1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第44回は、勝ち上がっていくためのメンタルについて。
その時にできる範囲内での最高の走り、それができているライダーとは
2020MotoGPは足早に進みます。第11戦、第12戦はアラゴンでの2連戦でした。どちらもスズキの調子が良かったですね。第11戦アラゴンGPはアレックス・リンスが優勝し、ジョアン・ミルが3位。第12戦テルエルGPはリンスが2位でミルが再び3位と、両レースでふたりのスズキライダーが表彰台に立ちました。
再三言っていることですが、今シーズンは多くのライダーの成績の浮き沈みが激しいのが特徴です。同じサーキットでの連戦なのに、表彰台の顔ぶれがまったく違う、なんてこともザラ。僕もたまにツイッターで順位予想をしていますが、まったく当たりません(笑)。そんな中で、好調を維持しているスズキは、マシンのまとまりが本当に良いのでしょう。
それに加えて、MotoGP2年目のミルの成長が著しいですね。第12戦終了時点でランキングトップの彼は、まだ勝利を挙げていません。でも、表彰台には6回立っており、着実に高ポイントを重ねています。特にアラゴンでの2連戦はいずれも3位表彰台で、16点ずつ積み上げました。
彼が優れているのは、逃げようとするライダーを深追いせず、決して安全リミットを超えないことです。MotoGPライダーは誰もが速さは備えています。ミルだって行こうと思えばもっと行けるはず。でもリスクを感じた時に、限界を踏み越えないように細心の注意を払っているようです。これはチャンピオンになるために非常に重要な考え方です。
見方によっては「守りに入っている」と言う人もいるかもしれません。でも僕はそうは思わない。無理をして転んでしまえば0点ですが、ミルはその時にできる範囲内での最高の走りで、表彰台を獲得しているんです。これを「攻める」と言わずに何と言うのか、僕には分かりません。「攻める」とは、限界を超えることじゃない。あくまでも限界の中で──つまり転ぶギリギリ手前で、もっとも速いペースを刻むことです。そしてミルはそれができている。
表向きのコメントでは、「タイトルは意識していない」なんて言っていますが、そんなはずはありません(笑)。ミザノあたりまではバレンティーノ・ロッシに仕掛けるようなアグレッシブさを見せていたミルですが、今は完全にタイトルを見据えてのレース展開に切り換えています。先行者に逃げられても深追いはしていませんよね? とても賢い組み立てだと思います。さすがにMoto3でチャンピオンを獲っているだけのことはありますね。
チームメイトのリンスはブレーキングを武器にして、優勝をもぎ獲っています。でも、彼はタイトル争いからはやや遠く、失うものがない立場。だからリスクを冒すことができている、とも言えます。一方のミルは着々と王座に近付いているところですから、リスクは冒せない。じっと我慢の走りをするシーンが多々見られるのは、まさに彼がタイトルを意識しているからでしょう。勝利数よりもタイトルの方がみんなの記憶に刻まれることを、彼は理解しているんです。
いちばん速いクアルタラロか、安定のミルか……
ファビオ・クアルタラロは、今、頭ひとつ抜け出した速さを持っていますので、はまった時は手が着けられません。でも、調子を崩すと一気にポジションを落としてしまうという不安定さがあります。残り3戦、タイトルを獲るのは安定のミルか、速さのクアルタラロ、ふたりのうちのどちらかだと思いますが……、いやぁ、下手に予想はできないな。やっぱり今シーズンは終わってみるまで分かりませんね(笑)。ただ、結果はどうあれ、ミルが今シーズン身に付けた強さは来季以降にも間違いなく効いてくるでしょう。
第12戦テルエルGPでは、中上貴晶くんが日本のMotoGPファンを大いに盛り上げてくれました。2004年の玉田誠くん以来、16年ぶりとなるポールポジションの獲得! しかも単独走行でタイムを出していたので、相当調子がよかったのでしょう。僕も決勝レースは大いに期待していました。しかし、残念ながらスタートしてすぐの5コーナーで転倒してリタイヤ……。本人もコメントしていましたが、焦りが転倒を招いてしまいましたね。残念な結果に終わってしまいました。
レースはつくづくメンタルのスポーツだな、と思います。世界各国から選び抜かれたライダーが集まっているわけですから、どのライダーも素晴らしく速い。その中でさらに勝ち上がっていくために求められるのは、もはやテクニックではなく、メンタルの強さでしょう。
みんな速さを持っているだけに、行くだけ行くことは比較的やりやすい。でも、「ここはダメだ」という時に抑えるのが非常に難しいんです。これはもう、メンタルでしかありません。大事なのは、自信を持つことでしょう。自信があれば、自分を抑えることができる。自信がないから、焦ってしまう……。今回の中上くんは、まさにそういう状態だったと思います。
でも、これも大事な経験です。次にまたフロントローに並んだり、ポールポジションを獲得した時、そしてホールショットを奪った時に、今回のミスが生きてくるでしょう。世界一の速さを備えていることは証明できたのですから、あとは強さを身に付けるだけ。ぜひ頑張ってほしいですね!
……なぁんて言いつつ、僕は最高峰クラスでは1回しかポールポジションを獲得していないんですよね(註;250ccでは20回)。1999年の第5戦、ムジェロで行われたイタリアGPですね。ただ、前に誰もいないグリッドについても、何とも思わなかったことをよく覚えています(笑)。プレッシャーも何もありませんでした。というのは、当時のアプリリアは2気筒500ccマシンで最高峰クラスを戦っており、最高速はかなり不利だったんです。あ、グリッドで考えていたことを思い出しました。「ストレートでどれだけ抜かれちゃうんだろうなぁ……」と(笑)。
とにかく勝ちたかったから、プレッシャーうんぬん以前に、レース展開をとことん考えてましたね。いろんな不利があるマシンだったから、ポールポジションを獲っても喜んでいるどころではなく、予選後はミーティングを重ねて決勝でどうにか勝つために何かできることがないか、必死になって探しました。僕はレースウィークにピリピリしていることで有名でしたが(笑)、あれも緊張しているわけじゃなくて、勝つために集中したいからこそ。いろいろ考えているのを邪魔されたくなかったので、あえてピリピリムードを演出していたんです。
そんなことも含めて、いろいろ突き詰めましたが、世界チャンピオンの座は1回しか獲れなかったんですよね……。惜しいところまでは何度か行ったんだけどなぁ。まぁ、そこまでのライダーだった、ということでしょう(笑)。(註:世界GP250ccクラスではランキング2位、ランキング3位ともに2回ずつ獲得している)
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