
元MotoGPライダーの青木宣篤さんがお届けするマニアックなレース記事が上毛グランプリ新聞。1997年にGP500でルーキーイヤーながらランキング3位に入ったほか、プロトンKRやスズキでモトGPマシンの開発ライダーとして長年にわたって知見を蓄えてきたのがノブ青木こと青木宣篤さんだ。WEBヤングマシンで監修を務める「上毛GP新聞」。第33回は、前回に続いてMotoGPの2025年シーズンを総括していく。
●監修:青木宣篤 ●まとめ:高橋剛 ●写真:ミシュラン
バニャイアにとって「新しいモノはいいモノ」じゃなかった
MotoGPマシンがあまりにも速くなりすぎたこともあって、再来年にはレギュレーションが大きく改定されることになった。
エンジンは850ccに、空力デバイスは小型化され、ライドハイトデバイスやホールショットデバイスも禁止となる。これでいったん振り出しに戻るのかもしれないが、いたちごっこのような気もするし、モノを使って競うモータースポーツの宿命だとも思う。レギュレーションがどう変わっても、その中で技術開発が繰り広げられていくのだ。
以前は「新しいモノはいいモノ」と、割合シンプルだったが、最近は「新しいからと言っていいとは限らない」。技術が熟成し、レギュレーションで許される範囲で行き着くところまで行きつつある現在、「前の方がいい」ということも起こっている。
今年で言えば、モロにそれを食らったのがマルケス戴冠の影ですっかり鳴りを潜めてしまった、フランチェスコ・バニャイアだ。彼はドゥカティの25年型デスモセディチに搭載されたライドハイトデバイスの挙動に苦しんでいたのだ。
今やどのメーカーも採用しているライドハイトデバイス。極端なまでに車高が下がるので使いこなすには入念なセッティングが必要だ。
デスモセディチは、23年頃からライドハイトデバイスに油圧コントローラーを搭載し、年々変化させていたようだ。フロントカウル内側に今までにない機構が備えられていたのだが、どうやら車高調整のスピードをコントロールする狙いだったらしい。24年型がパツッと車高が下がり、パツッと車高が戻っていたのとは対照的に、25年型がじんわりとした動きになっていた。
この25ライドハイトデバイスの挙動とバニャイアのライディングの相性が、最悪に悪かった。バニャイアはリヤをできるだけ横に出して、軽いドリフト状態に持ち込みたい。マシンをいち早く横向けたい人なのだ。しかし、25ライドハイトデバイスはじんわりと車高を戻すので、バニャイアが理想とするだけのドリフトアングルが得られない。これが今シーズン最後までバニャイアを悩ませることになった。
しかもライドハイトデバイスだけではなく、エンジンブレーキが安定しないという、エンブレを活用するバニャイアにとっては致命的な問題もあった。恐らく内部のフリクション不足が原因で、エンジンの仕様を変えなければならないような大ごとだったよう。レースによっては「24.8年型」とか「24.3年型」などと呼ばれるような、「25年型ではないけど24年型でもない」という仕様でどうにかしのごうとしたが、根本的な解決には至らず、ランキング5位と低迷した挙げ句、なにやらドゥカティとの関係までもギクシャクしている。
2024年のようなキレッキレの進入が鳴りをひそめてしまったバニャイア。
こうなると、つくづく「マルケスも罪よのぅ……」である。どんなマシンを与えられても「え? 何にも問題ないよ?」と乗りこなし、とんでもないパフォーマンスを見せてしまうのだから、チームメイトはたまらない。マルケスのホンダ時代、チームメイトのダニ・ペドロサが苦労したことを思い出す。細かいことを気にしないマルケスのチームメイトというポジションは、ペドロサやバニャイアのような細かいことを気にする繊細くんほど、かなり厳しい……。
2184日ぶりの戴冠となったM.マルケス。日本GPでのシーンがバレンシアGPではパネルになっていた。
今年、ドゥカティ・ファクトリーチーム参加初年度のマルケスがチャンピオンを取ったことで、最後の1000ccとなる26年型デスモセディチの開発がどうなることやら……。マルケスの意見を重んじすぎると、「マルケス以外誰も乗れない」というホンダの二の舞になりかねない。ここはゼネラルマネージャーであるジジ・ダッリーニャの腕の見せ所だろう。
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