ヤマハ発動機 執行役員PF車両ユニット長 西田 豊士さんインタビュー

【ヤマハはレースと市販車の開発部門が近い。西田さんはMotoGPマシンにも乗る!】ヤマハ開発のトップに聞く!Vol.2

今はすべてのことが持続可能な未来に繋がっていなければならない。しかし、バイクやレースでサスティナビリティの話をされると、正直うまく説明できない自分がいた。しかし、西田さんの話を聞くとこれからのスポーツバイクがどんどん楽しみになってくる。


●文:ミリオーレ編集部(小川勤) ●写真:長谷川徹、ヤマハ ●外部リンク:ヤマハ発動機

【スポーツバイクの未来って?】ヤマハ開発のトップに聞く!Vol.1はこちら

西田豊士さん(右)
ヤマハ発動機 執行役員PF車両ユニット長。1989年入社。以来スポーツバイクを手掛け、2018年1月に執行役員となり現職に。プライベートでも大のバイク好きで、現在の愛車はTRACER9 GT。
 
小川勤(左)
Webメディア『MIGLIORE』ディレクター。出版社に入社後、20年以上バイク雑誌一筋で編集者生活を送り、8年ほど編集長を経験。2022年、フリーランスの編集者&ライターとして始動。愛車はSR400。

レースの世界もカーボンニュートラル化が進んでいく

年々厳しくなる規制に対応させつつ、パワーを出すのはとても大変なことだ。それはレースの世界でも同様で、世界最高峰のレースであるMotoGPの世界でもどんどんカーボンニュートラル化が進んでいく。果たしてその未来とは?

また、面白いのはヤマハのMotoGP開発チームは、市販車の開発チームとの距離がとても近いこと。これは他のメーカーにはない動きだ。この組織を構築していったのも西田さんである。ヤマハ開発のトップは無類のバイク好き、自らMotoGPマシンにも乗るレース好きなのだ。

──カーボンニュートラル化が進んでいくと、レースの世界はどのようになっていきますか?

西田「MotoGPもカーボンニュートラル燃料になります。2024年から化学合成ではないですけど40%は非化石由来燃料になり、2027年から100%非化石由来燃料というレギュレーションに変わっていきます。もちろんその開発も始まっています。レースで内燃機関と燃料の技術開発が進むと市販車のeフューエルの可能性も大きくなっていきます」

──これからもレースはEV、eフューエルバイクの開発の場として残るんですね。

西田「Moto eも航続距離を伸ばすことが課題ですが、そういった未来はすぐには来ないんです。だからMotoGPそのものがCO2排出量を抑えてこれまでのレースの魅力を発信していくレギュレーションになったんだと思います。最初は出力が落ちるかもしれませんが、そこで出力を出していくことが、メーカーがもう1段技術を磨いていくポイントになると思います」

──ヤマハはレースの開発チームと市販車の開発チームが近く見えますがそれはあえてそうしているんですか?

西田「もっと技術的な知見を集めて、レーサーの競争力を上げたいっていう部分と、そういった競争の世界で技術を磨くことで一人ひとりの人材育成につながるだろうということで、技術人材のローテーションを2000年台の初め頃から積極的にやり始めました。

YZR-M1に試乗した話になると、エンジニアの顔からバイク好きの顔になる。目がいっそう輝く。

2004年のYZF-R1の車体設計者は、MotoGPの仕事をしばらくしていましたね。市販車のエンジニアの人材育成の視点で見ると、競争の厳しいレースの世界で技術を磨き、その技術を活かして市販車を開発する。MotoGPチームの視点で見ると蛸壺化せずに様々な技術と知見を集めて、次なる競争力を上げる。両方のチームがwin winの状態になるように始めたんです。

最近、この2つのチームの距離がもっと近づきつつある。特に車両解析の世界やコンピュータシミュレーションの技術ではMotoGPよりも市販車開発の方が進んでいる部分もあるんです。もちろんMotoGPが進んでいるところもあります。市販車の進んでいる部分を原理原則的にMotoGPに当てはめることで、開発スピードも精度も上がります。

MotoGPのマシンも市販車もモーターサイクルとしての運動特性の原理原則は同じ。そのシミュレーション技術に関して両方の部門でチームをもってそれぞれ育てていくより、もっと大きな枠組みで協業するスタイルの方が効率も良いし、技術者を横断的に活用できるので、そこは盛んになっていますね。

PF車両ユニットっていう私が所属しているユニットの中にMotoGPチームを入れたのもそれが目的の一つ。本当は、自分がレース好きだし、いつかMotoGPの仕事がしたいって30年くらい思っていたっていうのが8割、9割ですけど(笑)。

でもそうしたからには、この部署にMotoGPチームがあるっていう付加価値をもっと出さないと、ということです。市販車の開発チームにMotoGPの仕事をやって欲しいと頼みましたし、MotoGPの開発チームに市販車の開発チームに仕事を依頼するように頼みました。それがリーダーとしてできるそんなに多くないことのひとつでした」

2021にMotoGPクラスとタイトルを獲得したYZR-M1とファビオ・クアルタラロ。ファビオは、2023年、2024年まで契約を更新。ガソリンエンジンの究極がここにある。

──2015年のYZF-R1開発時に、開発陣の多くがYZR-M1に乗っていましたよね? 凄いなぁと思いました。西田さんは乗られたんですか?

