MOTO HIMALAYA 2022に参加! 景色に感動する感情を持っていたなんて……

【標高5000mの山々を何度も越え、何本もの川を渡り、宿泊は標高4350m】バイクでヒマラヤに登る!Vol.2「DAY5〜7」

見たこともない景色を見ると、人の思考はいったん停止してしまうのかもしれない、と思った。きっとヘルメットの中で僕は口をポカンと開け、途方に暮れていたのだと思う。見渡す限り山々が広がり、空が広がり、ここは地図に載っているんだろうか? という道をひたすら走っていく。何キロも景色が変わらないかと思えば、刻一刻と山々の色が変わったりもする。走るほどにヒマラヤという聖なる山に魅せられていく。


●文:ミリオーレ編集部(小川勤) ●写真:河野正士、小川勤 ●外部リンク:ロイヤルエンフィールド東京ショールーム

【いざ、インドへ! 標高5000 mを走破する旅に参加】バイクでヒマラヤを登る!Vol.1「モト・ヒマラヤ2022 Day1〜4は、こちら

いよいよ「モト・ヒマラヤ2022」の本番がスタート。円陣を組んで士気を高める。

標高5000mでは指先が痺れ、軽い頭痛も……

インド5日目、「モト・ヒマラヤ2022」2日目。この日はレーの街からさらに2000m以上高い、標高5359mを通過し、ヌブラという街までの156kmを走る。人生で初めて5000m超えの地をバイクで走り、自分の足で立つ日である。

朝のミーティングでは「標高5000m以上の場所に15分以上滞在しないように」「体調が悪くなったらドクターに」と説明がある。

夕食の際に次の日の行程が発表される。

レーの街を一瞬で抜け、車同士が対向するのは難しいようなワインディングに突入。そこをひたすら登っていく。走り出してしばらくすると気温が下がり、霧も出てきた。身体的にこんなに短時間で駆け上がっていいのかとちょっと心配になる。レーの街では半袖でも暑いくらいだったのに、一瞬で冬装備が必要な寒さだ。

道路は舗装部分がほとんどだが、砂利が浮いていたり、穴が空いていたりして決してキレイではない。当然走りやすくもない。ゆっくり走っている車はホーンを鳴らしながら抜いていく。

そして登っていくほどにヒマラヤも息苦しいようで必死に空気を吸っているのが伝わってくる。そんな状況でもアクセルを開けるとヒマヤラはグズルことなく力強い。「頑張れ、ヒマラヤ!」そう応援しつつ、右手を力強く捻る。6000rpmからレッドゾーン直前の7000rpmまでしっかり回す。日本では2000-4000rpmを常用するようなシーンが多いが、やはり高地では高回転が必須だ。

霧の中を抜け、標高5359mのカルドゥン・ラに到着すると、そこは予想に反してクルマとバイクに溢れていた。すり抜けて行かないと走れないほどの混雑。道路拡張のための工事箇所や重機もたくさんある。登ってきた方と反対側の斜面に行くと霧は晴れていて、万年雪が現れる。晴天ではないが絶景である。

「とんでもないところに来てしまったなぁ」と放心状態になる。「地球って凄い。インドって凄い」そう思ったが、この旅ではこれから何度も何度もこう感じさせられる瞬間が訪れるのだ。

実は走行中からずっと指先が痺れている。どうやら酸欠のよう。小走りしたりすると少し頭も痛い。しかし、大きく深呼吸して呼吸を整えると身体に酸素が入り、体調が戻っていくような感じだ。

日本では考えられないような道を走る。大抵ガードレールはない。谷底にクルマやバイクの残骸を見ることも……。

標高5359mのカルドゥン・ラに到着。万年雪が迎えてくれた。人生でもっとも高い場所に立った瞬間だった。

一般道を走っていると突然川が出現する。クルマもバイクもバンバン渡っていく。もちろん川をバイクで渡るのも人生初だ。

宿泊はコットンテント。夜は野犬が吠え続ける……

カルドゥン・ラからはひたすら下っていく。標高が下がっていくと(といっても4000mだったり3500mだが)、身体がどんどん楽になっていくのが面白い。ちょっと軽く動けるような感覚になるのだ。昼食はだいたいマギー(カレー味のインスタントラーメンのような感じ)で、夕食はその先々でオリジナルのカレーをバイキング方式でいただくイメージ。

