませんでしたが、実り多き鈴鹿8耐だったと思います。僕がチーム監督ということで、自分で言うのもなんですが注目度が高かったし、みんなには少なからずプレッシャーもあったと思います。そういった中でも自分を見失わず、着実に走り切ったことは、ライダーたちの今後のレース人生に役立つ経験になったのではないでしょうか。
監督として心掛けたのは『ライダーファースト』
僕自身は初の監督ということですが、正直言ってメカニズムに詳しいわけでもないし、チーム運営の細かいところまで理解できているわけではありません。でも、チームスタッフとライダーの間に立って、両者の架け橋になろうと思っていました。また、NCXX Racing with RIDERS CLUBは混成チームなので、チームスタッフ間にもはどうしてもギャップがあります。そこを埋める役目が果たせたらいいな、と。
と言っても、できることには限りがあります。できるだけみんなと話すようにしたり、メカニックたちと食事に行ったりして、コミュニケーションを図りました。チーム全体を見渡して、「コミュニケーション不足かな」と感じるところに声をかけていった、という感じですね。とにかくチーム内の不安要素をなくして、お互いに何でもざっくばらんに言い合えるような雰囲気作りを心がけました。
決勝レース中にマシントラブルが発生した時も、「焦らなくていいよ。着実に行こう」と声をかけました。トラブルは発生してしまったんですから、もう仕方がない。そこで焦ってさらに二次的なトラブルを招くよりは、、落ち着いて対処した方がいい。「焦らなくていいよ」という言葉には、そんな思いを込めました。
ライダーがコースに出てしまえば、僕たちにできることはありません。チームの役割は、「ライダーの気持ちをいかに乗せるか」に尽きると思います。チーム内の雰囲気は、ライダーのモチベーションを高めるためにもっとも大事なこと。これは僕自身も世界グランプリで体験してきました。レースはひとりではできません。みんなの支えがあって初めて力を発揮できる、チームスポーツなんです。
監督として役目を果たせたかどうか、自分ではよく分かりません。来年もお声がけいただけるかどうかで、評価が分かるのではないでしょうか(笑)。でもいろんな方から「NCXX Racing with RIDERS CLUBは雰囲気がいいね」と言われましたし、自分でもそう感じました。ライダーたちは3人とも仲良く過ごしてくれたし、みんなが「このメンバーでまたリベンジしたい」と言ってくれたので、チームともうまく行っていたはずです。
チーム監督を務めるにあたっては、「ライダーファースト」を標榜してきました。その思いは、レースを終えた今もまったく変わりません。レースウィーク中も若いライダーたちに自分の経験談をできるだけたくさん話すようにしました。彼らにとっては生まれる前の話ですからね、「そうなんスか~」なんて言ってて、伝わったのかどうか分かりませんが(笑)、でもきっと何かが残ったのではないかな、と。
彼らが全日本やアジアロードレース選手権を戦う中で、その「何か」が役に立つ場面があるかもしれません。彼らが余計な遠回りをしなくても済むなら、うれしく思います。来年のことはまだ分かりません。でも僕はまたこのチームのみんなと鈴鹿8耐を戦い、今度こそはクラス優勝をもぎ獲りたいと思っています。
レースをやめてからの方が人生は長い……とは言い切れないけど
そして今回の鈴鹿8耐では、ノブ(註:青木宣篤さん)が現役を引退しました。まずは「お疲れさま!」と言いたいですね。ノブは子供の頃から共にレースを戦ってきたライバルであり、レース仲間ですから、感慨深いものがあります。彼が(あちこち骨折したとは言え)五体満足で現役生活を終えられたことを、心から喜びたいと思います。
ノブとは同じ時代を走ってきました。僕は’02年で現役を退きましたが、ノブは鈴鹿8耐へのレース参戦をやめなかった。同世代として、あの厳しい戦いの場に身を置き続けたのは、本当にすごいことだと尊敬します。特にここ数年は「老体にムチ打って、よくやってるなぁ」と。正直、心のどこかでは「そろそろ潮時じゃないか」という思いもありました。2年前にガンの治療を受け、去年は足を骨折してましたしね。
ノブ自身、’20年をもっての現役引退を表明していました。コロナ禍の影響で今年まで“引退延期”になりましたが、やはり「やめよう」と思った時にはやめるべきなんです。ライダーが自分で「やめよう」と考える時は、精神的なのか肉体的なのかチーム体制なのか、いずれにしても何らかの限界を感じているから。そこが引き際です。
1度でも「やめよう」という思いがよぎってから無理に続けても、いい結果にはなりません。1番怖いのはケガ。ノブの場合は年齢も年齢なので「レースをやめてからの方が人生は長いよ」とは言い切れません(笑)。でも、まだまだいろんな形でレースやバイクに関わることができるんですから、とにかく無事であることがベストです。そういう意味では、ノブの引退もいいタイミングだったのかな、と思います。
それにしても、同世代で今もレースを続けている仲間たちもいて、本当にスゴイと思います。ヤナ(註:柳川明さん)なんかノブと同い年で、まだやる気マンマン、1日200kmは自転車に乗っているそうですからね。体力はもちろん、精神力が本当にスゴイ。全日本ロードJSB1000に参戦していて、さすがに最盛期ほどのスピードはなくても、ベテランらしいレースを見せていますからね。僕も今回の鈴鹿8耐で「現役復帰したら?」とか「8耐出なよ」と声をかけてもらいましたが、さすがにもう無理……。なぜって? 老眼でデジタルメーターの数字が見えないから!(笑)
いろいろあった鈴鹿8耐を終えて、もうすぐモナコに戻ります。MotoGP第12戦イギリスGPは鈴鹿8耐とかぶってしまいましたので、これからじっくり観ようと思っています。
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