西田「何度かタイミングはあったのですが、雨だったりできちんと乗れなかったんですが、真剣に乗ったのは2021年。日髙(日髙 祥博さん:ヤマハ発動機代表取締役社長)が袋井のテストコースで乗るって機会があったので乗せてもらいました。

YZR-M1を1台動かすとなると、もの凄い数の人が動き、手間もかかる。なので、今まで遠慮していたんですけど、今回を逃すと本当に乗る機会はないなと思って。4周1セットを日髙は2回行ったんですよね〜。自分は1回……。もう1回行っておけばよかったなぁ。

乗って『ああ、そういうことだったんだ』って思いました。2015年のYZF-R1の開発陣が『いつまでも乗っていたい』『これでツーリングに行ける』『レーサーだからって気難しさがない』『意のままに』と言っていたんですけど、理解しました。とんでもなく速いってこと以外は、とんでもなく乗りやすいバイクでした。感覚的にはYZF-R1よりはるかに乗りやすい。

実はその1週間前に袋井のテストコースで半日スポーツバイクに乗る機会があったんです。YZF-R25/R6/R1、IRF(イワタ・レーシング・ファミリー)のYZF-R1レーサーも……。だからYZR-M1に乗る前日まで凄いシミュレーションしてたんですよ。でも、あんなにシミュレーションしたのに、ピットロードを走り出した瞬間、あまりにYZR-M1が乗りやすいので、普通に乗っちゃいました。

本当は1周目はカーボンディスクとタイヤを温めてって……。4周目にはペースを上げられたらと思っていたんですよ。でも1周目から気持ちよくいってしまったらタイヤもカーボンディスクも温まらない。とにかく冷えているとカーボンディスクは止まらない。びっくりするくらい止まらなくて。で、舞い上がっちゃって自分の組み立てていた走りが最後までできなかったんです。本当に残念でした……」

2015年のYZF-R1の開発陣には過去に何名もインタビューをさせていただいた。皆さんにYZR-M1に乗った感想を聞くと、目を輝かせて話してくれたのを思い出す。YZF-R1は、クロスプレーンクランクシャフトを採用する、唯一の国産4気筒スーパースポーツだ。

──本当に悔しそうですね……(笑)。ずっとスポーツバイクに携わってきた西田さんですが、今後スポーツバイクに投入したい技術や制御はありますか?

西田「我々、機械系技術者が最後に実現すべき技術はYZR-M1に搭載されているシームレス・トランス・ミッションだと思っています、って言い続けています」

──ずっと前に西田さんに聞いたことあります。

西田「ですよね(笑)。本当に素晴らしい。あれだけパワーとトルクが出ているエンジンの駆動力を途切れさせることなく、車体を暴れさせることなく、ギヤの部分はメカニカルな構造だけで、シームレスにシフトアップ&ダウンできるってすごい。もちろん燃料や点火は電子制御していますけどね。

今の市販車のクイックシフターもかなりのレベルまで作り込まれているし、もっとよくなる。他にも電気のアクチュエーターを使って制御しているモデルもあるので、正直、実現は難しいと思うけどやりたいんです。

シームレス・トランス・ミッションは構造が複雑で、とんでもないコストがかかる。でもメカニカルな構造の究極系なんです。で、内燃機関がeフューエルなどで続くのであれば、有段のトランスミッションは続くので、まだまだチャンスがある。いつか実現したいですね。

他には、ACC(アダクティブ・クルーズ・コントロール)を軸にしたブレーキや車速の制御ですね。LMWの世界では車速ゼロまでACCで行けて、停止時もそのまま自立、ライダーが足を着かずに再び走り出せる。それにシフトのアクチュエーターを組み合わせれば、クラッチも握らなくて良い。自分でギヤを変えてもいいし、オートマチックでもいい。このあたりの組み合わせはどんどん広がっていきます。

さらに車との車車間通信が現実になれば、混合交通の中での安全にも寄与できます。これを軸にサスペンションの自動制御とか、ブレーキのアクティブもついてくる。この未来はそう遠くないところにありますよ」

NIKEN GT。LMW(Leaning Multi Wheel)と電子制御の組み合わせは相性が抜群だし、無限の可能性を秘めている。

【ヤマハらしさとは何か? ハンドリングの数値化を進める理由は?】ヤマハ開発のトップに聞く!Vol.3に続く。(6月27日公開)

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