ミリオーレwebでGSX1100Sカタナの連載をする大鶴義丹さんは、ロードバイクに夢中になった30代を経て、40歳手前でオフロードの世界のトビラを開き、ここ数年はビッグアドベンチャーでの林道遊びにハマっている。ホンダのCRF1100Lアフリカツインを4台乗り継ぎ、最近はスズキのVストローム1050XTでライド。そんな義丹さんが今いちばん気になっているモデルである、KTMの890アドベンチャーRに試乗した!
●文:大鶴義丹 ●外部リンク:KTMジャパン
大鶴義丹(おおつる・ぎたん)/1968年4月24日生まれ。俳優、作家、映画監督など幅広いジャンルで活躍。バイクは10代の頃からモトクロスに没頭。その後、ハヤブサやGSX-Rシリーズでカスタム&サーキット走行も楽しみ、最近はハードなオフロード遊びがメイン。2012年に公開された映画「キリン」では脚本監督を手がけた。映画「キリン」から10年が経過し、スズキGSX1100Sカタナを入手した。
「アドベンチャーバイク黎明期」
近年、各メーカーに華やかにラインアップされている大型アドベンチャーバイク。20年くらい前を考えると、そもそも、その存在感自体が今とはまったく異なっていた。90年代には、マルチパーパス、アルプスローダーなどと呼んでいた。BMWのGSシリーズが起源だとは知ってはいたが、当時の若者たちを惹きつけるような車種とは言えなかった。
そこからさらに過去へと進み、私が体験した80年代の林道ツーリングブーム、当時は250cc以外のオフロードバイク自体が珍しかった。私自身は84年からDT200Rで、今は無き「丹沢林道」で林道遊戯に毎週勤しんでいたが、その手のビッグオフを林道で見たこともない。
当時はパリダカブーム。バイク雑誌では、大きなエンジン、巨大タンク、8時間耐久レースのようなカウルとライトをつけた、異形のパリダカマシンたちが存在感を放っていた。しかしそれらは砂漠を横断する特殊なレースのために作られた、数千万円もするワークスマシンであり、「丹沢林道」と「多摩川の土手」がオフロードの中心であった私には現実味のない存在だった。そもそも250ccの国産トレールが新車30万円の時代だ。
90年代から2000年へと、その種の流行り廃りはあったが、BMWのGSシリーズはずっとその礎を作り続けていた。しかし高級路線ということもあり、必ずしも一般的な存在とは言えなかったはずだ。
しかし2016年に発売されたホンダのCRF1000Lアフリカツインの登場がきっかけとなり、今や国内外を問わず各メーカーから、1000ccを越えるアドベンチャーバイクが当たり前のように発売されている。
アドベンチャーバイクの楽な乗車姿勢が、スポーツモデルの前傾姿勢に疲れた我ら中年ライダーにとって「渡りに船」だったこともあるだろう。
「アドベンチャーバイクと林道」
2016年、CRF1000Lアフリカツインが登場。私は某オフロード誌の取材で、初めて大型アドベンチャーバイクで林道を走る経験をした。
当時から、ハスクバーナFE350という最高峰のエンデューロレーサーで林道やエンデューロごっこを嗜んでいたが、最初はその大きさに戸惑うばかりであった。こんなものでオフロードをまともに走れる訳がないと思った。
だが専用オフロードタイヤを装着して、その大きさに合わせた乗り方を覚えてしまうと、思っていた以上のオフロード性能を発揮することを理解した。
それでも、小型オフロードバイクにとっては容易な林道のタイトコーナーを曲がるだけでも、色々な技術を要求される。決して簡単なものではない。だがその「謎解きを完成させた瞬間の喜び」もひとしおだ。
また大型アドベンチャーバイクを使った林道ツーリングは、行き帰りの高速道路の機動力が小型オフロードバイクとはまったく異なる。スズキ・ハヤブサ並みの機動力で東京から数百キロ離れたエリアに向かい、豊かな林道を自由に楽しむような、ダイナミックな林道ツーリングが可能となる。これは250ccのオフロードバイクでは不可能だ。
「KTMが放つミドルサイズの意味」
アドベンチャーバイクが1000ccをはるかに超えて、ハイテク大型化していくと同時に、ミドルサイズのアドベンチャーバイクも各社からラインアップされていく。扱いやすい大きさというメリットがあるが、どうしてもフルサイズの廉価版というイメージが避けられない。
しかし私はKTMから2019年に発売された、既存のオンロードモデル790デュークの799ccツインエンジンを搭載した、790AdventureRという新しいミドルサイズのマシンに惹かれた。
同社にはすでに1200ccを超える、フルサイズのアドベンチャーマシンがあったが、790AdventureRには、その廉価版ではない独立したイメージがあった。
またそのシリーズはトラベルエンデューロと呼ばれる「通常モデル」。エクストリームアドベンチャーの「Rモデル」。世界500台限定の「ラリーモデル」という3モデルがラインナップされていた。
これはKTM社らしいプロデュースで、「R」はサスペンションが「通常モデル」の200mmストロークより、40mmもアップした240mmで、径も5mm太い。「ラリー」はそこからさら30mmストロークが伸び、270mmというエンデューロマシン並み。この3モデルは、同じ名前がついてはいるが、まったく別物の目的のバイクといって良いだろう。
まるで日産R35GTRの通常モデルとニスモバージョンのようだ。こんな極端なラインアップは、国産二輪メーカーには不可能だ。
「初めての790AdventureR」
2020年、友人の790AdventureRを林道で走らせる機会があった。その当時、私はCRF1100Lアフリカツインに乗っていた。
