なぜ、今の時代に空冷カタナなのか。このカタナは大鶴義丹さんにとっては久しぶりのロードバイク……。連載第4回は、一度はロードバイクを離れ、戻ってきたライダーとしての心境を告白。Vol.3で全バラになったスペアエンジンは着々とオーバーホール中。その近況も報告しよう。
●文:大鶴義丹
大鶴義丹(おおつる・ぎたん)/1968年4月24日生まれ。俳優、作家、映画監督など幅広いジャンルで活躍。バイクは10代の頃からモトクロスに没頭。その後、ハヤブサやGSX-Rシリーズでカスタム&サーキット走行も楽しみ、最近はハードなオフロード遊びがメイン。2012年に公開された映画「キリン」では脚本監督を手がけた。映画「キリン」から10年が経過し、スズキGSX1100Sカタナを入手した。
「幾つかのバイク、その別れ」
最近、空冷カタナで箱根などの峠を走るのが楽しい。派手な乗り方ではなく、ただ普通に乗っているだけでも楽しいから不思議だ。どうしてだろう、長い車体に車重250kg。フロント19インチのノーマルキャブという、今の時代では考えられないような「古典」であるのに、一つ一つのコーナーに芳醇な味が溢れている。
実は40歳前を境に、大型バイクで峠を走っても心の底から楽しいと感じることは少なくなった。
理由は複合的なものであるが、スポーツバイクとタイヤの性能が上がり過ぎていて、それらのバイクで峠を普通に走っても、あまり心に響くものがなくなった。当然、身体能力の低下も関係しているだろう。
「GSX-R750(K7)に見たもの」
峠に快楽を感じたのは2006年まで乗っていた、油冷BANDIT1200(2005年)が最後だ。あのマシンは「横内スズキDNA」を体現していた最後の存在だと思う。当時、月2回はサーキット走行会に自走で通うほどに、純粋に「走る」ことに耽溺していた。
だがそこで私は、とある愚かな選択をしてしまう。油冷BANDIT1200を売り払い、さらなる高みを求めて、当時新進気鋭の2007年式のGSX-R750(K7)を手に入れる。
このマシンはST600全日本選手権などで使われているGSX-R600の車体に、単に750ccのエンジンを載せたものである。レースのレギュレーションから解き放たれた超軽量マシンに、メーカーが150ccのエンジンボアアップを施すという乱暴な「手法」。小さな車体に150psのエンジン、昨今のような電子デバイステンコ盛りでもない。その心意気に私は惚れてしまった。
このマシンで初めて箱根の峠に向かった朝のことは今でも鮮烈に覚えている。タイヤが温まったことを感じた後に、お気に入りのタイトコーナーを楽しもうとマシンを寝かし込んでいくと、期待していたことは「何も無かった」。鋭利なメスが音もなくコーナーを切り裂いたという感じだ。感動も恐怖もなく、無機質に速いというだけだった。
これは自分が乗りこなせる領域ではないと直観した。同時に油冷BANDIT1200を売らなきゃ良かったかなと思ったが、時はすでに遅い。もちろん、その先の命のやり取りをするかのような「領域」に入り込んでいけば話は変わってくるのだろう。あくまで公道での常識範囲の話である。
「筑波での大破、別れ」
そのGSX-R750(K7)で走行会に通い出した。確かにタイムは上がったが、そのマシンが本来出すべきタイムにまで登っていく努力も度胸もなく、筑波サーキットで大きな転倒も経験した。その後、再び油冷1100の1990年式を手に入れて改造もしたが、熱くなっていた何かが消えてしまったことは否めない。
そのタイミングを境に、私は十代の頃を思い出すかのようにオフロードの世界に戻っていく。
「ライダーと年齢」
そして時間は過ぎて、来年春には55歳。年齢において「四捨五入」とは残酷だ、まだ半分残っているという安心感を一気に逆転させられる。今振り返ると35歳なんてものはヒヨッコだが、当時は四捨五入すると40歳という事実に恐怖を感じた。
その時代、どうして私はお気に入りだった、油冷BANDIT1200を手放してしまったのだろう。オンロードへの熱が冷めるきっかけにもなっているというのにも、何度自分に問うてもその答えがない。
20年近い時間が経っているというのに、それがいつも気持ちのどこかに引っかかっていた。
今の乗っている空冷カタナとの出会ったタイミングは、その違和感が頂点に達していたときだった。
「今知る、空冷カタナとあの時代」
だが実際はその時代のマシンが、それほど高い性能を持っている訳ではないということも知っていた。1998年あたりに、私は実際にCB750FBに乗っていたが、周りの仲間が最新機種に乗り換えていくなか、あまり良い思い出はない。油冷BANDIT1200と空冷カタナとでは大きな時代の開きがある。
