1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第78回は、アプリリア優勝への感慨や加賀山就臣さんの引退について。
アプリリアの実力、いよいよ本物か
MotoGP第3戦アルゼンチンGPは、アプリリアのアレイシ・エスパルガロが優勝しましたね。自身のグランプリ初優勝、そしてアプリリアにとっても最高峰クラス初優勝です。エスパルガロが表彰台のトップに立ち、その下で喜び合うスタッフたち……。かつてアプリリアでレースをしていた僕には、知った顔もいくつかあって、非常に感慨深い結果となりました。
エスパルガロは、ドゥカティのホルヘ・マルティンをストレートでパスするシーンも見せました。エンジンパワーも含め、マシンのトータルパフォーマンスがいいバランスだったようです。チームメイトのマーベリック・ビニャーレスも7位でフィニッシュしており、アプリリアの実力もいよいよ本物になってきましたね。ただ、まだ1勝。今シーズンもかなりの混戦模様ですし、アプリリアはここからが本当の勝負になりそうです。
個人的には「フランチェスコ・バニャイアがまだ来ないなあ……」と、ちょっと意外です。アルゼンチンGPでは5位になりましたが、昨シーズン終盤の勢いはまだ感じられません。ドゥカティはサテライトチームが好調ですが、ファクトリーチームはもうひとつ。ただ、昨シーズンも序盤のバニャイアは不調気味だったので、ここから盛り返してくるのでしょう。ヨーロッパラウンドが始まるまでの間にポイント争いで独走しているライダーがいないということは、まだ誰にでもチャンスがあるということですしね。
そんな中でも比較的安定して上位につけているのがスズキです。アルゼンチンGPではアレックス・リンスが3位表彰台、ジョアン・ミルが4位と好成績を収めました。特に残り5〜6周あたりからのミルの追い上げは見事! 相変わらずレース後半で強いライダーだな、という印象です。たぶん彼は「タイヤを保たせよう」と意識して走っているわけではないと思います。恐らく、「後半まで保つタイヤ選び」と、「タイヤに合ったマシンセッティング」が上手なのでしょう。
レースが始まってしまえば、ライダーはそうそう自分でペースコントロールをすることはできません。ライバルがいて、状況は刻々と変わるからです。ただ、フリー走行や予選の間に、決勝レース後半まで保ちそうなタイヤをしっかりと選んでおき、それに合ったマシンセッティングを出せていれば、話は別です。ライバルに多少ペースやラインを乱されても、マシンをこじったり無駄に滑らせずに走れれば、タイヤに過度の負担をかけずに済みます。レース後半に強いミルの秘密は、このあたりに隠されているんだと思います。
影響を与えてくれる存在があるかないか、それが大きな意味を持つ
新人勢の最上位は、VR46のマルコ・ベゼッキが9位。以前にもこのコラムで書きましたが、やはり偉大なチャンピオン、バレンティーノ・ロッシが近くにいることは大きいでしょう。今回、クラスは違いますがMoto3で3位表彰台に立った佐々木歩夢くんを見て、改めてそう思いました。
佐々木くんは今シーズン、マックス・ビアッジが率いるチーム、マックスレーシングに所属しています。そして皆さんもご存じのように、マックスは世界GPでは4回、スーパーバイク世界選手権でも2回、タイトルを獲得したライダーです。佐々木くんがマックスに直接何かを教わっているかどうかは分かりませんが、いい影響を受けていることは間違いなさそうです。
今回のアルゼンチンGPも、前戦分のロングラップペナルティを受けて2周目には18番手までポジションを落としましたが、そこから周回ごとに前走車を抜く力走で終わって見れば3位表彰台獲得。現役時代、マックスは先行逃げ切りを得意とするタイプでしたが、佐々木くんも今シーズンから序盤からハイペスで走れるようになっています。
序盤からのハイペースって、タイヤは冷えているし燃料満タンで重いしマシンや路面のコンディションも掴み切れないし、かなりリスキーな難しいことなんです。僕は状況をしっかり把握してからペースを上げるタイプ。マックスとは正反対でした。これはもう、それぞれのスタイルなのでどっちがいい・悪いということではありません。でも佐々木くんがワンステージ上がったように思えるのは、確実にマックスの好影響があるはず。佐々木くんには合っていたんでしょうね。
Moto3と同様に、3位表彰台獲得で日の丸を掲げてくれたのは、Moto2の小椋藍くん。いいレースを見せてくれましたが、チームメイトのソムキアット・チャントラが、前戦の優勝に引き続き2位表彰台ですからね……。これは小椋くんにとって間違いなくいい刺激になっているはずです。