初めて林道で乗った790AdventureRの印象は、実はそれほど強烈なものではなかった。大きさも含めて普通のツーリングマシンの延長でしかなく、何か強烈な印象を感じることはなかった。むしろアフリカツインの方に、アドベンチャーマシンらしい無骨さがあると思ったほどだ。
しかし徐々にペースを上げていくと、その印象は大きく変わってくる。WPの専用サスの動きがそれまで乗ってきたアドベンチャーマシンのそれとはまったく違う。
200kgという車重と、低重心に設置されたガソリンタンクの重量バランスは、それまで自分が乗ってきたアドベンチャーバイクとは別のモノであるとすぐに理解できた。低速トルクを細く感じたエンジンも、5000回転を超えると豹変し、オフロードでは扱いきれないような強烈なパワー感となる。友人のバイクなので抑え気味にしておいたが、エクストリームアドベンチャーと名付けられた意味の片鱗を感じるのには、十分な経験であった。
「890に昇華」
その790シリーズが890シリーズに進化したのは2021年。エンジンの排気量を889ccに拡大して、各所チューニングにより最高出力も10馬力アップの105馬力へ。マイナートラブルに対する信頼性も大きく上げられたと言う。
車体の基本構成は従来モデルを踏襲しつつ、ステムまわりの強化やサブフレームの軽量化、アップダウンのクイックシフターなど細部にわたりブラッシュアップされた。
「その先に見えてくるもの」
今回、私はKTMジャパンの好意により、山梨と長野との間に位置するダイナミックな林道エリアに890AdventureRを乗り回す機会を得た。やっとナラシが終わったばかりの新車同様のマシンである。
フレームはガッチリとした印象で、足まわりのセッティングが、アドベンチャーマシンの雰囲気ではない。80kgの体重の私でも硬いくらいだ。しかし240mmのストロークを奥まで動かしてみると、それは単に硬いというより、モトクロス的なジャンプも可能とする、動きのある中での硬さのようだ。アフリカツインなどとはまったく別の意図があるマシンであると分かる。
ギリギリの常識範囲で、荒れたエリアからフラットエリアを走り回った。林道ツーリングのペースから、その先に踏み込んでいくと、そのマシンが林道ツーリング用に作られてはいないということを身体がすぐに理解する。
「アドベンチャー詐欺」
誤解を恐れずに言わせてもらうと、このマシンはアドベンチャーとは名乗って、見た目もソレ風には見えるがアドベンチャーバイクではない。まさにアドベンチャー詐欺だ。
ミドルサイズという車体も、単に扱いやすくするためではなく、大きな車体を、エンデューロマシン的に動かすために緻密に計算されたものだ。真横から見ると、その確信犯的な「ディメンション」がよく分かる。
だが、そうはいってもエンデューロマシンでヒラヒラと林道を走るのとは違う部分は多い。エンデューロマシンの2倍という、200kg弱の車重。他のアドベンチャーバイクよりも40kgくらいは軽いのだが、やはり基本は大型アドベンチャーバイクの扱い方と共通する。
だが普通のアドベンチャーバイクならば、速度を落として対応しなければならないような大きなギャップなども、エンデューロマシン的な勢いでサスと車体任せに突っ込むこともできる。既存のフルサイズのアドベンチャーバイクでは躊躇するようなエリアなども怖くない。また車重200kgというのは、スタック脱出をライダー一人で可能とする重量だ。
唯一、気を付けなくてはならないのは、大きな車体をエンデューロマシンのように動かすことはできても、やはり200kgという重さの「慣性」を理解しなければならず、軽量マシンのように簡単に「後処理」をすることはできない。エンデューロマシン的な領域に連れていかれるが、その先は別会計という無責任さを理解しないで走ると怪我をするだろう。安心と恐怖が入り乱れる不思議な感覚だった。
「KTMからのアンチテーゼ」
あくまで個人的な憶測だが、KTMは、ツアラー志向で大型化していくアドベンチャーマシンに対してアンチテーゼがあるのでは。またその根幹には’96年に登場した、ラリーマシンベースとして歴史的に評価されて「620/640 LC4 ADVENTURE」の存在があるはずだ。今の450ccエンデューロマシンベースのラリーマシンとは違う、あの時代のラリーバイク哲学というものを現代解釈しているのではないか。
各社がラインアップするフルサイズではなく、同社自身がラリーで実証してきたサイズが、アドベンチャーバイクとしては「正論」なのだと。
またそれ故に790/890Adventureシリーズには、その上位に、限定「ラリーバージョン」が存在するのだろう。
「890AdventureRの正しい使い方」
もし私がこのマシンを手に入れるなら、何のために乗るか。ラリーマシンベースとしては最上級なのは言うまでもない。私もエンジョイ系の二輪オフロードラリー「Door of Adventure」には、年2回エントリーしている。だがそれは派生的な目的であり、主たるものにはならないだろう。
私にとって正しい使い方というのは、豊かな自然があるエリアまで高速道路で大きく移動して、その先のダイナミックな林道ツーリングを楽しむということになるはずだ。
そしてその先で、既存のアドベンチャーバイクでは避けていたような、エリアにも踏み込むことを可能とする。そんな使い方になるだろう。
【動画】最強アドベンチャーバイク KTM890AdventureR 林道降臨
【動画】ハスクバーナTE150iで合法山遊び【日野カンカン娘】
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