人は朝日と共に目覚め、行動し、日が暮れたら休む。これが本来の生きるリズムなのだと思う。大自然の中にいるとそんな本能が自然と蘇ってくるような気がした。そして、高地は身体にとって過酷なはずなのだが、それにも着実に順応しつつあり、人間の底力みたいなものを感じさせられた。「モト・ヒマラヤ2022」は過酷な旅だが最終日が近づくにつれ、安堵よりも寂しさが勝るようになってきていた。いつか戻ってきたい! そんな気持ちが強まっていく。
●文:ミリオーレ編集部(小川勤) ●写真:河野正士、小川勤 ●外部リンク:ロイヤルエンフィールド東京ショールーム
どのメーカーも持っていないミドルアドベンチャー「ヒマラヤ」の魅力
バイクの高性能化や電子制御化は、僕に様々な楽しさを教えてくれた。確かに技術の進化は次世代にプロダクツの魅力を継承していくためのわかりやすい手段だ。しかし、ロイヤルエンフィールドのヒマラヤが極端にシンプルなことや、そのカタチの理由が今なら全部わかる。そしてそれが必然から生まれていることをこの旅で痛感した。
ヒマラヤの開発テーマのひとつに「排気量の小さなバイクからでも不安なく乗り換えられるアドベンチャー」という項目があったという。素晴らしいコンセプトだと思った。そのテーマとヒマラヤを走るという壮大なテーマのマッチングはとても難しいはずだが、毎日何千台ものヒマラヤとすれ違う現実を知ると、カスタマーのヒマラヤへの信仰心はとても強いことがわかる。
「ロイヤルエンフィールドじゃないとヒマラヤを登れない」「ヒマラヤじゃないとヒマラヤを登れない」。そんな声もたくさん聞いた。まあ、日本メーカーがここを走れるバイクをつくるはずもなく、ここはとんでもない異世界だから仕方がないとはいえ、ロイヤルエンフィールドの強さや逞しさを感じざるを得ない。
水没してもヒマラヤは走り続ける
インド8日目、「モト・ヒマラヤ2022」5日目。レーから標高4522mのツォ・モリリ(ツォは湖の意味なのでモリリ湖)を目指す220kmのルート。ここから2日間はインターネットもなくなる。宇宙の近さを感じさせる空は今日もとても青い。
様々な路面への対応力も日に日に上がってきている。ちなみに僕はオフロードはほとんど走ったことがなく、この旅で経験を高めているイメージだ。土の上でバイクがどのような挙動を見せるか、座る場所やスタンディングをしながら工夫する。その時のヒマラヤの反応はとても素直で、ずっと乗っていることもあり愛おしくなるほど。
気持ちよく走っていると、前方が慌ただしい。聞くと橋が崩落し、川を渡らないといけないのだが、その川がこの旅いちばんの流れの速さと深さ。前のライダーのライン取りを参考にしようと見ていると、数人目で転倒。バイクは水没、ライダーは頭まで水に浸かってズブ濡れである……。
もう開き直るしかない。川底に巨大な石がゴロゴロとしているらしく、半分は運任せ。僕の番がやってくる。走り出すといきなり深くて失速。半クラッチを使いながら足で川底を蹴りながらアクセルを大きめに開けていく。左右に揺れながらもなんとか渡ることができたが、2度とゴメンだ。
その後も何人かが転倒。でもその度に皆が救出に向かう。「モト・ヒマラヤ2022」の参加者でない人々もその場でいるメンバー全員で協力して渡り切る。バイクが川に入った瞬間から皆からエールが届き、渡り切ったら拍手と歓声が起きる。この雰囲気、とても良い。
そしてこの日の昼食は、この川を渡り切った河原でランチ。靴と靴下を脱ぎ、川を泳いでしまった人はバイクウエアも脱いで各々が岩に座って食事をとる。
落ち着かないのはメカニックのユブラージさん。水没したバイクのメンテナンスに忙しい。エアクリーナーを外して乾かしたり、スロットルボディまわりもチェックしてくれている。本当に感謝しかない。
幻想的な世界を見れるが、体調の悪いメンバーも……
目的地のツォ・モリリは標高4522m。そこに近づくに連れ、ダートセクションばかりになっていく。景色の変わらないダートが突然開けると、それが幻想的な世界の入り口だったかのように、生命力に溢れるエメラルドグリーンの湖が広がっていた。
パソコンの壁紙でしか見たことのないような世界。こんな景色が本当にあるんだ、と見惚れる。標高が高いため、草木が少ないのが違和感ではあるが、乾いた山肌と大量の水のコントラストがその景色を神秘的にする。
しかし、標高4500mオーバーの場所にいくつも湖を持つヒマラヤは、想像つかないほどスケールが大きい。
名残惜しい、最終日の夜
インド9日目、「モト・ヒマラヤ2022」6日目。この日はツォ・カールまで走る120kmの行程だが、そのほとんどが未舗装路。ただ、この頃になると仲間との連携もどんどん深まり、走り方をアドバイスしたり、してもらったりと少しずつだが余裕も出てくる。途中、道なき道をいくシーンも。フラットな砂地に轍があり、難易度高めではあるものの、参加者全員が楽しめている様子だった。
ツォ・カールは塩湖でここも不思議な世界。雪のように真っ白い荘厳な塩の塊が目に入る。この日はお昼過ぎにはこの湖に到着し、リラックスモード。
この日の晩、目が覚めて外に出るとそこには信じられない光景が広がっていた。真っ暗な山肌と星空のコントラストに身震いした。天の川が信じられないほど近くにあり、数十秒に1回、流れ星が見える。地面に仰向けになって無数に光る星たちを独占する。なんて贅沢な時間だろう。
「モト・ヒマラヤ2022」は人生で忘れられない経験
インド10日目、「モト・ヒマラヤ2022」7日目。最終日の朝、犬の鳴き声で起きるのも悪くないな、と思った。ツォ・カールからレーまで戻る160kmのルート。スタート直後に砂地を走るため、マスクをして走るようにとアドバイスをもらった。
この神秘的な場所も今日で最後。
何百年、何千年と積み重ねてできたヒマラヤの風景を目に焼きつける。大自然の中をバイクで走り回ることに罪悪感がないわけではない。アドベンチャーというと荒々しく走る姿を想像するかもしれないが、最終日、僕はこの場所を走らせてもらっていることにひたすら感謝し、その風景になるべく溶け込もうと思って走った。
長い歴史が育んできたこの土地を荒らしてはいけない。少しこの場所を借りて走らせてもらっているという謙虚な気持ちでヒマラヤにただただ感謝した。
「インドは人生観が変わる」日本で多くの人にそう言われた。上手く表現することはできないけれど、僕の人生観も少なからず変わっている気がした。
この自然は地球の宝だ。心からそう思う。
バイクに乗っていて良かった。地球にはあらゆる道がある。青い空に湖、乾いた山肌、満点の星空に流れ星、澄み切った空気、そのすべてにとてつもない生命力が宿っていた。これからもバイクで色々な景色を見に行き、バイクで色々な経験をして、その力に少しでも触れたいと思った。
「やっぱりバイクはいい」。これからも走り続けよう、乗り続けよう。色々なバイクに乗り、その楽しさを1人でも多くの方に伝えていきたい。それを改めて感じさせてくれた「モト・ヒマラヤ2022」だった。
レーに着いて皆と握手してお礼を言う。「冬の景色も最高だよ」ロイヤルエンフィールドのスタッフが笑う。とりあえず苦笑いで応えたが、いつかその景色を見に来ようと自分に誓った。
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