
ライディングスクール講師、モータージャーナリストとして業界に貢献してきた柏秀樹さん、実は無数の蔵書を持つカタログマニアというもう一つの顔を持っています。昭和~平成と熱き時代のカタログを眺めていると、ついつい時間が過ぎ去っていき……。そんな“あの時代”を共有する連載です。第34回は、ヤマハの幻のナナハン「New H」で当時囁かれていた開発ウラ話を取り上げます。
●文/一部画像提供:柏秀樹 ●写真:ヤングマシン編集部 ●外部リンク:柏秀樹ライディングスクール(KRS)
ニューヨークステーキに挑む異端児タルタルステーキ
世の中のあれこれ以外に、バイクの世界にもたくさんの「タラ・レバ」があります。「あの時、〇〇だったら、〇〇であれば」がそれ。もしも発売されてい「タラ」世界中が注目していたはず!
デビューしてい「レバ」ビッグヒット! などと期待されながら、時の運もしくは不運で消滅してしまったバイクの筆頭を、今回はクローズアップします。
その名は「カワサキ New H」ことSQUAREーFOUR750。開発ニックネーム「タルタルステーキ」、開発コードは「0280」です。
タルタルステーキとは新鮮な牛肉や馬肉を細かく刻み、生の状態のまま卵黄や玉ねぎ、ピクルス、などの薬味、調味料を混ぜ合わせて食べる肉料理のこと。
さて、そんなタルタルステーキですが、試作車で終わったためカタログは存在しません。写真のみです。ご了承願います。
とは言っても、信頼できる情報をベースに、時代背景や技術的な当時の流れを取り入れてカワサキが料理したタルタルステーキの概要を取り上げてみます。
開発ニックネーム「ニューヨークステーキ」こと、4ストローク直列4気筒900ccの900 Super4(Z1)がデビューし、世界中を震撼させた1972年。同じ年の2月にカワサキは、750SS(H2)の後継モデルとして、水冷2ストローク750ccモデル「New H」を立案しました。
国内向けの4ストローク4気筒750ccモデル750RS(Z2)の発売を控えながら、カワサキは間髪入れずに2ストロークエンジンの新型750ccモデルへ着手し始めたのです。Z1の対米輸出が非常に好調だったことが主たる理由でした。
大型車で4ストロークマルチシリンダーと2ストロークマルチシリンダーの両系統を同時進行で進めたバイクメーカーは、私の知る限りではカワサキだけです。Z1のニックネーム「ニューヨークステーキ」は、ステーキの王道を行く大きさと味とするならば、対する「New H」は、ちょっとクセのあるタルタルステーキという設定でした。
開発コンセプトは、ズバリ世界一流の「大型ストリート・ジョッキー」と設定されました。「ストリート発のカジュアルで自由なスタイル」「若者の路上文化」といったパフォーマー的な意味合いが込められていました。「コストはH2より割高になってもやむを得ない」という証言があるほどの強い心意気でのスタートです。
動力性能はH2並み。とはいえ目標数値はH2より高出力の75馬力、最高速度210km/hというナナハンクラス最強のデータ。低中速トルクを充実させ、走行フィールを向上させつつ燃費低減にも重点を置いていました。
SQUAREーFOUR750
ライバルを凌駕する独自技術と先進装備を組み込んだ意地
この挑戦の原点にあったのが、1969年にデビューしたカワサキ大排気量2ストの祖「500SSマッハⅢ」です。強烈な加速で世界を驚かせたものの、低回転での扱いづらさや燃費、走行安定性など多くの技術的課題を残したモデルでもありました。
そんな500SSマッハⅢの弱点は、750cc3気筒の後継モデルH2で大幅に改善されましたが、さらなる上を目指したタルタルステーキことNew Hでは、さらなる走行フィールの向上に加え、燃費改善や振動・騒音・排気煙の低減も視野に入れて開発がスタートしました。その主な開発要点は以下の5つです。
・水冷2ストローク・スクエア4気筒という画期的なエンジンレイアウトの採用
・燃料噴射装置(インジェクション)の搭載検討
・マッハⅢで信頼性を高めたCDI点火方式の継承
・オプション設定でのセルスターター装備
・ディスクブレーキの採用
想定したライバルは、スズキGT750、ホンダCB750K2、ヤマハTX750、ヤマハのGL750(水冷2ストローク直列4気筒の東京モーターショー参考出品・試作車)など。
