「原理主義者は嫌うスタイルだが…」スーパーカーの原点とも言えるモデルは、今見ても美しい…! 生産台数わずか321台の幻の名車を紹介

「原理主義者は嫌うスタイルだが…」スーパーカーの原点とも言えるモデルは、今見ても美しい…! 生産台数わずか321台の幻の名車を紹介

スーパーカーブームを牽引した代表的なモデルとして、多くの人が憧れたランボルギーニ・カウンタック。中でも、500Sは短命に終わったものの、今でも多くの人を惹きつける魅力を持ったモデルだ。今回はこの、500Sに焦点を絞り、解説していこう。


●文:石橋 寛(ヤングマシン編集部) ●写真:RM Sotherbys

混迷するカウンタック界隈に登場した短命モデル

大多数のクルマ好きがスーパーカーの原点としているランボルギーニ・カウンタック。中にはフェラーリ512BBやミウラの名を上げる方もいることでしょうが、やはり一丁目一番地はカウンタックをおいてほかならないかと。また、認められるのは初代LP400のみという原理主義者も少なくありません。とはいえ、カウンタックは1974年から1990年までロールアウトしているご長寿モデル。さらに、2021年にはカウンタック LPI 800-4として新型ハイブリッドカーまで登場となると、カウンタック界隈はにぎやかを通り越して混沌の域といっても過言ではありません。

そこで、今回は500Sという短命に終わったモデルを中心に界隈を見晴らしてみることにしましょう。なぜなら、500Sはカウンタック最大の成功作とされる「QV(クワトロバルボーレ)」の前作にあたり、かつ400から400Sの流れを受け継ぎ、進化させてきた立役者と呼べるから。もっとも、カウンタック史の中では1982年から1985年の3年間に321台しか生産されていません。まぎらわしいのは、かのウォルター・ウルフが特注したのも500Sと呼ばれたり、エンブレムだけは5000Sになっていたり(発表時の正式名称はLP500S)ランボ混迷期に生まれただけのことはありそうです。

LP500Sは1982から1985年の3年間に321台が出荷されたカウンタックの3代目にあたるモデル。

扱いやすく、耐久性も高い5リッターV12エンジンを搭載

さて、500Sには車名の通りほぼ5リッター(4754cc)のV12が搭載されていますが、LP400開発時に試されていた5リッターエンジン(ボア×ストローク:85.0mm×73.0mm 4971cc)とは別物。初期のユニットは60年代に開発されたブロックを無理やりボアアップしたため、熱歪みが悲惨なレベルで、テストドライバーだったボブ・ウォレスでさえ閉口したといいます。が、500Sは増やした排気量を最大馬力でなくトルクの厚みに振ったため4500rpmという日常域に近い回転数で41.8kgmを稼いでいます。また、LP400Sの375ps/8000rpmに対し、1000回転も低い7000rpmで同等の馬力を発揮。平たくいえば同じパワーでも乗りやすく、また耐久性も向上という完成度の高さを誇るのです。

4754ccのV12エンジンは、それまでの3929cc版と同じく375psですが、発生回転数は1000回転下げられ扱いやすさが重視されています。

完成度といえば、原理主義者が嫌うオーバーフェンダーやリヤウィングも400Sから引き継ぎました。ご存じの通り、これこそウォルター・ウルフ・スペシャルが生み出したスタイルであり、カウンタック史に残るスタイルチェンジと言えるでしょう。タイヤについても、LP400のF: 205/70 VR 14 R: 215/70 VR 14のミシュランXWXから、F: 205/50 VR 15 R: 345/35 VR 15のピレリP7へとサイズアップされ、繊細な楔型シルエットに(ウォルター・ウルフが望んだような)暴力的なまでの迫力が加えられたのでした。ちなみに、この頃のピレリのカタログに同サイズのタイヤは記されず、ランボルギーニのパーツとして供給された模様。というのも、低扁平タイヤは職人による手作業で作られていたとかで、決して大量生産できる製品ではなかったのです。

この角度だとオーバーフェンダーの主張が強く、LP400で見せた繊細さよりもウルフ・スペシャルに通じるものが感じられます。

そして、500Sは初めて北米に正式輸出されたカウンタックでもあります。それまで、経営不振から北米での販売体制が敷けなかったのですが、1982年に同社のオーナーチェンジによって排ガス規制やバンパー強度などの厳しい基準(フェデラライズ)をクリアできたとされています。とはいえ、いつの世もグレーマーケットはあるもので、1981年の映画「キャノンボール」にLP400Sが登場していたように、並行輸入や個人輸入という手段でもって相当な数が上陸していたことも事実。なお、北米ではリヤウィングがオプションだったものの、ほぼすべてのオーナーがウィング付きを選んだのだとか。高速安定性は増すものの、最高速が10mph(約16km/h)低下すると説明しているにも関わらずですから、いかに400Sやウルフ・スペシャルの印象が強かったのか、よくわかるエピソードです。

このサイドシルに腰を下ろしたカウンタック・リバースをしてみたい方は大勢いることでしょう。

ライバルの新作デビューにより、500Sのモデル寿命が縮まった

そんな500Sですが、1984年のパリ・モーターショーでフェラーリ・テスタロッサがデビューしたことでモデル寿命が縮まってしまいました。なにしろ、基本は60年代からキャリーオーバーしているV12は2バルブエンジンですから、新型エンジン(5リッター 180度のV12)を搭載したテスタロッサに見劣りすること間違いありません。そこで、ランボルギーニはヘッドまわりをテスタロッサと同じく4バルブにすることを決断。500SはLP5000クワトロバルボーレへとモデルチェンジすることになったのでした。排気量も5167ccへと拡大され、6基のウェーバーキャブでもって455ps/7000rpmと大幅なパワーアップでやすやすとテスタロッサの390ps/6300rpmを凌いでいます。

7000rpmからレッドに入る回転計。LP400や400Sは7500ないし8000回転がレッドゾーン指定されています。

しかし、ウェーバーのおかげで重心位置は高くなり、それを覆うエンジンフードによってただでさえ悪かった後方視界は絶望的になったと嘆く方もちらほら。となると、500SはパワーこそQVに劣るものの、決して乗りづらいわけでも遅いわけでもなく、それでいてウルフ・スペシャルに準ずるスタイルという「いいとこどり」と言えなくもありません。それがたったの321台ですから、カウンタックの本質を理解している方々にとっては垂涎の的とされているのです。こちらの由緒あるオロ・サハラ(砂漠の黄金)に塗られた1983年モデルも、約1億8000万円の入札価格が指定され、QVの平均価格を大いに上回るもの。改めて、カウンタックの価値を思い知らされる1台に違いありません。

ブルーメタリックやジャッロ(黄色)など純正色は30色用意されていましたが、こちらのオロ・サハラは最初のオーナーによるスペシャルカラー。

キャブをバンク間に置かない400/500はエンジンフードが盛り上がらず、後方視界をかろうじてキープしています。

テレホンダイヤルと呼ばれたホイールですが、15インチしかありません。時代とはいえ、にわかには信じがたいサイズでしょう。

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