この日はヌブラにあるアップルコテージというコットンテントに宿泊。15時頃に到着し、汗だくだったので、水でシャワーを済ませる。お湯は夜に1時間ほど使えるらしく、電気は11時まで(といいつつこの日は特別に朝まで使えるようにしてくれた)。日中は暖かいが日が沈むとぐっと冷えてくる。宿は快適だが、標高の問題でもなんでもなく犬の鳴き声で何度も起こされ、あまり眠れなかった。

5000m超の山々を越えるときは事前に止まって、防寒対策。荷物はなるべくバイクにくくりつけて身体の負担を軽減。多くのライダーはハイドレーションバッグを背負い、常に水を飲めるようにしていた。

ヌブラにあるアップルコテージはこんな感じ。標高はレーと同じくらいなので、身体もかなり楽だ。

標高4000m付近に度々集落があり、レストランも。昼食はだいたいマギー。インスタントラーメンを茹でる前に砕いたような感じ。もちろんカレー味で、卵をトッピングしたりできる。

川の氾濫により迂回。まさかの12時間走りっぱなし……

インド6日目、「モト・ヒマラヤ2022」3日目は、ヌブラからパンゴン・ツォという湖を目指す。どうやら予定していたルートが川の氾濫により通れない模様。そこを迂回するため240kmを走るようだ。日本で考える240kmでなく、道なき道を行く240kmはとても過酷だ。ちなみに「モト・ヒマラヤ2022」のペースはそれほど遅くない。

ホーンは相手への敬意。ブラインドカーブ、遅いクルマやバイクを抜く時など、とにかく1日に何十回もホーンを鳴らす。

迂回することでワリ・ラとチャン・ラという5000mオーバーの山を2つ超えていくという。昨日までは比較的優しいルートだったのだと思う。この日は様々な道路が出現する。砂利のダートはまだ走りやすいが、大きな石が転がるガレ場と滑りやすい泥が合わさったようなワインディングはかなり痺れた。

さらには河原のような場所や砂地なども出現し、川は何本超えたか覚えていないほどである。それなりのスキルと体力が必要なルートだった。

実はこの日、同行していたヒマラヤ連載でお馴染みの村田はここで一時リタイヤ。転倒し、ガンワゴンにバイクを積んでもらい、病院へ(怪我はたいしたことない)。この辺りは今後アップされる彼女のレポートを読んでいただければと思う。

パンゴン・ツォまで残り20kmとなったところで完全に日が暮れた。ルートは街灯も何もないダートやワインディングで頼りになるのは前のバイクのテール周りだけである。路面状況もわからないままひたすら進む。この段階からも川を10本以上超えたと思う。

宿があるパンゴン・ツォは湖が美しい場所らしいが、到着しても暗闇だけが広がっていた。「人生でいちばん疲れた……」何名かの方はそんな心情を吐露していたほど。5000m超の山々を越え、12時間走りっぱなし。ちなみにパンゴン・ツォは標高4350m。猛烈に寒く、疲れた身体を休めるのも難しい……。

シャワーを軽く済ませたが水量が弱く身体がまったく温まらないため、バケツにお湯を溜めたらまっ茶色だった……。足湯で全身を温める。夕食をカレーで済ませた後、軽い頭痛に襲われた。指も軽く痺れている。バイク用のインナーやダウンをすべて着込んで布団に入る。この日はグッスリと眠ることができた。

雄大な大地をどこまでも走る。今までに感じたことがない解放感に包まれる。人生において、新しい経験や発見は本当に素晴らしいことなのだと改めて感動した。

これぞ自然の力。全身で五感で絶景を堪能する

インド7日目、「モト・ヒマラヤ2022」4日目。一度レーのホテルに戻る日だ。

凄まじい朝日で目覚めると、目の前に絶景が広がっていた。部屋の前に急いで、昨日ずぶ濡れになったウエア類を干す。標高が高い場所は日差しが強く、乾燥しているため、一瞬で乾くのだ。