ヤマハが燃料噴射、セルスターター装備という前提で開発が進めていたこともあり、カワサキも負けじと同じ選択をしましたが、直列4気筒では後追いのイメージになってしまう。
CB750フォアの真似を避けたZ1の開発と同様に、「他とかぶる作り方は絶対にしない」というカワサキの意地と独自性が優先されました。
ロジカルに分析しても、直列4気筒では前面投影面積が大きくなり、V型4気筒では吸排気処理が複雑になるもの。スクエア4というエンジンレイアウトは、カワサキのパイオニア精神が生んだ合理的な解答だったのです。
動力性能だけでなく、先進技術と装備をアピールすることも、時代の最先端にあった「ナナハン」クラスに不可欠という判断があったようです。しかし、現実の開発ではトップスピードについては200km/h近くまで記録が出ていたようですが、目標の75馬力にはなかなか到達しなかったようです。
インジェクションについては、当時二輪での電子制御化は困難だったため機械式が検討されましたが、最終的にはキャブレターを採用。右側・左側の前後シリンダーをそれぞれ1つのキャブが担当する2キャブ方式とされました。また、水冷化によって空冷2スト特有のメカノイズが抑えられ、ライバルのGT750と同等の静粛性を確保していたと言われています。
2017年2月に実施されたカワサキモーターサイクルフェアで撮影したSQUAREーFOUR750(以下同)。
SQUAREーFOUR750
スリムな車体に詰め込まれた先進技術と軽量化の執念
全長やホイールベースはライバルのヤマハGL750と同等としながらも、全幅はGLの920mmに対して70mm狭い850mmに設定(H2と同値)。これは数値上はハンドル幅ですが、直列4気筒よりもスクエア4がいかにエンジン周りをスリムに削ぎ落とせるかという意識の表れと言えます。
車重は、CB750やGT750といったライバル勢の220kg台に対し、20kg以上も軽量な200kgを目標としました(セルなし空冷3気筒のH2は194kg)。
エンジン本体の軽量化においては、クランクウェブを小型化できるショートストローク設計が不可欠とされ、ボア・ストローク比0.95の63×60mmに決定されました。トランスミッションのコンパクト化を図るとともに、フレームにはハイテンション鋼(高張力鋼管)を採用。さらにプラスチックやアルミパーツを積極的に使用することで、徹底した軽量化が追求されています。
また水冷エンジン化に伴い、クランクケース内の温度低下によってガスの気化能力が落ち、混合油がケース底に溜まる現象が発生しやすくなるため、これを防ぐための「混合油溜まり防止装置」が新たに設けられました。
さらに、クラッチの切れを良くするためにクラッチ室とミッション室のオイル面に段差(油面差)を設ける工夫や、150km/h以上の高速域になると作動する自動チェーン給油システムも考案。マフラーは排気容積の確保と消音、コンパクト化を両立するため左右2本出しを採用。ヘッドライトのバルブ切れ対策として小糸製作所と共同開発を進めた「上下自動切り替え装置」など、先進的な挑戦が目白押しでした。
ブレーキ関係では、CB750フォアやZ1のフロントシングルディスクに対しダブルディスク化を検討。ただその最終決定はコストと重量次第となったようです。当時の手書き資料に「ジュアル・ディスクブレーキ」と記されているのも興味深い点です。
また、リヤブレーキもドラムだけでなくディスク化が試作検討されました。資料にあった「性能・2スト・重量で判断」という記述のうち、2ストは4ストに比べてエンジンブレーキが弱い点を補う目的があったと考えられます。
エンジン周りでは前後シリンダーで異なる最適な吸気形状の研究や、静粛性を高めるスプリングダンパー内蔵クラッチの採用を模索。オイルタンクはテールカウル内に配置されましたが、これはZ1のようなスタイリング重視のカウルではなく、スペースを有効活用する機能パーツとしての設計でした。
興味深いのは当時のコスト試算です。あくまでも概算の数値ですが、エンジン/フレームのコストは、500SS(H1)が6万円/7万円、750SS(H2)が8万円/7万6000円だったのに対し、タルタルステーキは9万円/7万7000円。H1の当時の車両価格が29万8000円(原価率約43%以上)だったことを考えると、タルタルステーキもなかなかに高コストなプレミアム仕様だったことが伺えます。
SQUAREーFOUR750
