
「この男の戦う姿を撮ってみたい」。ヤングマシンを含む二輪メディアを中心に活躍中のフォトグラファー真弓悟史。バイクから人物写真まで数々の印象的な作品を撮り下ろしてきた彼が、2024年から全日本ロードレース・JSB1000クラスに挑む長島哲太選手を追いかけている。プロとしてレンズを向けなければと感じさせたその魅力に迫るフォト&コラムをお届けしよう。
●文/写真:真弓悟史
サーキットを沸かせた主役は間違いなく長島哲太
レースを終えた日曜日、多くのメディアの取材を終えると、時間はもう午後7時を回っていた。暗くなったパドックで荷物をバッグに詰めながら長島哲太(DUNLOP Racing Team with YAHAGI)は、この日を振り返ると絞り出すように答えた。
「んー……悔しいですね……やっぱり。『いけるかな』っていう手応えは、あったんですけど…」
もう少し。あと少しだった。トップとの差は僅か0.1秒。2位。
勝負には敗れた。だが、この日サーキットを沸かせた主役は間違いなく長島哲太だった。
前戦オートポリスからの長い夏休み期間を終えた全日本ロードレースJSB1000クラスは、実に3か月ぶりの開催となる。8月末、舞台は第5戦のもてぎだ。
長島は、このレースウィークに入る前から、今までにないフィーリングを得ていた。「開幕戦のもてぎの時から今年のタイヤの進化は感じていました。そこから7月と8月にもてぎでテストをして、7月のテストの時は路面温度60°近い中でしたが、昨年のレースタイムを1秒半くらい更新することが出来ましたし、アベレージも刻めました。これなら『ホントに優勝争いできる』と、かなりの手応えを感じました」
ここまで明確に自信を持った言葉は、この2年半、今までに聞いたことがなかった。長島は、確実に勝負の時が来ている事を肌で感じているのだろう。
ワークス勢にも立ち向かえるバイクと、長島の要求に耐え得るタイヤがついに出来上がって来たようだ。あとは、自分自身。だからこそ長島もレースに向けてより一層準備に気合いが入った。「トレーニングもそうですし、減量もしました。今年は鈴鹿8耐があって、1度体重を増やさないといけなかった。そこから減らさないといけないという厳しさはありましたが、昨年のもてぎ(6kg減量)と同じくらいは絞り込んで来ました」
今回のもてぎラウンドは、事前の公式テストがなかった関係で、いつもより1日早い木曜日から走行が始まった。この4日間、天気は、雨→晴れ→雨→晴れと、毎日変わる不安定な天候となる。
長島は、事前テストで得た感触そのままに、金曜日のドライの走行ではトップタイムを記録する。出だしは順調だ。いい流れで来ている。だが予選とレース1が行われる土曜日は雨となる。長島は予選最後のアタックで転倒を喫してしまう。
「今回ブリヂストンのレインタイヤがすごく良かった。なのでその差を埋めるために、もう1歩って考え、攻めた結果の転倒でした」
予選の結果は5位に終わる。トップの水野涼(SDG DUCATI Team KAGAYAMA)からは2秒6も離された。そしてこの日の午後には、もうレース1が始まる。
「もうこういう時は、割り切って挑むしかない」
午後3時、レースの時が迫る。もう日没が迫っているかのように空は、冷たく暗い。雨はまだ降り続いている。ぶっつけ本番、一気にセッティングを変えて勝負に出てくるのか、それとも。
スタート直後、長島は1つ順位を上げて4位に浮上する。ここから隙あらば、グイグイ上がって来るのがいつもの長島のスタイルだ。だが、逆にすぐに抜き返されてしまうと、そのまま上位陣は逃げて行く。
結果は5位。今年初めてトップ争いに絡む事なくレースを終えた。淡々と過ぎていってしまった15周。ここまで見せ場なく終わった長島のレースを見たのは久しぶりだった。
「レース中は何もしていないです。ただ走っていただけ。今回は、雨だったら『シングルフィニッシュするのも難しいかな』と思っていました。そんな中での5位だったので自分としては『あぁ良かった。最小限の失うもので済んだな』っていう感じでした」と冷静に話す。
昨年までなら一発表彰台を掛けて勝負に出ていたのかもしれない。だが今年の長島はチャンピオンシップを争う立場だ。転倒してポイントを失うわけにはいかない。今日は仕方がない。「無理な時は無理」と割り切った。だから今回の結果は上出来だ。そこには、苛立ちも何もなかった。
明日は晴れる。挽回するチャンスは必ずある。その日の夕方には、グランドスタンドのダンロップ応援席や、自身が企画し初めて開催した4輪ドライバー大湯都史樹選手とのDJイベントで集まってくれたファンに向けて「明日は晴れるんで大丈夫です。期待してください!」と声をかけていたのが印象的だ。晴れならイケる。今日の事はもう忘れたと、気持ちは明日に向いていた。
「そんな簡単じゃないですよね、レースは」
そして迎えた日曜日の朝、まだ路面は濡れているが予報通り雨は上がった。この日は最初のレースで、長島が運営する育成チーム「TN45 MIRAI Racing with Astemo」の知識隼和選手がJ-GP3クラスで初優勝する。
