
「この男の戦う姿を撮ってみたい」。ヤングマシンを含む二輪メディアを中心に活躍中のフォトグラファー真弓悟史。バイクから人物写真まで数々の印象的な作品を撮り下ろしてきた彼が、2024年からは全日本ロードレース・JSB1000クラスに挑む長島哲太選手を追いかけている。プロとしてレンズを向けなければと感じさせたその魅力に迫るフォト&コラムをお届けしよう。
●文と写真:真弓悟史
辛い土曜日、長島ダム機能せず
「ようやくスタートラインに立てたかな」
全日本ロードレース第4戦もてぎ(2025年8月23日~24日)のレース2を終えた長島哲太は、こう答えた。
会心のレースだった。長島はドゥカティの水野涼選手と終盤まで抜きつ抜かれつの3位争いを展開し見事、今期最高の成績である4位でチェッカーを受けた。
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
たった1日前、昨日のレース1を長島は“非常に辛いレース”で終えていた。
スタート直後こそ6位あたりに付けるものの、トップ5とはすぐにストレート1本分の差が付き上位陣は遥か彼方に消えてゆく。
いつもはスタートダッシュを決めてトップに立ちレースを引っ張る彼の姿は、そこにはない。後続を巧みにブロックする“長島ダム”と言われる姿も今回は見られない。
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
コースサイドから撮影していても、なかなか言う事を聞かないバイクと格闘しながら「何とか1つでも上で」と奮闘する彼のプロとしての姿と負けず嫌いな気持ちは、はっきりとこちらにも伝わって来る。だがそれと同時に彼がこの順位争いを望んでいる訳もなく、この戦いを見ていると少々辛い気持ちにもなって来る。
そんな中、追い打ちを掛けるように終盤、長島のバイクにマシントラブルまでもが発生してしまう。
トップスピードは伸びず、コーナリングも見ていて明らかに重苦しい。先ほどまで争っていたライバルは見る見るうちに離れて行く。後続にいたバイクにも、どんどん抜かれて行く。明らかにおかしい。もうリタイアしてしまうのではないか? もう次の周は目の前には来ないとではないかと何度も思う。だが次の周も、もっと遅れながらも長島は目の前にやって来る。
レースは完走。結果は12位であった。
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
長島はレース後コメントを残す事なく足早に控室へ消えていった。
しばらく経ってから、「レース1は本当にフラストレーションの溜まるレースでした。普段は、そう言うのを表に出さないようにしているのですけど。でもあそこまで何も出来なかったりトラブルが出ちゃったりってなると開発を担っているとは言え実戦なので、もどかしい気持ちがあります。
それが、あのようなレースになっちゃうと『何のためにこれやってきたんだろう?』てなってしまう。でもそれを誰かにぶつける訳にも行かないし…難しいし、もどかしいレースでした」と振り返ってくれた。
そして「本当に何も出来ない、意味のないレースでした」と続けた。
冷静にだが語気は強かった。この言葉にやるせなさや怒りなど彼の気持ちが凝縮されているようだった。
レース1でのトライが生きたレース2
翌朝、サーキット入りした彼に偶然会い私は声をかけた「昨日よりポジティブに行けそう?」と聞くと「やれる事をやるだけです」と表情は決して明るくなく、むしろ険しい。それはそうだろう。たった一晩で物事が急に好転するはずもなく、馬鹿なとこを聞いたなぁと少し後悔する。
だが、朝のウォームアップ走行で昨日から一変、長島が生き生きとした走りを見せている。5コーナー上で撮影する私からラップタイムを知る事は出来ないが、遠くに見える1コーナーから2コーナーの走りが明らかにキレている。前を走っていたスズキの津田選手を抜き去る姿にも自信にあふれているように見える。いったい何があったのだろうか。
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
長島の所属するダンロップレーシングチーム・ウィズ・ヤハギの藤沢裕一氏にはレース後に、「レース1に関しては最後まで持たない可能性のあるタイヤでレースをして結果リタイアはしたくなかったし、ノーポイントも避けたかった。その中で、ひとつの選択肢としてレース2でレース1より良い結果を出すために、トライをする必要がありました。初めて履くタイヤだったのでバイクのセットアップをしなくてはいけません。しかしウォームアップだけでは間に合わないないので、レース1で試しておく必要があったのです。ですのでチームの判断でレース1では、標準品の基準タイヤに近いもので行く事にしました。もしそれで手応えが良かったらレース2もそのタイヤで行きましたが、結果としてパフォーマンス的に満足するものではなかったのでその選択肢は消えて、レース2では違うタイヤを使いレースに挑む事にしました。そして何よりダンロップが日曜日に対応力を見せ対策を打ってくれました。でなければ、この結果は出ていません」とチームの戦略と内情を話してくれた。
