1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第62回は、ついに引退を発表したバレンティーノ・ロッシ選手の話題を中心に。
TEXT:Go TAKAHASHI
MotoGPという興行を成長させたロッシの存在
第10戦スティリアGP開幕前の8月5日(木)の特別記者会見で、バレンティーノ・ロッシが今季をもって現役引退することを発表しました。’98年にアプリリアで僕のチームメイトだった彼が、今もまだ現役で走っていること自体が信じられません。僕は32歳で現役を引退しましたが、ロッシはそこからさらに10年……。しかもただ走っているのではなく、世界最高峰の二輪レースで常に上位を争っていたわけですからね。その世界に身を置いていた僕からすると、本当に想像を絶する偉業です。まずは「お疲れさまでした」と言いたいですね。
ロッシが僕のチームメイトだった’98年は、彼が125ccクラスから250ccクラスにステップアップした初年度でした。確か最初のテストはスペイン・ヘレスサーキットだったと記憶していますが、そんなに速くなかった(笑)。でも「走り方を知りたいから引っ張ってほしいんだ」と頼まれ、後ろに付けさせてあげたら、あれよあれよという間に速くなって、「これはヤバイ!」と脅威に感じました(笑)。飲み込みの早さ、そして上達のスピードが尋常ではなかったんです。これは持って生まれた才能なんでしょうね。ステップアップした初年度はバンバン転ぶけど、2年目にはピタッと転ばなくなるのも、彼の学習能力の高さを示していたと思います。
もうひとつの彼の強みは、セットアップが決まっていなくてもそこそこ速く走れてしまうことでした。ここが僕や加藤大治郎くんとの大きな違いでしたね。僕たちはセットアップが決まった時には速く走れた。特に大ちゃんはバチッと決まった時はバカッ速で、誰も手が付けられませんでした。でもロッシは、決まっていなくてもそれなりにレースをまとめる力があった。だからシーズンを通して安定してポイントを稼げて、何度もチャンピオンを獲得できたんです。
背の高さもロッシの大きな武器だったように思います。僕や大ちゃんは背が低くて手足も短かったから(笑)、マシンの前にしか乗ることができない。でも長身のロッシは、前にも後ろにも乗ることができる。だからリヤのトラクションが足りない時には後ろに乗ってトラクションを補う、といったことができるんです。
’02年から始まったMotoGPが興業としても大きく成長したのは、ドルナのようなプロモーターがガッチリと関わったこともありますが、やはりロッシの存在が大きかったと思います。いくらプロモーションに力を入れても、ロッシみたいなスーパースターがいなければ、盛り上がりもなかったでしょう。人を惹きつける魅力があったロッシのおかげで興業として成功したから、ライダーの収入が上がったという面もある。だからロッシを失うMotoGPがどんな手を打ってくるのか、心配もありますが、楽しみでもあります。
アスリートとしても、パフォーマーとしても超一流だったロッシですが、40歳を越えたあたりから結果が出なくなっていましたね。僕にはまったくの未経験ゾーンなので彼に何が起きているのか分かりません。やはり体力が落ちてしまうのか、精神力が保てなくなるのか……。ロッシのテクニックは今も十分に一線級だと思いますが、MotoGPはわずかな衰えも許されないシビアな世界です。そして、参加することに意義があるわけではなく、勝つことにこそ意義がある。ここでロッシが身を引くのは残念だし寂しい気持ちもありますが、プロの選択としては正解だと思っています。
引退を発表した時のロッシは、すでにレーシングライダーの顔ではありませんでしたね。かつてのようにギラギラしておらず、サバサバした表情を浮かべていました。記者との受け答えを聞いていても、「ああ、踏ん切りがついたんだろうな」と思えました。誰かに肩を叩かれたのではなく、自分で自分の引き際を決められたのも幸いなことですよね。
