数えきれないほどの開発経験を持つプロですら引きつけられる。それほど’20ホンダCBR1000RR-Rのエンジン設計は突き抜けているのだという。史上最強の自然吸気インラインフォーとして歴史を刻んだRR-Rは、性能を追求し続けてきた直4の最後の金字塔となるかもしれない。本ページでは軽量化しつつ高回転化を図る「セミカムギアトレイン」について解説する。
ホンダ式とBMW式は狙いが微妙に異なる?
軽量化しつつ高回転化を図る技術として、ホンダがPRしているのがセミカムギヤトレインです。RR-Rのこの構造は珍しいもので、従来セミカムギヤトレインというと、ライバルのBMWS1000RRのような構造のものを指しています。
こちらはカムシャフトに取り付けられたスプロケットを小径化してエンジン高を抑えたり、カムシャフトの回転変動で生じる周期的な力(周期力)をカムチェーンに伝えないようにし、チェーンの挙動を穏やかにするなどが目的です。チェーンが暴れなければテンショナーで強く押さずに済み、メカロス低減につながる場合もあります。
ところがRR-R方式では、カムシャフトからチェーンに伝わる周期力は通常のカム駆動方式と何も変わりません。もちろんカムチェーンは短くなっているので、それだけで振動しにくいかもしれませんが、BMW式ほどの効果があるのか? という疑問も生じます。
しかし、実はカムチェーンに加わる周期力にはもうひとつ非常に大きな力があるのです。それはクランクシャフトの振れによるもので、RR-Rのセミカムギヤトレインはそれを見事にキャンセルしています。私はこっちが本当の目的ではないかと思うのです。
超高回転で回転するクランクシャフトは、ピストンの慣性力や燃焼の力により、常に上下に激しく変形しています。特にシャフトの端の方は軸受けからも距離が遠く、変形が結構大きいのです。その動きの激しい部分にカムチェーンのドライブギヤを配置すると(通常はそこに配置するしかない)、クランクの変形でカムチェーンが強く加振されてしまい、カムチェーンのメカ音やテンショナーの摩耗、アジャスターの破損やチェーンの折損といったトラブルが発生しやすくなるのです。
RR-Rのカムチェーンは直接クランクシャフトには掛かっておらず、一度アイドルギヤを介していますから、クランクシャフトの振動をほぼ受けることがありません。クランクに取り付けられたドライブギヤ(ホンダ呼称はタイミングギヤ)は振れますが、その上のドリブンギヤ(同カムアイドルギヤ)とはチェーンのようにつながっていませんから、ここでクランクシャフトの振動はほぼ断ち切れるのです。
大昔からレースエンジンに採用されているギヤトレインですが、実は、その本当の効果はクランクの振動をチェーンに伝えないことだった……ということが長年の経験で分かってきています。ならば、クランク振動さえチェーンに伝えなければ、全部を重くて値段が高くてうるさいギヤにする必要はないじゃない? という考え方がこの構造を生み出したのだと推測します。解析技術が進歩した近年ならではのナイスアイデアではないでしょうか。
もう1点、RR-Rのセミカムギヤトレイン方式が優れている点としては、BMW方式よりヘッドの幅を抑えられることです。BMW式はヘッドのいちばん幅広い部分にギヤを固定するため、さらにヘッドの幅を広げてしまうのに対し、RR‐R方式は従来のカムチェーン式と何ら変わりません。これはヘッド幅が車体側のネックになりやすい直4エンジンでは、非常に意味のあることだと思います。
【BMW方式は高さの抑制に効く】BMW方式のセミカムギヤトレインは、カムスプロケを小径化できてヘッド高抑制に効果的。ただし幅は広がる傾向。
(エンジニ屋氏の解説、続く)
●解説:エンジニ屋 ●写真:真弓悟史、ホンダ ※本内容は記事公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※掲載されている製品等について、当サイトがその品質等を十全に保証するものではありません。よって、その購入/利用にあたっては自己責任にてお願いします。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。
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