レースは、他チームのライバルを相手取った戦いが目立ちますが、実はチームメイト同士の競い合いも重要。同じチームで同じマシンに乗っている相手ですから、負けるわけには行きません。
僕はヤマハ時代だと(ピエール・フランチェスコ)キリさんや、ケニー・ロバーツJr、アプリリア時代だとロリス(カピロッシ)やバレンティーノ(ロッシ)がチームメイトで、いつも彼らにセッティングデータを持って行かれてたんです(笑)。
それでも絶対に負けたくはありませんでした。ただ、いくらセッティングが同じでも、ライディングスタイルは同じじゃない。みんな僕のデータを参考にしても、タイヤをうまく保たせられずにハマッていましたね。そう簡単には行かないのがレースの面白いところです。
リザルトだけではわからない、加賀山就臣の影響力
全日本ロードレースも開幕しましたね! モナコからYouTubeで観戦しましたが、最高峰のJSB1000クラスは土曜日のレース1は優勝が中須賀克行くん、2位は渡辺一樹くん、3位は濱原颯道くん。そして日曜日のレース2は中須賀くんが2勝目を挙げ、2位は同じヤマハの岡本裕生くん、3位は渡辺くんでした。
結果だけ見ると「やはり中須賀くん強し!」という感じですが、渡辺くんや岡本くんもかなり肉薄していましたね。中須賀くんがラクに独走したというレースではなく、若手の頼もしさが目立ちました。
その一方で、加賀山就臣(かがやま ゆきお)が引退という寂しいニュースも。就臣はケガの多いライダーで、一度など選手生命が危ぶまれるどころか、生命の危機にさらされるような事態もありました。今もあちこち痛みは残っているはずですが、それでもちゃんとバイクに乗れる体で引退できたのは、本当によかったと思います。
今後はJSB1000・ヨシムラのチームマネージャーを務めるとのこと。すごく楽しみです。EWC(世界耐久選手権)では年間チャンピオンになった就臣ですが、意外にもスプリントレースではタイトルを獲っていません。でも彼にはリザルトだけでは分からない華やかさがあったし、レースに対する取り組み方には見習うべきものがありました。
全日本ロードで、Team Kagayamaは大きな存在感を発揮していましたよね。プライベーターながらピットを見栄よく飾り、立派なホスピタリティブースを設けました。就臣はEWCはもちろん、MotoGPにもスポット参戦しましたし、SBK(スーパーバイク世界選手権)やBSB(英国スーパーバイク選手権)など、海外レース経験が豊富です。その経験を生かして、全日本に華やかさを持ち込んだんです。
僕自身はレーシングチームを運営したことがないので、チーム代表としての就臣の苦労は本当には分かりません。ただ、ライダーという立場の側から言わせてもらえれば、やはり華やかなピットやホスピタリティブースがあると、それを誇りに感じ、よりいっそう頑張れるものです。
僕の現役時代も、今のMotoGPほどではないけれど、アプリリアは大きなホスピを設けていました。華やかな演出があり、しかもおいしい食事を提供してくれたら、そりゃあモチベーションも上がります(笑)。僕もよく、はるばる日本から取材に来てくれる日本人ジャーナリストの方たちにホスピで食事を振る舞ったものです。そういうことってレース結果には直接関係ありませんが、プロの振る舞いとしては大事だと思っています。
プロライダーとはどうあるべきか。スポンサーにはどのように対応するべきか。Team Kagayamaの取り組みは、興業としての全日本のあり方を1段も2段も引き上げました。プロレーシングの世界で、結果を求めるのは当たり前のことです。でも、結果がすべてとも言い切れない。就臣のようにレースの付加価値を高めるのも、プロにとってはとても大事なことだと僕は思います。現役を退いても、日本のレースを盛り上げるためにいろんなアイデアを形にしていくはず。これからますます頑張ってくれることでしょう。
そして今回も、悲しい訃報に接しました。僕がグランプリに行くきっかけを作ってくれた若井伸之くん。彼のお姉さんのご主人である広田泉さんが、3月28日に癌で亡くなりました。著名な鉄道カメラマンである泉さんは、大のバイク好き。僕のレースをいつも応援してくれていたし、引退後の活動も気に掛けてくれていました。
’20年8月には「第1回ラストラン」と称して茂原ツインサーキットでミニバイクを走らせた泉さん。「これから第2回、第3回とラストランをして、『ラストラン詐欺』をするんだ」なんて笑っていましたよね。本当に残念です。有志で泉さんのラストランを執り行う計画もあるそうなので、僕も参加したいと思っています。
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