「そっくりさんと中傷されることも…」しかし本家を実力で凌駕! 巨大なフロント部分に収まるエンジンにアメリカ人でさえ驚嘆した[ダッジ・バイパーGTS]

「そっくりさんと中傷されることも…」しかし本家を実力で凌駕! 巨大なフロント部分に収まるエンジンにアメリカ人でさえ驚嘆した[ダッジ・バイパーGTS]

ダッジ・バイパーGTSは「デイトナ・コブラのそっくりさん」などと中傷されることもありますが、当のクライスラーがシェルビー・コブラへのオマージュだと認めています。なんのことはない、1996年当時に社長だったボブ・ラッツからして熱狂的なコブラファンでしたから、クライスラー製コブラと呼んで一向に差し支えないのかと。これは市販車としてだけではなく、レースでの成績もまたコブラ並みに優秀であり、むしろシェルビー・コブラを凌駕したといっても過言ではないでしょう。


●文:石橋 寛(ヤングマシン編集部) ●写真:RM Sotherbys

巨大なフロントノーズに収まる8リッターV10エンジン

そもそも1989年のデトロイトショーでダッジ・バイパーR/Tが発表された時点で、クルマ好きはもとより、評論家筋まで「コブラがダッジから復活した」と大騒ぎしたものです。なにしろ、巨大なフロントノーズに収まるのは8リッターV10というアメリカ人でさえ驚くエンジン。当時の流行だった4WDシステムなど目もくれず、ひたすらハードボイルドなオープンカーだったため、専門誌もこぞって褒めちぎったものでした。

1997年にル・マンで闘い、誰も予想していなかったクラス5位を獲得したダッジ・バイパーGTS-R。

次いで、1996年には筆者が個人的に「本命モデル」と感じていたクーペ仕様のGTSが登場。やはり、オープンモデルはV10を積んでの剛性やら、高速安定性といった面では不利。クライスラーは元を取るほどR/Tを売りさばいた後で、本当に売りたかった、作りたかったモデルとしてGTSを発表したのだと今でも信じています。

もっとも、オープンとクーペに決定的な違いがあるわけではありません。90%のパーツが刷新されたなどと喧伝されていますが、なにR/Tの不具合をランニングチェンジした程度のこと。それでも、マイナートラブルは続発しているわけですから、両者の違いは屋根があるかないかくらいのもの。また、当初415馬力だったR/Tですが、GTSが450馬力で登場するのと合わせて同一パワーになっています。やはり、クローズドボディを作ったのはクライスラーがレースに出たくて仕方なかったから、と考えるのが妥当ではないでしょうか。

フロントに搭載された8リッターV10エンジンは600~700馬力までチューン。赤いヘッドカバーがバイパーのアイコンです。

レーシングカーとして、GTS-Rへと進化

1990年代後半は世界中でGTカテゴリーが盛り上がっており、市販車にほど近いスタイルでの参戦は宣伝効果も高く、クライスラーはヨーロッパでの販路拡大をも目論んだのでした(欧州でのエントリーはダッジではなくクライスラー・バイパーを名乗っていました)。そこで、レーシングカーに仕上げるにあたってはイギリスのレイナード、フランスのオレカ(マツダ787Bがル・マンを制した際のパートナー)そのほか、コールドウェルやJ&Pといった北米の名門ファクトリーが参画。バイパーGTSは一気にレーシングカー「GTS-R」へと変貌を遂げたのです。

レイナードやオレカといったレースの名門ファクトリーが製作に加わり、一流のレーシングカーに生まれ変わっています。

レーシングプリペアはいたってベーシックなもので、エンジンは市販ユニットの耐久性向上を目指して開発、シャーシもまた高速領域での耐久性に主眼が置かれるなど、それぞれのファクトリーが得意分野で貢献。とりわけ、レイナードが行ったボディワークは特筆に値するもので、空力パーツの追加にとどまらず、フラットボトムやディフューザーの開発はF1並みの予算がかけられたとのこと。

市販車の17インチから、18インチへサイズアップ。BBSのホイールはマグネシウム鍛造品と伝えられています。

床面などに貼られた遮熱フィルムに注目。どうやらレース中は灼熱地獄かのような熱さだったことがわかります。

その甲斐あって、当時のライバルだった911GT2がル・マンのユーノディエールで295~305km/hだったのに対し、GTS-Rは310km/hを超える最高速をマーク。なお、エンジンパワーでいえばGT2は500馬力程度(ブーストによる)GTS-Rは600ないし700馬力とされていました。かなりの部分は馬力で稼いでいるものの、やはり空力性能が貢献したことは確かでしょう。

レイナードによって、ドアだけでなくボディ全体がカーボンに替えられ、相当な軽量化が進んでいます。

落札価格はなんと、約1億1500万円

ワークスファクトリーが作ったGTS-Rは55台とも、57台ともいわれますが、ご紹介している63号車は1997年ル・マン24時間レースで走った実際のマシン。バイパーチーム・オレカのドライバーとしてジャスティン・ベル、ジョン・モートン、ピエール・イヴェルが完走、クラス5位に入る健闘を見せています。

デビューイヤーはフロントノーズのフォグランプがなかったものの、1998年からはこの顔になっています。

その後、GTレースや耐久レースでも輝かしいリザルトを残しており、ファクトリーマシンの中でも屈指の活躍だったと言えるでしょう。よって、オークションでの落札価格も約1億1500万円となかなかの数字。数あるGTレーサーの中でも、性能と履歴、そしてファクトリーメイドの正統性を考えればきわめて真っ当な価値付けに違いありません。

リヤスポイラーを含めた後ろ姿がシェルビーのデイトナ・コブラにそっくりと揶揄されがちだったバイパーGTS。

※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※掲載されている製品等について、当サイトがその品質等を十全に保証するものではありません。よって、その購入/利用にあたっては自己責任にてお願いします。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。