昨晩の寒さが信じられないほど暖かく、朝方なのに半袖でOK。なんという場所だろう。

パンゴン・ツォは長さ134kmもの細長い湖。信じられないほどの青空と、信じられないほど青い湖の美しさに見惚れる。標高4350mの場所にこんな絶景が広がるのは驚異でしかない。昨日の夜に渡ってきた何本もの川はヒマラヤの雪解け水で、川ではないとのこと。そしてそのすべての水がこの湖に流れ込んでいるのだ。同じルートを帰るが、夜の間に雪は凍るため、日中は水が流れていないそうだ。

自然の力を思い知る。近いのか遠いのかわからない6000m、7000m級の山々を眺めながら、多彩なブルーに引き込まれていく。柄にもなく心が洗われるような気がしてくる。全身で五感でこんな絶景を楽しんだことはこれまでの人生でなかった。いや、あったのかもしれないけれど、どれも比にならない。ヒマラヤの神々しさにどんどん引き込まれていく。

ヒマラヤに来てよかった。バイクに乗っていてよかったと心から思う。

インターネット遮断も2日目。僕のアイフォンはただのカメラになっていた。現代社会において強制的にこんな時間を提供してくれたヒマラヤに感謝したいとも思った。

自然の雄大さを感じさせてくれたパンゴン・ツォ。自然には色々な青があるんだと思い知る。

走っていて、絵ハガキやパソコンの壁紙になったような気分だった。あまりの視野の広さに遠くの山が近くに見えたりして遠近感がわからなくなってくる。

写真を拡大していただくと馬が道路を塞いでいるのがわかるはず。牛、ヤク、馬、犬などさまざまな動物たちが道路を練り歩く。

アルジェイさんとジティンさん(写真右の左から)はヒマラヤに乗りながら参加者をフォロー。ドクターのワンチュックさん(右)は24時間体制で参加者をケア。真夜中に駆けつけ、酸素吸入などにも対応してくれた。ロイヤルエンフィールドのこのバックアップ体制は素晴らしい。

ガンワゴンは最後尾から参加者をフォロー。ユブラージさんはメカニックとして帯同。スロットルワイヤー調整などの簡単な整備は、その場で臨機応変に対応。ステムベアリングの交換などの重整備は寒空の夜中にひとりで行っている姿も。本当に感謝しかない。

どこを切り取っても絶景の連続

絶景の中を散歩しながら、少しストレッチをしたり動いたりしてみたが、高山病の気配はなさそう。しかし、中には夜中にドクターに依頼して酸素を吸わせてもらったメンバーもいる。体調の優れないメンバーをケアしつつ、チームワークがどんどん高まっていくのがこういった旅の魅力のひとつだ。

前日12時間走りっぱなしだったこともありスタートは遅め、この日のルートに入っている標高5000m超えのチャン・ラももうルーティーンのような気持ちになってくる。前日の往路は暗闇の中を手探りするように走ってきたルートだったが、帰路は絶景だった。濃いブルー、薄いブルー、緑がかったブルーを堪能する。

何度も何度もヘルメットの中で感動する。自分の気持ちにこんな感情があったことが不思議になるくらいの違和感でもあるのだが、ヒマラヤの景色がそんな感情にさせるのだ。疲れもぶっ飛ぶ爽快感に全身を委ねる。「やっぱり地球って凄い!」その繰り返しだ。

バイクでヒマラヤに登る!Vol.3「DAY8-10」(最終回)に続く。

年々、舗装路は増えているのだという。一方で寒暖差が激しい場所だけに舗装路が完璧に整備されることはないのだろうな、とも思う。

こんな場所をバイクで走る日が来るなんて、と何度も思う。いま、思い返しても桃源郷のような場所がたくさんあった。

今回の旅で何度感謝しても足りないことがある。それは様々なメーカーのテストを手掛ける岡本さん(写真右の右)とクレタの桜井さん(写真右の中)が全日に渡って村田のフォローをしてくれたこと。彼らの力がなかったら走り切れていなかったと思うほどそのバックアップは力強かった。本当にありがとうございました。

ハードな行程でもまったく根を上げないロイヤルエンフィールドのヒマラヤ。倒れても、水に浸かっても元気に走り回ってくれる。こんな過酷な環境で開発され、こういったイベントで得たノウハウもロイヤルエンフィールドはしっかり製品づくりにフィードバックしているとのこと。


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