青木宣篤の上毛GP新聞

’20モトGPチャンピオンマシン=スズキGSX-RR試乗【武器は”究極の好バランス”】


●文:ヤングマシン編集部(青木宣篤完全監修) ●写真:MotoGP.com/スズキ

’20モトGPにてジョアン・ミルが駆ったGSX-RRとはいったいどんなマシンなのか!? 常人には扱えないとてつもないモンスターか、それとも…!? スズキの開発ライダー・ノブ青木氏ならではのディープなチャンピオンマシンレポート!

世界の頂点に立ったのは”バランスの究極体”

ジョアン・ミルを王座に導いたスズキのモトGPマシン・GSX-RRに乗った。

ええ、一般的にはチャンピオンマシンに乗るなんてスゴイことではあるのですが、ワタシは開発ライダーなので、感動の試乗記というわけではありません…。そのあたりをご了承いただいたうえ、読み進めていただけると幸いです。

スズキ創業100周年、GP参戦60周年という節目での20年ぶりのタイトル獲得は、あり得ないほどドラマチックなタイミング。すべてがうまく噛み合っての成果だった。

ビュッと走り出してすぐに感じたのは、フロントの軽さだ。カーボンフロントフォークを採用しているからこその軽さである。

だが、カンの鋭い皆さんならお気付きだと思うが、フロントは軽ければよいというものではない。フロントが節度なく軽ければ、肝心な接地感が損なわれ、安心して攻め込むことができなくなるからだ。

しかも、最近のモトGPマシンが課題としている加速時のフロントアップもしやすくなっているのではないかと心配になる。

だが、GSX-RRにはしっかりと接地感が感じられた。カーボンフロントフォークが軽快さをもたらしつつ、十分な接地感もあるのだから、これは大きなメリットだ。ウイリーもそこそこ抑えられているのは、ウイングレットの効果がかなりありそうだった。

もちろんウイリーコントロールも利いているのだが、そんなにデキはよくない。フロントが浮くとすぐにウイリーコントロールが利いてフロントが落ち、浮き、落ちを繰り返してしまう。

…誤解しないでいただきたいのだが、これはスズキの問題では(あまり)ない。それほど賢くない共通ECUの問題だ。ただし、ヤマハのウイリーコントロールはもう少しデキがよく、ほどよくウイリーしたまま加速しているから、ソフトウエア的な使いこなしで差がついているのだろう。ここは課題だと感じた。

電子制御の話ついでに、みんな大好きトラクションコントロールシステムだが、短時間のテストでは介入させるまでに至らなかった。

どういうことかと言えば、めいっぱいマシンが寝ている状態でかなり大きくアクセルを開けてホイールスピンさせないと利かないセッティングになっているのだ。

ワタシの走りでも旋回中のホイールスピンは発生しているのだが、もっともっと、も〜っと限界に近い領域まで到達しないとトラクションコントロールは作動しない。以前はもっと手前でトラコンが利いていたが、恐らくミシュランのワンメイクタイヤの特性に合わせてのことだと思う。

ハンドリングは、意外かもしれないがシャープとは言えない。フロントがスパッとインを向くというより、リヤタイヤを使って走っているという印象が強い。ニュートラルと言うよりは、完全にリヤ勝ちだ。

このあたりもミシュランタイヤのキャラクターによるところが大きい。というのは、ブリヂストン時代のGSX-RRのハンドリングとは真逆だからだ。

皆さんにご理解いただきたいのは、ワンメイクタイヤとなったモトGPでは、車体もエンジンもいかにそのタイヤを使い切るかを主眼に置いて設計されている。マシンに合わせたタイヤがあるのではなく、タイヤに合わせたマシンがある。主がタイヤで従がマシンというのが現実だ。

その中で、もちろん各メーカーの設計思想というものが織り込まれていはいるのだが、ブリヂストンからミシュランにワンメイクタイヤ供給者が変わるといった大変更は、マシンキャラクターに地殻変動をもたらす。

ついでに言ってしまえば、’20年はミシュランがリヤタイヤを新型に変えてきた。’20モトGPが混乱したのは、新型コロナ禍とこの新型リヤタイヤの影響だ。かなり極端に合う/合わないが出たようで、GSX-RRには確実にいい方向に作用してくれた。

こう言ってしまうとナンだが、もともとGSX-RRには尖ったところがない。レーシングマシンとしてどうなんだ、と思われるかもしれないが、それがスズキのコンセプトである。チネチネとバランスを取り続けた結果、突出した何かを持たない究極のバランス系マシンに仕上がっていた。

だからこそ、タイヤの変更という大きな”外乱”にもさほど影響を受けず、安定したペースで走り続けることができたのだろう。

【数字で見る2020GSX-RR】ご覧いただければ分かる通り、GSX-RRの予選は今ひとつ。そして決勝でもジョアン・ミルとアレックス・リンスが1勝ずつ。ズバ抜けた速さではなく、着実に上位を走る安定性が王座獲得を呼んだ。

それにしても’20シーズンはフロントからパタパタと転ぶシーンが多数見られたが、確かにGSX-RRを走らせているとそうなりそうな予感はそこはかとなく漂ってくる。モトGPライダーたち、よくもまああんなに速く走れるものだと改めて感服します…。

エンジンのパワー感も増していたが、今のモトGPマシンはレギュレーションの縛りが厳しくほとんど開発の余地がないため、劇的な進化は感じられなかった。

もちろんチャンピオンマシンだけあって非常に速いし、パワーもスゴイのだが、とてつもないモンスターという感じはしない。実はこれもスズキの狙い通りの仕上がりになっていると思う。

皆さんご存知の通り、今のモトGPマシンのバンク角はめちゃくちゃ深い。60度越えなんていうコーナーもザラだ。それだけ深いバンク角からアクセルを開けて加速するのだから、ごくごくわずかなドンツキやパワー不足も致命的だ。ことごとくスムーズなパワーデリバリーが求められる。

理想は、ライダーの右手が1操作したら、エンジンが1反応する1対1だ。アクセルの開け始めから高回転域まで、右手の動きに忠実に連動してほしい。

スズキは地道にそういった開発を行ってきた。電子制御に頼らない素の部分を磨き続けたのだ。ミルのマシンを走らせながら、ワタシはその乗りやすさに「やっぱりコレだよね」と頷いていた。

ズバリ、中級レベルの腕を持つライダーなら誰でも乗れる。逆に、それぐらい穏やかな出力特性でなければ、あんな深いバンク角からアクセルを開けられるワケがない。

車体、そしてエンジンともにズバ抜けた”トゲ”がなかったGSX-RR。世界の頂点に立ったのは、バランスの究極体だった。

チームメイトのリンスは4戦で表彰台に。その4戦すべてでミルも表彰台に立っている。

チーム監督のダビデ・ブリビオも大喜び。コンパクトなチームを見事にまとめ上げた。


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