ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、その当時を振り返ります。2013年シーズンのために、2012年の開幕前テストに導入した新構造のフロントタイヤは、予想以上の高評価。これにより多くのライダーが、「すぐに使いたい!」と言いはじめ……。
TEXT: Toru TAMIYA PHOTO: DUCATI, HONDA, Red Bull, YAMAHA
各チームの意見を取りまとめてくれた男
2013年シーズンからの本格的な導入に向けて開発した、新しい構造を採用したフロントタイヤは、温まりやすさやコントロール性のよさ、限界のわかりやすさなどが、我々が用意していた当初の2012年用スペックよりも高いレベルにあると、大多数のライダーが評価していました。そのため、2012年に向けたシーズンオフ最後の公式スケジュールとなったヘレスサーキット(スペイン)でのテストで、このタイヤをいつから導入するかについて協議されました。前回のコラムで触れたように、あるチャンピオンチームのかなり強硬な反対があり、ブリヂストンとしては判断できない状況。とはいえ、ある男がライダーの意見を取りまとめてくれたことで、話は進みやすくなっていました。
その男とは、前年に現役ライダーとしての活動にピリオドを打ったロリス・カピロッシ元選手。ロリスは、引退直後からMotoGPを運営するドルナスポーツのセーフティアドバイザーに就任していて、「最初の仕事としてタイヤをよくしたい」とも発言していたので、「それなら現場に来て一緒に仕事してほしい」と頼みました。彼とは、ドゥカティワークスチームが2005年にブリヂストンタイヤを使用することになったときからの関係があり、よく知る間柄でしたが、それに加えて精力的に動いてくれたのでとても助かりました。
MotoGPの規則などを決める場合、ドルナスポーツ、FIM(国際モーターサイクリズム連盟)、IRTA(国際ロードレーシングチーム連盟)、MSMA(モーターサイクルスポーツ製造者協会)の4団体によって協議または決定されます。今回のスペック決定に関しても同様で、とくに一部の反対もあるチームの意見をIRTAにまとめて欲しいとお願いし、ドルナの代表としてロリスに全体をまとめてもらいました。
そしてヘレステストで、ロリスとFIMレースダイレクター、IRTAの代表が集まって、「新しいフロントタイヤに切り替える」という結論に至りました。しかも、我々としては翌年から切り替える予定でしたが、「すぐに導入してほしい」とのこと。ライダーというのは、タイヤに限らずいいパーツがあればすぐに使いたがるものです。
ハードコンパウンドでもウォームアップ性能は十分と判断
しかし、当然ながら我々としてはすでに当初のスペックで生産を含む2012年の準備を進めていて、なおかつ開幕戦のカタールGPまでは2週間しかなかったので、「こっちのタイヤにしてくれ」と言われても、すぐに対応できるわけではありません。そこでブリヂストンとしては、「6月にシルバーストーンで開催される第6戦イギリスGPからなら切り替え可能」と回答。これは、3月中旬の段階ですでに、第5戦で使うタイヤまでは生産あるいはその準備がしてあったためです。ところがライダーの意見を取りまとめたロリスは、「それでは遅い。ブリヂストン側が大変になるのもわかるから、1レースで供給される9本のフロントタイヤのうちハード側コンパウンドの2本だけでいいので、すぐに新スペックを導入してほしい。そうすれば、1本を予選、もう1本を決勝で使える」と言ってきました。通常、レースに使うことを考えたら最低1スペック3本は必要だと思うのですが、その点はロリスが我々のことを考えて提案してくれたのです。
そこでいろいろ検討した結果、1レースに2本ずつ新スペックを入れるという提案に対しては、なんとか対応できるという判断を下しました。ただし、開幕戦カタールGPで使用するタイヤはすでに現地発送済み。そこで、第2戦スペインGPから第5戦カタルニアGPまでは1レース2本ずつとし、第6戦イギリスGPからはすべてのフロントタイヤを新構造に切り替えることにしたのです。第2~5戦は、当初のアロケーション9本に加えて新スペックを2本供給。第6戦から9本のアロケーションに戻すことも決まりました。ちなみに、新スペック2本をハード側にしたのは、ウォームアップ性が従来スペックよりも高いためです。
4レースの切り替え期間を設けることで決着
新構造フロントタイヤの生産に向けて、工場にはかなり無理をお願いしましたが、このようなスケジュールとすることで、いきなり切り替えたときと比べていくつかのメリットもありました。まず、多少の移行期間があることで、新スペックに馴染めないライダーにとっては、アジャストするための時間が長くなります。そして我々としては、それまでに生産したタイヤをムダにする量が減ります。新構造が2本加わることで、旧構造の消費は減りますが、そもそもMotoGP用タイヤは多少の余裕をみて生産してあるので、ある程度の余りは出るもの。廃棄するタイヤがそれほど多くなく、それでライダーが喜んでくれるなら、我々としてもやる価値は大きいです。
そして我々にとってなによりのメリットは、第2~5戦までの4レースでどれくらいのライダーが使用してくれるかを見ることや、ライダーからのコメントを得ることで、新構造フロントタイヤに対するさらなる評価が可能な点。新構造フロントタイヤは、結局のところこの段階ではマレーシアのセパンインターナショナルサーキットとスペインのヘレスサーキットでしかテストしておらず、第6戦でいきなり全面的に切り替えてみたらシルバーストーンサーキットとの相性はまるでダメだった……ということが起こらないとも限りません。過去には、同じコースでテストしたときには評価が良かったのに、レースウィークでタイムが上がってきたら良くなかった……なんて例もあったので、第2~5戦に異なるサーキットのレースウィークで少しずつテストできることで、我々にとっても新構造フロントタイヤに切り替える安心材料になるのです。
ちなみに2012年は、この新構造フロントタイヤの導入に関することが一番の大仕事でしたが、そのほかにもアロケーションの改良など、さまざまなことに取り組みました。例えば、それまでウェットタイヤのコンパウンドは1種類だったのですが、この年から2種類を用意。開幕戦の段階では、気温の大幅な低下などでメインコンパウンドの安全性が保てない、と最初のウェット走行後にレースダイレクターや我々が判断した場合には、違うコンパウンドを投入する決定をすることにしていました。しかしそれでは、例えばFP1の走行後に問題があると判断したときに、FP2の走行までにオプションのタイヤを供給するのが間に合いません。そこで第2戦からは、最初からオプションコンパウンドのウェットタイヤも使えるようにしました。ブリヂストンとしては準備がより大変になりますが、安全かつエキサイティングなレースを支え、ライダーからの信頼を得るためには必要と判断した結果です。
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