続いてST1000クラスでは、TN45の兄貴分、羽田大河選手(Astemo Pro Honda SI Racing)も優勝し、後輩や仲間が次々と結果を出す(最終レースST600クラス 藤田哲弥選手「TN45 MIRAI Racing with Astemo」も長島や仲間の刺激を受けて優勝する) 。いつも以上にパワーをもらう。長島が、この状況に気持ちが入らないわけがない。JSB1000の決勝が行われる頃には路面も乾いた。いよいよ条件は整った。
決勝レース2。長島は得意のスタートダッシュを決めると、1周目からライバルのインにアウトに、次々とマシンをねじ込んで行く。コースサイドの何十メートルも離れた場所で撮影していても今日の長島哲太は、今までとは全く違うように感じてしまう。圧倒的な集中力でライバルに関係なく、己のラインを驀進しているような雰囲気を漂わせている。
2周目にはついにトップに立つ。そして後続をどんどん離しに掛かると、その差はすぐに3車身ほどに広がった。だが、水野だけはついて来る。その水野も、今日は後ろから様子を見ているような余裕のある走りではなさそうだ。
ラスト2周、それまで間隔のあった1位と2位の差が急激に縮まった。しかし差はまだある。そしてファイナルラップに突入する。
このままいける。勝てる。優勝のチェッカーを撮るために私はホームストレートに移動すると、その先のレース展開が大型ビジョンに映し出された。
水野はまだここまで1度も仕掛けられていない。だが、ついに水野が動くと5コーナーでトップを奪う。しかし130Rで長島がすぐに抜き返す。続くS字コーナーは長島が抑え切った。だがヘアピンコーナー入口では水野がインを差し再び首位に立つ。ダウンヒルストレートではドゥカティのトップスピードが伸びる。長島はラインを変えて90°コーナーで最後の勝負を仕掛けていくが、抜くことが出来ない。
何度も何度も入れ替わる首位争い。まるでボクシングの最終ラウンドラスト5秒、両者が残りのありったけの力を振り絞り、死力を尽くす激闘のようだ。
とんでもない緊張感とストレスから、見ているこちらが寒気を覚える。残すは最終ビクトリーコーナーのみ。しかし、抜けない。この張り詰めた戦いも、次のホームストレート、チェッカーフラッグと共に勝負が決する。
パルクフェルメに帰って来ると長島は、タンクの上に突っ伏した。このレース、3周目からシフトペダルにトラブルが起こってしまっていた。このペダルは転倒した際、折れないように閉じる形になっているのだが、バネの部分が破損して固定されず、ふらふらの状態になってしまっていた。長島は、必死にペダルの端を使いシフトダウンしていたのだという。
チーフエンジニアの藤沢裕一氏は長島と熱く抱擁を交わして言葉をかける。「ごめん。本当によく頑張った。ありがとう」、その言葉を聞くと長島は、再びその場にしゃがみ込んだ。
「これはもう誰のミスでもないですし、誰を責める事でもない。今回は単純に自分が『持ってなかった』という思いと……でもやっぱり悔しい。『これがなければ』と……勝ちたかった……」
短時間にいろんな感情が交錯する。しゃがみ込んだままシールドを上げて涙を拭う。その姿を見かねたように羽田選手が「よくやったよ」と声をかけ肩を抱くと、やっと現実に引き戻されたかのように立ち上がることが出来た。
長島がレース後、初めて大きく言葉を発する。「あぁ悔しい」
「タラレバですから。もしトラブルがなくても、ペースが上がったかどうかも分からない。上げられる自信があったにせよ、終わってからなら何とでも言えますからね。これも含めてレースです。今回の結果に関してはもちろん悔しいですけど仕方がない。そんな簡単じゃないですよね、レースは。でも、今回これだけ出来たってことは、この先まだまだチャンスはある。そこでしっかり証明しますよ」
「3年計画、ダンロップタイヤでチャンピオンを獲る」、このプロジェクトもその3年目を迎え、いよいよ終盤戦へと突入した。
「自分の来年については現状だと何もない。引退したいわけでも退きたいわけでもない。だが今は『長島哲太を走らせられるチームが、オファーも含めて何もない』という状態」と話す。続けて「もちろん自分が必要とされ、走れる場所があるなら走りたい」と迷うことなく答えた。
残るは岡山と鈴鹿の2戦、3レースだ。3年目でついに勝利が見えるところまでたどり着いたダンロップ。分厚い信頼で結ばれたチームクルー。そしていつも長島哲太を応援してくれる多くのファンの力。これらの思いを胸に長島哲太は残りのレース、自身の人生をかけ全力で挑む。
【真弓 悟史 Satoshi Mayumi】1976 年三重県生まれ。鈴鹿サーキットの近くに住んでいたことから中学時代からレースに興味を持ち、自転車で通いながらレース写真を撮り始める。初カメラは『写ルンです・望遠』。フェンスに張り付き F1 を夢中で撮ったが、現像してみると道しか写っていなかった。 名古屋ビジュアルアーツ写真学科卒業。その後アルバイトでフィルム代などの費用を作り、レースの時はクルマで寝泊まりしながら全日本ロードレース選手権を2年間撮り続ける。撮りためた写真を雑誌社に持ち込み、 1999 年よりフリーのフォトグラファーに。現在はバイクや車の雑誌・WEBメディアを中心に活動。レースなど動きのある写真はもちろん、インタビュー撮影からファッションページまで幅広く撮影する。
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