今後は、自分のアカデミーやVR46でMotoGPにも関わるでしょうし、四輪レースへの意欲も語っていました。モータースポーツを離れることはなさそうでしし、彼ならビジネスを展開してもうまくいくでしょう。人生の新しいチャレンジに向けて、「ウェルカム・トゥ・リタイヤ組!」とエールを送りたいです。「レースを辞めた後の人生も楽しいよ」と。まぁ、彼はもともと何でも楽しんでしまいそうですが(笑)。だからこそ、どうか残りのレースを無事で終えてほしい。ロッシほどのライダーだから気を抜くようなことはないでしょうが、ケガがないよう心から願っています。
KTMが調子を上げているのはペドロサが速いから
スティリアGPの決勝で驚かされたのは、ワイルドカード参戦したダニ・ペドロサの大活躍です! ’18年に引退してKTMのテストライダーになった彼が、レースに参戦するのは約3年ぶり。本当に久しぶりのことでしたが、FP4では4番手タイムをマークするなど現役さながらの鋭い走りを見せてくれました。「……そうは言っても、長丁場の決勝はさすがに厳しいだろう」と思っていましたが、いざ始まれば赤旗後にTカー(スペアマシン)に乗り換えてのレースだったにも関わらず、アレックス・マルケスやフランチェスコ・バニャイヤといった現役バリバリの若手ライダーたちとバトルを繰り広げ、10位でチェッカーを受けました。
これは本当にすごいこと。テストライダーのワイルドカード参戦はたまにありますが、ここまでガチで上位争いをするのはとても珍しいことです。KTMは、ペドロサをテストライダーに迎え入れて大正解でしたね! レーシングライダーとほぼ同じペースで走れるテストライダーがいると、レースで起こる問題点がテストでもしっかりと洗い出せるんです。ペドロサがテストライダーになってからKTMが調子を上げているのは、彼が今も十分に速いからだということがよく分かりました。
今回、そして次戦が行われるレッドブルリンクは、KTMのホームコースでテストが行われていることも大きなプラスに働いた面もあると思います。ペドロサはミザノサーキットで行われるサンマリノGPへの参戦も予定されているようなので、ミザノでどんな走りを見せてくれるのかも楽しみですね!
若い現役ライダーたちと激しいバトルを繰り広げながらも、ペドロサのライディングはスムーズで、速いのに決して速そうには見えませんでした。これはマシンにムダな動きをまったくさせていないからです。そういう意味では、今回初優勝を遂げたホルヘ・マルティンもよく似ていましたね。2位のジョアン・ミルがかなりアグレッシブにマシンを振り回していたのに対して、マルティンは最後まで非常にスムーズにマシンを操っていました。
マルティンはMoto3時代、ずっとマシンを寝かせて走る「小排気量乗り」が特徴的でした。’18年にMoto3のチャンピオンになりましたが、「ステップアップすると難しいんじゃないかな……」とちょっと疑問視していたんです。でもMoto2では走り方を変え、しっかり減速してコンパクトに向きを変えて立ち上がりを重視する大排気量乗りになってきました。MotoGPにステップアップしてからは、さらに走り方をアジャストしていますね。ミルのプレッシャーにも動じることなく堂々とトップでチェッカーしたマルティンは、間違いなく次世代MotoGPを担うライダーのひとりと言えそうです。
大排気量乗りと言えば、小椋藍くんです。Moto3時代から大排気量乗りをしていた小椋くん、スティリアGP・Moto2の決勝でついに優勝するのではないか、という力走でした。レミー・ガードナーのコースアウトで2番手にまで上がった小椋くんですが、トラックリミットオーバーでロングラップペナルティを取られてしまいポジションダウン。結局5位でレースを終えましたが、最終ラップにファステストラップを叩き出していましたね。彼はもう勝ち方が分かり始めているのではないでしょうか。表彰台、そしてその頂点は近いようで遠いのですが、小椋くんはもうそこに手をかけているようです。
今季をもってロッシが現役を引退するのは残念ですが、まだまだ楽しみも多いMotoGP。すぐに同じレッドブルリンクでオーストリアGPが開催されます。シーズンも中盤、流れが変わる連戦になるかもしれません。各ライダーの全力の走りに注目したいと思います!
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