「ノイズからサウンドへ」カワサキの品質改革は「ゼファーχ」から始まった!【柏 秀樹の昭和〜平成 カタログ蔵出しコラム Vol.36】

「ノイズからサウンドへ」カワサキの品質改革は「ゼファーχ」から始まった!【柏 秀樹の昭和〜平成 カタログ蔵出しコラム Vol.36】

ライディングスクール講師、モータージャーナリストとして業界に貢献してきた柏秀樹さん、実は無数の蔵書を持つカタログマニアというもう一つの顔を持っています。昭和~平成と熱き時代のカタログを眺めていると、ついつい時間が過ぎ去っていき……。そんな“あの時代”を共有する連載です。第36回は、空冷4気筒ネイキッドの代表格として君臨したカワサキ「ゼファー」シリーズを取り上げます。


●文:柏秀樹 ●外部リンク:柏秀樹ライディングスクール(KRS)

初期型ゼファーの第一印象は「遅い!」だった

1989年に発売されたカワサキ・ゼファーは、レーサーレプリカ全盛期にデビューし、その後の「ネイキッドバイクブーム」の立役者となった一台です。

ちなみに「ゼファー(Zephyr)」とは、ギリシャ神話の西風神「ゼピュロス」に由来し、転じて「西風」や「そよ風」を意味しています。

ゼファーが空前のブームとなった理由について、「レーサーレプリカで激走する走りに疲れた多くのライダーが指名買いしたから」と言われることもありますが、確たる根拠はありません。しかし、「日常の速度域で楽しめる普通のバイクが欲しい」という潜在需要が世の中に溢れていたのは事実です。1989年デビューのC1型から1992年のC4型まで、並み居るレーサーレプリカたちを抑えて4年連続でトップセールスを記録したことが、何よりの証明といえます。

そんな初期型ゼファーに初めて乗ったときの第一印象は「遅い!」でした。

アクセルを開けてもレスポンスは「モヤッ」としている。「まあ、昔のバイクのようなのんびり感がいいよね」と、無意識にその鈍な走りを弁護したくなるような特性でした。54馬力エンジンが46馬力まで大幅にデチューンされていたのですから、誰もがそう感じるのは当然だったのかもしれません。

その後、ホンダCB-1、スズキ・バンディット、ヤマハXJR400など、ライバル社がそれぞれ独自のテイストを織り込んだネイキッドモデルを激戦区の400ccクラスへ投入していきます。それでも、最も息長く人気を保ち続けたのはゼファーでした。

初期型(C1/C2)のカタログカット。特徴的な左右非対称の異径メーターや高めのステップ位置、5本スポークホイールなど、ネイキッドブームの原点となった往年のディテールが随所に確認できます。

1990年のカタログの1ページ。キャンディアトランティックブルーとキャンディカーディナルレッドの2色のほか、カワサキ正規取扱店「ARK」やライダーズクラブ「KAZE」の発足など、当時の販売・サポート体制も窺える一枚になっている。

1996年、衝撃の進化を遂げた「ゼファーχ」へ

400ccネイキッドのリーダーとして君臨していたゼファーは、外観のイメージを大きく崩さずに走りをシャキッとさせるべく、1996年に「ゼファーχ(カイ)」へと変身します。初代ゼファーの登場から7年が経過していました。

パッと見では初期型と大きく変わらないように見えますが、いざ走り出すと完全に別物でした。もっさりしていた初代の走りから、イキイキとした疾走感へ激変していたのです。デビュー当時の仕様のまま小変更だけで生産終了を迎えるバイクも多い中、ゼファーχは「エンジニアが意志を持って育てていく熱い思い」を肌で実感できる作りになっていました。

「名車」と呼ばれるバイクには、空前のヒット作として話題になった初期型こそが至高とされる側面もあります。しかし今回は、マイナーチェンジによって走りを劇的に進化させた「ゼファーχ」こそが名車である、という視点で振り返ってみたいと思います。

ゼファーがたどった進化の歴史を振り返ってみましょう。

1989年に登場した初代ゼファー(C1型)は、ボア・ストローク55×42mmのGPz400用エンジンをベースに専用チューンを施してデビューしました。当時の大きな特徴として、スピードメーターとタコメーターが左右非対称(異径)というユニークなデザインが与えられていました。

その後、1991年のC3型ではメッキ仕上げの砲弾型同径2連メーターへと変更され、タコメーター内に燃料計を新設。安全面でもこのモデルからヘッドライト常時点灯式が採用されました。

続く1993年のC5型では、メンテナンスフリー(MF)バッテリーの採用やスイッチ類の見直しに加え、当時社会問題化していたバイク盗難対策として、シート下にU字ロックが収まる収納スペースを設定するなど実用面での強化が進められます。

そして2バルブエンジンとして最終型となった1995年のC7型は、ゼファーシリーズ初となる鮮やかなブルー系の新色を追加。こうして2バルブ時代を駆け抜けたゼファーは、翌1996年、さらなる熟成を求めて「ゼファーχ」へとバトンをつなぐことになります。