そんな現実をよく理解はしていたが、再び空冷カタナに乗りたくなった理由は、過去に乗っていた油冷BANDIT1200に感じていた何かを思い出したからだ。30代の若さ故に理解し切れずに別れてしまったが、そこに大事なものを忘れているという気がしてならない。
だが私は旧車の経年劣化を味わうことに意味はないと思っている。それはマシンの本来の味ではなく、単なる「雑味」だ。だから自分の空冷カタナには、それなりの費用と時間をかけて完調な領域にまでたどり着いた。現代のカスタムパーツも投入して、当時の味をそのまま昇華させることが大事だと思っている。
「未知の楽しさ」
昨今のタイヤの性能も含め、当時の完調性能にプラスアルファの空冷カタナが、どうしてこんなに峠が楽しいのか。ある種、これは今までまったく知らなかった種類のものだ。
余談だが、昨今、ロイヤルエンフィールドや外車スクランブラーなどに同じような感動を覚える同年代の走り屋出身のライダーが多い。
「ジジイになったからだ」と言われたら話は終わってしまうが、ここ20年くらいのバイクの進化の方向性が別次元になったことは大きいはずだ。
「絶望」
実際に私はコロナ前に、200psオーバーのハイテクモンスターである、最新GSX-R1000で峠を走ったこともあるが、それは私をさらに絶望させた。空前絶後の性能であることは理解できた。やろうと思えば、逮捕レベルのローリング行為も可能にするはず。四輪ならポルシェ992GT3のようなもので、その超絶性能を公道でどう楽しめと。
だが、空冷カタナで箱根の椿ラインなどのタイトな峠を走ると、逆にすべてが解放される気分だ。下りの椿ラインは、道路わきに立っている速度標識を少し超えるくらいの速度で流すだけでも、空冷カタナでキレイに曲がるのは簡単ではない。重い車体とフロント19インチタイヤの癖を理解しつつ、一つ一つの操作を丁寧に積み重ねていくゲームのようだ。上手く決まったときの満足度もひとしお。
「ノーマル負圧キャブは偉大」
もちろんその先の「キリンごっこ」もやろうと思えば可能だろう。私が装着しているブリヂストンの旧車用最新19/17インチタイヤ「BATTLAX BT46」は、見た目は古くからのBT45であるが、その中身は20年前とは異なる最新のコンパウンドだ。アマチュアが峠で走るには十分すぎる性能を持っている。
だがそんな「愚行」を試す気持ちにもならないほどに、ただ走るだけで楽しいのだから不思議なものだ。
またそこには、パーフェクトにメンテナンスしているノーマル負圧キャブ「ミクニBS34SS」の恩恵もある。油冷1100や他の空冷マシンなどでも経験しているが、これをFCRのような強制開閉のレーシングキャブにしてしまうと、どのエンジンも一律に上まで回さないと面白くない味になってしまう。もちろん、強烈なものに生まれ変わるのは言うまでもない。
レーシングキャブの麻薬性に溺れるかのように、あの時代には捨てるように取り替えていたノーマル負圧キャブ。アイドル回転から開けても、何のストレスや不具合もなく、まるで巨大なモーターを思わせるスムーズさで、1100の怒号のトルク感を余すことなく楽しませてくれる。
この年齢になってやっと理解できたのか、ノーマル負圧キャブは偉大である。
「予備エンジンオーバーホール進行中」
長期スケジュールで続けている、空冷カタナエンジンの完全オーバーホールはまだまだ組み立ての段階にもたどり着いていない。廃盤部品や純正部品の高騰に悪戦苦闘であるが、多くの方に助けられている。
大半のエンジン部品の加工は、大阪の創業70年余の内燃機屋さん「エンジンショップ(The engines shop)」に任せた。同社の佐々木氏からは、私のようなシロートメカニックに優しい、無意味に難しくない適切アドバイスを沢山いただいた。
またエンジンの塗装は、友人でもある全日本ST1000ライダー、荒瀬 貴さんが営む福岡の塗装工房「アラタカデザイン」でガンコート塗装をお願いした。
この先、ミッションとクランクの加工調整が、「テクニカルガレージラン」から戻り次第組み立てに入る予定。予算も含め、可能な限りの純正部品を同社経由でスズキに注文しているが、この純正部品の値段が恐ろしい。特殊なネジやら、ベアリング、消耗部品を注文するだけであっという間に数十万円になってしまう。
自分でやれば安上がりだと思ったが、それは大間違い。こんなに金がかかるなら、予備エンジンのオーバーホールなんて……とも思うのだが、それも今となっては「ポイント・オブ・ノーリターン」だ。
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