タイヤが勝敗を決めるのはおもしろくない!?

山田宏の[タイヤで語るバイクとレース]Vol.40「ロッシ、いよいよ本気でBS使用を望む!」


TEXT:Toru TAMIYA

ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、そのタイヤ開発やレースの舞台裏を振り返ります。2007年、ヤマハとホンダのワークスチームが次々に、来季のブリヂストンによるサポートを要請。これにより、ブリヂストンは難しい判断を迫られます。

2戦連続で不本意な成績だったが……

2007年シーズンの後半に入った第10戦ドイツGP。このレースでは、前戦のダッチTTに続いて勝利を逃す……どころか、惨敗という結果が待っていました。ドゥカティワークスチームのロリス・カピロッシ選手がなんとか2位に入ってくれましたが、ポイントランキングトップでこの大会を迎えたドゥカティワークスのケーシー・ストーナー選手は5位。これに続いて6~9位にブリヂストンユーザーという上位勢でした。

リザルトとしては前戦と同じ2位と5位なのですが、カピロッシ選手は優勝したダニ・ペドロサ選手から約13秒も離され、ストーナー選手に至ってはトップから約31秒遅れ。これではまったくレースになりません。ランキング2番手だったバレンティーノ・ロッシ選手がレース序盤に転倒したため、ポイント上でストーナー選手のリードが広がったのはラッキーだったのですが、タイヤとしては耐久性がまるでダメ。2戦連続で、不本意なレースを演じてしまったのです。

ところがそれでもこの時期に、バレンティーノ・ロッシ選手を筆頭としたミシュラン勢は、来季からタイヤをブリヂストンに変更したいと明確に発言を続けるようになってきました。これに拍車をかけたのが、ドイツGPの翌週、決勝日としては7月22日(日)に開催されたアメリカGP。このレースでは、ストーナー選手が優勝、スズキワークスチームのクリス・バーミューレン選手が2位、ホンダサテライトチームのマルコ・メランドリ選手が3位と、ブリヂストンが表彰台を独占します。

第11戦アメリカGPでチェッカーを受けるケーシー・ストーナー選手。

この前年、アメリカGPは気温39度で路面温度56度と非常に暑く、このことからミシュラン勢はかなりハードなタイヤを持ち込んでいたようですが、2007年は気温30度で路面温度46度とそこまでは暑くならず、タイヤがうまく機能しなかったようです。レース後のコメントでも、そのようなことに触れられていました。予選2番手だったペドロサ選手は、レース中盤から大きく遅れて5位。「こんなタイヤじゃレースができない!」と怒って帰ったそうです。

前回のコラムで、「ブリヂストンが2戦連続で表彰台を独占したことで、我々が望まない状況を生み出す要因に……」と述べたのですが、アメリカGPで再び3位以内を占めたことで、さらに悪いほうへと進みます。どうなったのかというと、MotoGPを運営するドルナスポーツのカルメロ・エスペレータ会長やFIM(国際モーターサイクリズム連盟)、さらにはチームやライダーが、MotoGPのタイヤワンメイク化に関して言及するようになってきたのです。その理由は、「タイヤがレースの勝敗を決めるのはおもしろくない」というもの。彼らにとっては、MotoGPを構成するさまざまな要素の中で、もっとも重要なのがライダーで、その次がマシン。そして最後にタイヤやサスペンションをはじめとするパーツメーカーという認識でした。

まあ、その言い分がまるで理解できないというわけではないのですが、我々としてはMotoGPで勝つためにこのプロジェクトを立ち上げたわけで、ライバルがいなくなってしまっては意味がありません。また、MotoGPに参戦するにあたり、技術力とブランドイメージの向上というふたつの大きな意義あるいは目標を掲げていましたが、ワンメイクになると技術進化のスピードが遅くなることは、クルマのF1レースを見ていて明らか。競争により人・モノ・金は多く必要になりますが、メリットは多いんです。

ブランドイメージという点でも、ミシュランという強力なライバルに勝つことで我々の地位が上がるわけで、ワンメイクになるとたしかに媒体露出などは増えますが、いいことばかりではありません。また、ワンメイクになるとタイヤの性能が話題になりづらく、そういう点でもメリットがないのです。ですから、努力を重ねてようやく成績を残せるようになったと思ったらワンメイク化に関する議論が湧いてきたことに、戸惑いも感じていました。

ヤマハワークスとHRCからの打診

さて、そんなパドックでのざわつきと前後して、ヤマハのワークスチームから連絡が来ることに……。アメリカGPが終わると、MotoGPは約1ヵ月間のサマーブレイク。そして7月最後の週末には、日本で鈴鹿8耐(鈴鹿8時間耐久ロードレース)がありました。2012年に全日本ロードレース選手権の最高峰クラスで現在も圧倒的な強さを誇る中須賀克行選手がタイヤをスイッチしたことで、ヤマハとブリヂストンは強固な関係を築くことになりますが、あの当時は全日本でもほとんどつながりがなく、ヤマハの部長さんから極秘裏に話があると言われても、「なんの内容だろう?」というくらいの感じでした。そんな状態の中、鈴鹿8耐のブリヂストンガレージにて密かに会議を実施。そこでヤマハサイドから要請されるのです。「来季はロッシにタイヤを供給してほしい」と……。

その後に聞いた話によると、ロッシ選手は「ブリヂストンタイヤを使えないならMotoGPライダーを辞める」くらいのことを言っていたようです。エスペレータ会長にも同じことを直訴していたようで、その後にエスペレータ会長からも、「ワンメイクを回避するためにも、バレンティーノにタイヤ供給をして欲しい」言われました。ロッシ選手の発言は半分脅しなのでしょうが、アメリカGPで大きく仕様をハズしたことで、ミシュランを使用していたライダーたちはかなり怒っていたようです。それも、ちょっとやそっとのものではなく、サマーブレイク中にはミシュランが急遽テストを実施せざるを得なかったほどでした。

我々としては、MotoGPでシリーズタイトルを獲得するためにはロッシ選手を倒さなければいけないという想いでずっとやってきたので、その選手が「ブリヂストンを使いたい」と言ってくれるようになった状況は、驚きと同時に当然ながらうれしく思いました。しかしその一方で、ロッシ選手にタイヤを供給してしまえば、これまで以上に勢力図がこちら側に傾くわけで、これはワンメイク化を加速させることにつながります。なんとも複雑な感情を抱きながら、とりあえず鈴鹿8耐の場ではヤマハに対する明確な返答を保留しました。

ところが、そんな我々の気持ちをまるで無視するかのように、今度はホンダワークスチームを運営するHRC(ホンダレーシング)から、2008年のサポート要請が正式に届きます。8月に入ってからのことでした。もしもロッシ選手にタイヤを供給して、加えてHRCにも……ということになれば、これはもう実質的なワンメイク。自ら事態を望まない方向に進ませることになります。また、そこまで多くのチームにタイヤを供給できるのかという、体制的な問題もありました。そこで、8月末にブリヂストン本社で緊急会議を開き、その結果として「ヤマハワークスとHRCにはタイヤを供給しない」という結論になりました。

これまで何度も触れてきましたが、私としてはチャンピオンを獲るためにはホンダワークスと組むことが近道であり、ホンダワークスに使ってもらえるようなタイヤを開発することがひとつの大きな目標でした。ところが、いざそれが現実のものとなりかけたら、自分たちの判断でお断りしなければならないという、なんとも皮肉な状況になってしまったのです。


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