4バルブ化で7馬力アップ! 1996年「ゼファーχ(G1型)」誕生

そして1996年、ゼファーは大刷新を遂げて「ゼファーχ」へと生まれ変わります。「χ(カイ)」とは、未知数や無限の可能性を表すギリシャ文字。カワサキの「Z」がアルファベットの最後として究極を意味するのに対し、さらなる発展への願いが込められていました。

エンジンの最高出力は46psから53psへアップ。最大トルクも3.1kg-m/10,500rpmから3.6kg-m/9,000rpmへと向上し、より低い回転域から分厚いトルクを発生するようになりました。これにより、発進加速がスムーズになっただけでなく、高回転域までシャープに吹け上がるパワー感を獲得したのです。

7馬力アップを果たしたエンジンの中身は、まさに全面新設計と言えるものでした。吸排気を2バルブから4バルブ化し、燃焼室を半球型からペントルーフ型へと刷新。ピストンヘッド形状のフラット化やクランクシャフトの全面見直し、フライホイールの約12%軽量化に加え、スロットル開度センサー「K-TRIC」の新採用、マフラー容量の30%増大、キャブレターの改良などが施されました。これらの相乗効果により、パワーアップを果たしながら静粛性の向上と燃費改善までも達成していたのです。

車体側も、角型カムカバーの造形がシャープになったエンジン外観をはじめ、メーターボディ、ハンドルバー、リヤカウル&テールランプ形状を変更。フロントブレーキにはGPZ1100系の2ポッドキャリパーとマスターシリンダーを採用し、リヤショックも刷新されました。

乾燥重量はC1型の177kgからχ(G1型)では185kgへと増加しましたが、重量増を感じさせないほどパワフルなエンジンと、引き締まった車体、強化されたブレーキ性能をすぐに実感することができました。

走りを「完全体」へと昇華させた1997年の「G2型」

ゼファー人気が再燃する一方で、1996年当時は大型二輪免許が教習所で取得可能となったことや、250ccビッグスクーターブームの到来により、400ccネイキッド市場には強い逆風が吹き始めていました。しかし、ゼファーはχへのテコ入れによって堅調な販売を維持します。

そして1997年4月、ゼファーχはG1から「G2型」へと進化を遂げます。このG2型こそが、ゼファーの走りを決定づける大きな転換点となりました。

外観上の最大の特徴は、伝統の5本スポークから3本スポークキャストホイールへの変更と、ゼファーシリーズ初となるグラフィック(タンク上面の2本ストライプ)の採用です。これは1960年代のアメリカン・レーシングカーを思わせるスポーティなイメージを意識したものでした。

足回りには、リヤの17インチ化(18→17インチ)をはじめ、バイアスからラジアルタイヤ(BS BT-54)への移行と前後タイヤの太軸化、フロントフォーク径の拡大(39mm→41mm)、スイングアームへのガセット追加による高剛性化など、大胆な変更が加えられました。フロントブレーキには対向4ポットキャリパーを採用し、マスターシリンダー径も14mmから15.8mmへ拡大して安定した制動力を確保しています。

グリップ力が増したラジアルタイヤに合わせて前後サスペンションも固めに設定され、ブレーキ性能の向上と足回りの剛性アップによって、ゼファーχの走りは「完全な別物」へと覚醒しました。

高回転まで伸びやかに回るエンジンパワーを堪能しながら、左右へ思い通りに車体をロールさせられる接地感の高い軽快なハンドリング。それでいて、ゆったりとしたマイペースなクルージングでも深い味わいがある、まさに「緩急自在」な走りに対応できるバイクへと成長を遂げたのです。

1997年のG2型から採用されたタンク上面のストライプグラフィックが目を引く見開き。3本スポークホイールや前後17インチ化、ラジアルタイヤの装着など、足回りの大幅進化を誇るカタログページ。

地味ながら最大の改革となった「ステップ位置」の変更

ゼファーχ(G2型)において、決して見逃せない非常に重要な改良点が「ステップ位置の変更」です。

カワサキの歴史を振り返ると、流麗なカウルで一世を風靡したGPzシリーズ以来、カワサキ車は伝統的にステップ位置が「後方かつ高め」に設定されていました。これは熟練のテストライダーの好みであり、コーナーを深くバンクさせて攻め立てる走りにおいては合理的な配置でした。膝を深く曲げ、両腕を前に伸ばすライディングフォームは「カワサキ」の象徴でもありました。

初代ゼファーの開発時にもそのDNAが踏襲されていましたが、G2型においてついに改革の手が入ります。

ネイキッドの本質とは、一般ライダーがストリートを快適に走れること。膝の曲がりがキツく、高すぎるステップは、街中のストップ&ゴーで足の上下動に大きな負担を伴います。直立に近いアップライトな姿勢で快適に走るためには、「低めで前寄り」のステップこそが王道であり必然でした。当時のライバル車たちがネイキッドでありながらバックステップ気味であった中、この変更は画期的な出来事だったのです。