時間は少し巻き戻り、迎えた日曜日のレース2。冒頭にも触れたように、昨日とは見違える素晴らしいレースを展開する。この時使ったタイヤに長島は事前テストから手応えを感じていたと言う。
「開発をしていく中で『これだったら』と言うのがありました。だから昨日使うことが出来なかった時は残念だったし、手応えがあったからこそ今回は、身体を今まで以上にもっと追い込んで体重も6kg絞り込んで作って来きたんです」
レースがスタートすると長島は8番グリッドから1つ順位を上げて、1コーナーを7位で通過する。直後の3コーナーでは3位に。そして5コーナーでは2位に浮上し、次のコーナーでは瞬く間にトップに浮上する。その次の周にはBMWの浦本選手にかわされるも離される事なく付いて行く。自ら名付けた“長島ダム”は、後続をせき止めるが決壊したら後は離されるばかりだった。しかし今日の長島は、もうダムではない。しっかりとバトルをしている。
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
「最初(浦本)修充に抜かれた時も食らいつけたし、中須賀さんに抜かれた時も、いつもみたいに一気に離される事なく『じわ~じわ~っと』離される感じでした。(水野)涼が来てバンと離されてしまいましたが。やっとレースらしいレースが出来ました。たぶん初めてじゃないですかね」この言葉の悔しさの中にも充実感がにじむ。
レース中盤からはドゥカティの水野選手との見ごたえのある争いが終盤まで展開される。
「こっちも負けたくないし、涼も負けたくない。意地と意地のぶつかり合いでした。その成績でライダー人生が左右されるかもしれないですし、きれいごとなんて言っていられない。だから意地も張りますし無理もします。まだイケると思えばまだイケますし、自分が限界だと思ったら、そこで終わりです。今回、涼とあの様なバトルをして俺も面白かったですし、お互い成長できるきっかけになればと思います」
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
このバトルに敗れはしたが、最後まで戦って得た今回の4位。次戦オートポリスでの表彰台への期待が急激に上がって来たのではないだろうか。
「正直まだ自分の中ではちゃんとした表彰台というのは見えていなくて、今回は120%の走りをしていたので。涼に抜かれた後の3コーナーではフロントが切れ込んで転びそうになったりしていますし、これだと何かのきっかけで転びます。ちゃんとリザルトを残そうと思ったら80%や90%であのレベルの走りが出来ないといけないです。だからまだ全く納得できる所までは来ていないし、ちゃんと開発をしたとは言えないと思います。ですので、まだまだ安定して表彰台を狙えるかと言うと、そうとは言えない部分があります。ただ間違いなく今回のステップは大きいと思います。これをきっかけにして開発のスピード感をもっと早くして行かないといけないですね」
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
今回レースを見て前戦SUGOの時に聞いた長島の話を思い出す。
「今で言うとレース中盤以降タイヤがタレて来ると、どうしても『抜き返せない』んです。それがアドバンテージじゃなくても『抜き返せる』くらいまで残っていてくれたら、後は人間が何とかしますよ」
この言葉を見事に遂行した長島の姿が今回あった。
次なるステップへ。ダンロップタイヤは確実に進歩している。
今年の目標は最低でも表彰台。そしてその先のチャンピオン獲得である。まだまだ目標には届かない。
しかし長島とチーム、そしてダンロップの頑張りと努力が1つ報われた大きな始まりの1日だったように私は感じた。
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
【真弓 悟史 Satoshi Mayumi】1976 年三重県生まれ。鈴鹿サーキットの近くに住んでいたことから中学時代からレースに興味を持ち、自転車で通いながらレース写真を撮り始める。初カメラは『写ルンです・望遠』。フェンスに張り付き F1 を夢中で撮ったが、現像してみると道しか写っていなかった。 名古屋ビジュアルアーツ写真学科卒業。その後アルバイトでフィルム代などの費用を作り、レースの時はクルマで寝泊まりしながら全日本ロードレース選手権を2年間撮り続ける。撮りためた写真を雑誌社に持ち込み、 1999 年よりフリーのフォトグラファーに。現在はバイクや車の雑誌・WEBメディアを中心に活動。レースなど動きのある写真はもちろん、インタビュー撮影からファッションページまで幅広く撮影する。
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