2スト500cc時代には練習しようがない項目があった

シーズンオフにMotoGPライダーのトレーニング動画を見て思うこと【ノブ青木の上毛グランプリ新聞 Vol.35】

シーズンオフにMotoGPライダーのトレーニング動画を見て思うこと【ノブ青木の上毛グランプリ新聞 Vol.35】

元MotoGPライダーの青木宣篤さんがお届けするマニアックなレース記事が上毛グランプリ新聞。1997年にGP500でルーキーイヤーながらランキング3位に入ったほか、プロトンKRやスズキでモトGPマシンの開発ライダーとして長年にわたって知見を蓄えてきたのがノブ青木こと青木宣篤さんだ。WEBヤングマシンで監修を務める「上毛GP新聞」。第35回は、シーズンオフにMotoGPライダーが公開しているトレーニング風景から、現代ライディングの必須科目を洗い出す。


●監修:青木宣篤 ●まとめ:高橋剛 ●写真:ドゥカティ、KTM

実は相当ハードなスポーツなのだ

間もなくマレーシア・セパンサーキットにMotoGPマシンの咆哮が響き渡る。1月29日〜31日にはテストライダーやルーキーたちが参加するシェイクダウンテストが行われ、2月2〜4日はいよいよ公式テストだ。ワタシは今年も現地に飛ぶ予定。上毛GP新聞らしいマニアック目線で情報を収集してくるつもりなので、お楽しみに。

最近はシーズンオフに各MotoGPライダーがバイクに乗ってのトレーニング風景を公開しているので、なかなか楽しい……見ている分には。「あれ? 違うメーカーのバイクに乗ってね?」という興味もあるが(笑)、それはさておき、やっていること自体がかなり高度で、いやはやワタシの時代とはずいぶん変わったものだなぁ、今のライダーは大変だなぁ、と、しみじみ思う。

そりゃあワタシだって現役時代は、しっかりとトレーニングをしていましたよ。しかし、基本的にはジムに行っていただけ。単純に体を鍛え、心肺機能を高めることに終始していた。今のように体幹トレーニングも普及しておらず、ごく普通のエクササイズだった。

レース中のライダーの心拍数は、ずっと180bpm前後をキープしている。ご存じの方はご存じだと思うが、これはほぼ最大心拍数というレベルだ。瞬間的ならまだしも、最大心拍数付近を維持しながら40分近くのレースをこなすのだから、実はバイクレースは相当ハードなスポーツだということがお分かりいただけるかと思う。

スポーツライディング未経験の方からすれば、「え? バイクに乗っているだけで、なぜそんなに心拍数が高いのよ?」という話である。「そんなに激しく運動してるわけじゃないじゃん」と。実際、レーシングライダーがやっていることと言えば、前後左右に体を移動したり、手先足先で操作するだけ。しかも範囲はマシンの上に限られる。物理的な運動量そのものは確かに少ない。

それでも心拍数が高いのは、尋常ではない速度域でライディングするがゆえの緊張感と恐怖心、そして脳に求められる処理スピードの速さが主要因ではないかとワタシは思う。いくらMotoGPライダーとは言え、人の子である。そして人はもともと、300km/hを超える超高速に身をさらし、走行する物体を操作するようにはできていない。いかに慣れていても、無意識のうちに緊張や恐怖を強いられ、しかも脳ミソフル回転。これらが心拍数を高めているのだ。

だからこそ、個人差も大きい。マーベリック・ビニャーレスのレース中の心拍数は120〜130bpmだそうだから、あまり緊張していないんでしょうね(笑)。そういったメンタル面に加えて、もちろん心肺機能そのものにも関わってくるから一概には言えないが、乗り物でスピードを出せばドキドキするのは、MotoGPライダーも一般の人たちと同じ、というわけだ。

『滑らせる練習』はバイクに乗らないとできない

そんなわけで、ワタシの現役時代も心肺機能を鍛え、しっかりマシンホールドをするために足を鍛えたり、加減速Gに耐えるために肩まわりを鍛えたりもしていた。しかし、「バイクに乗る」というトレーニングに関しては、イメージすることすらなかった。これはマシンの変化によるところが大きい。

ワタシが走らせていた2スト500ccのGPマシンは、滑らせないことが前提だった。’90年代前半はタイヤのグリップ自体が低かったこともあり、フレディ・スペンサーやケビン・シュワンツらアメリカンライダーが滑らせていたが、グリップの向上に伴って500ccマシンでのスライドはほぼできなくなったし、できたとしてもその確率は低く、そうおいそれとチャレンジするようなテクニックではなくなった。滑ってしまった時に起こる挙動もあまりに瞬間的な500ccマシンならではのものだったので、練習しようがなかった。

MotoGPになってエンジンが4スト化すると、ライダーに求められるスキルが一気に変わった。「滑らせるところから話が始まる」という時代になったのだ。トラクションコントロールの進化やレギュレーションの変化などの要因によって「滑らせる」の意味はそのつど変わってきたが、基本的には「滑らせるのが当たり前」。そこでジムなどでのエクササイズに加え、「バイクに乗る」というトレーニングのウエイトが高まっているのだ。

バイクに乗る方なら想像しやすいと思うが、ライディングしていてもっとも怖くて心拍数が上がる(笑)のは、滑り出しのあの瞬間だ。ある程度滑ってしまえばコントロールしやすくなるのだが、グリップからスライドに移行する瞬間は本当にドキドキする。スライド開始のポイントや対処法が分かっていればだいぶマシなのだが、そう簡単にはいかない。かと言って、ビビッてスロットルを戻せばハイサイドが待っている。行くも怖い、行かぬも怖いという、なかなかのコトなのである。

スライドには、大きく分けて2種類ある。ひとつはコーナー進入でのスライド、もうひとつはコーナー立ち上がりでのスライドだ。ご想像の通り、後者の方が難しい。ブレーキングで滑らせるのは、極端な例ではチャリンコのリヤブレーキターンのように、できないことはない。しかしスロットルを開けて滑らせるのは、グリップからスライドへの移行が本当に恐ろしい。

そして今のトップライダーたちは、ミニバイクやら600ccクラスのバイクやらを使って、しきりとその練習をしている。このふたつのスライドについて、次回も上毛GP新聞らしさ全開でマニアックに解説したい。

スーパーモトでは定番になっている進入スライド。速さに結び付けるには技術が必要だが、滑らせるだけなら難易度はそれほど高くない(エキスパートにとっては)。

立ち上がりのスライドコントロールは一気に難易度が上がる。

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