具体的な数値で見ると、G2型のステップはG1型と比較して「前方へ約40mm、下方へ約26mm」移動しました。これにより膝の曲がりが緩やかになり、自然なライディングポジションを実現。同時にハンドルバーもわずかに高く手前へ設定され、シートクッションのストローク量も増やされたことで、居住性は飛躍的に向上しました。

マフラーやステップのカスタム(社外品交換)が当たり前だった80〜90年代において、ノーマルのポジションをここまで見直した姿勢に、カワサキの情熱を感じずにはいられません。

ゼファーχ(G2型)で注目したいのは、地味ながら乗り味を大きく変えたステップの移設。度重なるゴー&ストップでも足腰への負担を減らす「ライダー第一」の改良は、ゼファーχが単なるレトロ風ではなく、本気で育てられた名車である証拠ともいえる。

ノイズから「サウンド」へ。カワサキの意識改革

このゼファーχの熟成工程には、ステップ位置変更のような地味な取り組みだけでなく、当時のカワサキが全社を挙げて「品質向上」へ大きく舵を切った証が表れていました。その先陣を切ったのがゼファーχだったと言えます。

乗ってみて真っ先に質の向上を感じたのは、4バルブ化されたエンジンのメカノイズでした。それまでのカワサキ車特有の雑味が消え、静粛性が向上した耳に心地よい音に。つまり「ノイズ」が「サウンド」へと劇的に変わっていたのです。

動弁系やピストンの軽量化はもちろん、カムシャフトのラジアル/スラスト方向のクリアランス徹底短縮、クランクシャフト軸受部のクリアランス最小化など、細部にわたる精密な造り込みが施されていました。

シビアに言えば「メーカーとして当然の精度」に達したということですが、他社と同等以上の静粛性を手に入れたことで、外装樹脂の耐候性やゴム類の耐久性向上とも相まって、全体的なプロダクトとしての質感が飛躍的に高まりました。

カワサキがよりメジャーなブランドへと飛翔する上で、この質感向上は必然の歩みでした。記者発表会の場に立ったエンジニアたちの言葉からも、「質の向上を成し遂げる」という強い意志と誇りがひしひしと伝わってきたのを覚えています。

パワーアップと省燃費を両立させた基本性能

「カワサキが燃費を気にするなんて」というイメージを持つ方もいるかもしれません。しかしゼファーχは、7馬力ものパワーアップを果たしながら、定地燃費において従来の38km/Lから40km/Lへと向上させていました。

エンジニアから提示されたデータによると、最小燃料消費率は初期型ゼファーの「270g/PS·h(10,500rpm)」から、ゼファーχでは「250g/PS·h(9,000rpm)」へと改善されていました。

「より低い回転域で、より大きなトルクを生み出す」。これこそが乗りやすさ、実質的な速さ、そして低燃費に貢献するという技術の王道です。基本の「キ」に愚直に立ち返るカワサキの姿勢は、まさにこのゼファーχから始まったと言えます。

G1・G2という2つのステップを経て完成形となったゼファーχのスタイルは、実は2バルブ・ゼファーの初期開発段階でデザイナーが思い描いていた本来の姿でもありました。

3本スポークホイールに、キュッと切れ上がった細身のリヤカウル。それは伝説のZ1の模倣でも、無骨な角Zの踏襲でもなく、「新しい風」を感じさせる新世代ネイキッドのフォルムでした。ゼファーχは一見すると保守的に見えながら、確実に前進を続けた先進のバイクだったのです。

「日本の誇りが、この一台に宿る。」という誇り高きコピーが印象的な2003年のカタログ見開き。4バルブ空冷4気筒エンジンやスロットル開度センサー「K-TRIC」など、熟成されたパワーユニットの魅力をアピールしている。

その後、数々の仕様変更を受けながら熟成を重ねたゼファーχですが、2007年12月(G8F型)に大型モデル(1200/750)がラインナップから姿を消し、400ccのみが継続生産されることになります。

そして2009年4月。火の玉(ファイナルエディション)カラーを身に纏い、バフ仕上げのフロントフォークやゴールドのKawasakiエンブレムを奢られた最終型をもって、20年におよぶゼファーの歴史はその幕を閉じました。
キャブレター式4気筒エンジンには、現代のインジェクション(電子制御燃料噴射)車にはない、味のあるパワーフィールが今なお厳然として存在します。

もちろん、キャブレターとインジェクションの間に優劣や善悪があるわけではありません。バイクに乗るという体験がデジタル(0か1か)ではないように、エンジンの味わいも本来はデジタルで割り切れるものではないはずです。デジタル技術の進化とは、皮肉にもアナログが本来持っていたフィーリングの尊さを再発見するプロセスでもあります。

「もしもゼファーχのフィールを、現代の最新インジェクションと組み合わせたらどんな走りを見せてくれるのだろうか?」

最新のバイクにも、時代を重ねたバイクにも、ライダーの探求心が尽きることはありません。ゼファーχという名車をこうした眼差しで振り返ることは、過去ではなくこれからのバイクを見ることではないかと思います。

※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※掲載されている製品等について、当サイトがその品質等を十全に保証するものではありません。よって、その購入/利用にあたっては自己責任にてお願いします。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。