市販寸前でオイルショックに呑まれた悲運の量産計画
タルタルステーキことNew Hの開発計画は、「第一次試作」「量産試作」「量産パイロット」の綿密な3段階で構成されていました。1972年2月にスタートした第一次試作のテストを1973年5月まで行い、同年6月に量産試作のテスト走行、そして9月には量産パイロットの製作へと移る予定でした。
しかし、1973年に発生した第一次オイルショックで事態が一変。省燃費な4ストロークエンジンへの需要シフトと、EPA(アメリカ環境保護局)による排出ガス規制が決定打となり、計画は残念ながら最終段階で打ち切りとなってしまいました。
当時、カワサキはヴァンケル式ロータリーエンジン車「X99」の開発も進めており、試作段階でZ1に勝るとも劣らない衝撃的な走行データを記録していましたが、これも燃費と排ガス規制のせいで消滅しています。もしタルタルステーキとX99が世に出ていたら、「大排気量・ハイパワーのカワサキ」という評価はさらに揺るぎないものになっていたはずです。
デザインについてもタルタルステーキは独自性を強調しました。
Z1とデザインのかぶりを避けるため、燃料タンク形状も定番のティアドロップ型をデフォルメし、あえてスリム感の強い形状を選択しています。
リヤカウルはそれまでのマッハ系の背の高い大型カウルとせずに、シート後方につながる低めの設定としつつ、Z1とは異なる角張った形状とするなど、それまでのカワサキ車にはないアプローチを見せていました。
サイドカバーは、のちのZ1Rにつながる大きな三角形でやや平面的に構成。メーターボディも砲弾型とすればZ1的になるため、あえてスクエア4とイメージが連動する新デザインの4角形状ツインメーターとしています。もちろん水冷式ゆえに、転倒時にラジエーターの破損がない形状と強度を持たせたものとしました。ホイールは、軽量化を求めてアルミリムを採用しています。
フロントフェンダーは、Z1のような流麗な処理とせず、フェンダーステーを持ちつつ、前後に長めのオーソドックスな形状としています。ウインカーステーとウインカーレンズ、ヘッドライト周りなどは、Z1と同じものを採用していました。
サイズ的にはZ1と大差がない大柄なイメージですが、車重では明らかに軽量で、スタイルも明確にZ1とは異なる作り込みが特徴でした。2ストローク・スクエア4の新たなエンジン形状に見合った独自性をアピールしていたわけです。
タルタルステーキは、欧米の先駆車達と比較して、動力性能だけでなくメカニズムもスタイルも、世界のどこにもない大型バイクを目指していました。Z1はスリム、セクシー、スリークと言う3Sを掲げつつ、少しだけオーソドックスなティアドロップ型燃料タンクとしたのは、世界の大半は保守層という的確な判断があったからです。だからこそZ1とは被らない選択が、タルタルステーキの絶対条件だったというわけです。
空冷3気筒マッハシリーズの賑やかなメカノイズも、確かに今となっては味わい深いです。しかし、カワサキがもしタルタルステーキを世に送り出していたなら、乗りやすくて速く走れ、制動力も高く、メカノイズが少なくて燃費もいいモデルとして絶賛されていたことでしょう。世界的な人気を持つZ1に続く名車になっていた可能性が高いと思います。
一方の国内では、「750cc超は販売不可」というメーカー自主規制により、900ccのZ1の国内販売は叶いませんでした。CB750フォア一強の状況に対抗するため登場したZ2は大ヒットとなりますが、もしその援軍として「タルタルステーキ」が並び立っていたとしたら……。日本のナナハン市場はさらに熱い展開を見せていたはずです。
自動車の世界でも、かつて効率や可能性を追い求めて2ストロークエンジンの開発に情熱を注いだ時代がありました。やる意味があるのかを極限まで検証し、新しい可能性に挑む。そこにあったのは、純粋なエンジニア魂そのものです。
4ストロークには決して真似できない世界。シリンダーヘッド周りの重さがなく圧倒的に軽快で、アクセルを開けた瞬間に間髪入れず反応するレスポンスと瞬発力は、2ストロークだけの永遠の魅力と言えます。
50年以上前に生まれそうで生まれなかったタルタルステーキですが、そのロマンの火は不滅だと思っています。
SQUAREーFOUR750の解説板
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