
レストアに独自のモディファイを加える「レストモッド」はクラシックカー界隈ではすでに盤石の地位を築いています。その立役者こそ、空冷911、正確に言えば964をベースにさまざまな再解釈モデルを作り上げてきた「シンガー」にほかなりません。今や、大手オークショニア「RMサザビーズ」とパートナーシップを組むなど、ビリオネアたちにとっては最高の投機案件にさえなっているのです。実車を見て「オーラが感じられない」とする向きもあるようですが、ここは素直にカッコいいものはカッコいいと認めるのも悪くない気がします。
●文:石橋 寛(ヤングマシン編集部) ●写真:RM Sotheby’s
ポルシェ草創期に使われたボディカラーで再構築
1990年モデルのカレラ2(964)をベースにレストモッドされた「ノヴァート・コミッション」もまた、911の持つカッコよさをシンガーの世界観でもって再構築した1台。近年のシンガーは未来テイストのさじ加減が絶妙でしたが、こちらのノヴァートはレトロテイストに振り切っています。ボディカラーは「ドルフィングレー」と呼ばれる、ポルシェ草創期に使われた淡いグレー。どちらかといえば、911よりも356に似合いそうな色。また、サイドにあしらわれたロゴのグリーンとのコーディネートは60年代のレーシングカーで見られた組み合わせを思わせます。
フロントとリヤともにフェンダーフレアは広げられており、特にリヤは73年のRS3.0より大きく、ターボよりは小さいという微妙なデザイン。無論、エプロン、バンパーへと導かれるラインに不自然なところはなく、911の力感を見事に体現しているといっても過言ではないでしょう。リヤウィングは964で採用された可変式が流用されていて、後端は小さなダックテールかのように跳ね上げられました。これもまた、シンガーが作るリヤウィングのアイデンティティ。高速走行での効き目はともかく、後ろ姿にアクセントをつける意味では成功していると言わざるを得ません。
2014年に製造されたシンガー「ノヴァート・コミッション」356時代から使われてきたドルフィングレーがレトロ風味を添えています。
3.8リッターから4.0リッターへさらなるチューン
エンジンチューンについて、シンガーはさまざまなメニューをラインナップしていることはご存じの通り。F1エンジンでおなじみのコスワースや、ウィリアムスによる精緻でパワフルなスペックから、最新のポルシェが使う純正パーツを組み込んだものまで、それこそオーダーメイドの世界が広がっています。
ノヴァートは、当初3.8リッターのNAエンジン、チューンはコスワースのメカチューンで350psというパフォーマンスが与えられていました。が、2017年にシンガーへと返却された際、新たに4.0リッターへとスープアップがなされています。新しいクランクシャフト、コンロッド、ピストンとリング、プレナムチャンバーの追加、そしてECUのリセッティングなど、4万ドル(約600万円)のコストがかけられたといいます。
レトロな見た目ながら、4リッター、390ps、0-60mphは3.3秒未満という俊足マシンに仕上がっています。
シンガーらしい細かな心配りが完成度を高めている
その結果、最高出力は390ps、最大トルクは427Nmを得ることとなりました。同時に、カーボンセラミックローター、NATOグリーンにペイントされたブレンボ製キャリパーが追加され、走る/止まるのグレードは一気に高まったとされています。ちなみに、純正のフックスと同じデザインのホイールですが、シンガーのオリジナルであり、ブラックの部分はペイントでなくアルマイト加工がなされたもの。こうした細かなこだわりこそ、シンガーが支持を得る秘訣かもしれません。
インテリアはオリーブグリーンのスエードがふんだんに使われたほか、ステッチや差し色にもシンガーらしいセンスと工夫に溢れるもの。
支持といえば、インテリアの仕上げやセンスについてもシンガーは定評があります。ノヴァートはオリーブグリーンのレザーがキャビンを包み込み、シンガーの職人技に満ちています。オプションの4ウェイ調整可能なツーリングシートをはじめ、ダッシュボードインサートは、オリーブグリーンとラ・マリネッラのスエードミックスで覆われ、アラバスターのコントラストステッチが絶妙なアクセントとなりました。さらに、5つのメーターは黒いフェイスにクリーム色の文字、中央のタコメーターだけは鮮やかなオレンジというこれまたシンガーらしいコーディネート。こういうセンスこそ、欧米人にバカ受けするのでしょう。
前述の通り、中古シンガーを一手に引き受けるRMサザビーズが付けた指値は95~120万ドル(約1億4250万~1億8000万円)と、シンガーとしては標準的なもの。2017年の改修メニューを考えると、指値を超える落札価格もあり得るでしょう。ため息が出るのも致し方ありませんが、レストモッドの世界ではこれが一般的。そのうち、一流美術館あたりで陳列するので、せいぜい鑑賞を楽しむとしましょう(笑)
もはやダ・ヴィンチやゴッホの作品に近づいた感のあるシンガーですが、やはりカッコよさも芸術的ですらあります。
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