
「ベスト・イン・ザ・ワールド」。それがZ1と、その先代に相当するマッハIIIの開発テーマである。掲げたのはともに同一人物。最高出力を出すことに情熱を注ぎ、“ミスターHP(ホースパワー)”の異名を取った熱血漢だった。
●文:ヤングマシン編集部 ●取材協力:ZEPPAN UEMATSU
【大槻幸雄さん】1930年(昭和5年) 生まれ。1955年(昭和30年)に川崎航空機に入社、タービンの開発に従事しつつマッハIIIやZ1、Z1300などの名車を開発指揮した。後に純国産ガスタービンの開発に成功しこれを事業化、川崎重工業の常務取締役も努めた。
マッハIIIで目指した世界一
大槻氏はZ1開発当時、川崎重工単車事業部の設計課長で、Z1を実際に設計した稲村暁一氏の上司にしてプロジェクトの中心にあった指揮官。技術者としての観点からZ1の開発方針、すなわち、『空冷DOHC直4搭載のスーパースポーツ』の製造を決定した人物である。その計画が正式に発動したのは66年(昭和41年)の春。コードナンバーはN600だった。
「60年代のカワサキはおもに2ストローク車を販売していましたが、初の世界的なヒットはなんといってもマッハIIIです。その開発方針は500ccをもって量産車として世界一のゼロ発進加速と速度を狙うもので、スローガンは『ベスト・イン・ザ・ワールド』でした。」
「この目標を達成するには60psが必要であると判断しました。つまりリッター120psが必要ということです。『開発目標は明確に高く掲げ、リスクは冒してもアドベンチャー(冒険)はしてはいけない』というのが私の持論ですが、技術者の数や経験、研究設備など、総合的技術力には無関係にともかく世界一を目指す。」
「無謀といえば無謀なんですが、ここで重要なことは、それ相当の技術的な裏付けのない盲目的な挑戦はしてはならないことです。この当時、私はレーサーエンジンの設計をやり、125ccで30ps(リッター240ps)以上の経験を持っており、500ccで 60ps は出す自信がありました。そこで馬力だけをセールスポイントにした次第です。」
「多くのセールスポイントを掲げてもそれらを満足させることは不可能に近いものです。バカは馬力の一本勝負で行くぞと(笑)決めたものです。当時は馬力だけ凄いということが受け入れられる時代だったんですね。」
当時、エネルギッシュな仕事ぶりと学識を持つ大槻氏についたあだ名が、『ミスターHP』だ。HPはもちろんホースパワーの略で、名付け親はUSカワサキのアラン・マセック氏。
「嬉しい事ですね(笑)。まあ性格的な事だけでなく、技術的に馬力を出すことに傾注してましたから、そういう意味もあるのかもしれませんが。マッハIIIの成功で、これ以降カワサキはジャジャ馬とかパワフルとか最速とか荒々しさのイメージが定着したのではないかと思います。」
「ただ、この頃からアメリカでも排ガス規制とか公害問題がクローズアップされるようになってきて、4ストロークの開発もせなならんなと。アメリカ市場からも大型をやってくれと言ってきました。いずれにせよ、これも目標は世界一に決まってます。ここからN600、後のZ1開発計画が始まったのです。」
【Z1開発コード 「T-103」 計画書】作成は’69年11月23日と、N600 から T-103へと計画が変更された、まさにその日のものだ。50年以上が経過した今なお、秘の判が生々しい・・・・・。
寝耳に水だったCB750
だが、当時カワサキの4スト車はメグロの流れを汲むW1のみ。自社ノウハウはないに等しいものであった。
「4ストの開発は単気筒からやれと上から言われました。しかしそれでは時間がかかりすぎる、もう思い切って4気筒で行くぞと決めました。クランクシャフトは強度最優先でプレーンベアリングの一体式は見送り、重くなってもええから、とローラーベアリングの組み立て式を採用しました。要はマッハIIIを基に4気筒化したわけです。
最初の計画では750ccの4気筒でしたが、DOHCの採用は当時の最先端ですから最初から決めてました。設計も楽ですしね。これについてはホンダのCB450を徹底的に研究しました。目標値はリッター100ps。ですが、正直言ってこれは冒険でしたなあ。何しろ4ストロークのこと、何も知らんわけですから(笑)」
こうしてN600は胎動を始め、シリンダー数や排気量にいくつかのバリエーションを想定して研究が始められた。本命はDOHC750ccの4気筒で、後に850cc程度の展開を想定していた。が、開発初年度の10月にはホンダがCB750の発売を東京モーターショーで公表する。カワサキにとってはまさに寝耳に水であった。
だが、浜脇洋二社長以下USカワサキ勢は開発続行を要請。明石の技術陣も無論これに応えた。ただしUS側は販売戦略上ホンダと異なるものを要求、V4やスクエア4、直6などを提示するが、大槻氏は「複雑なのはいかん」とことごとく論破。技術者の視点からあくまでも直4が最適と判断したのだ。
テストを重ね、諸元がほぼ確定したN600は69年11月23日にT’103へと正式に計画変更。大槻氏が書類に記した開発目標はこうだ。
「スタイル、装備共他社より勝れ、性能は最高速、加速ともに世界最高のものとし、あらゆる点を綜合して世界一の大型ZAPPER MACHINEとする。川崎のイメージアップによる効果も考え、限界利益率は重視しない。」
諸元は900cc(ただし1000cc、後に1200ccまでのボアアップを想定)、並列4気筒DOHC、85psとされた。年が明けて70年2月に谷田部で行われた実験走行でも上々の結果を得て、72年8月にはついに量産を開始。9月には神戸港からアメリカへ向けて出荷されたのである。
「後に、ハーバード大卒の秀才弁護士であるアランに質問したのです。『我々日本人のもとでオートバイなど売って後悔していないか』と。」
「そしたら『HPよ、Z1を売りまくってホンダを急追した当時は、俺の人生にとって最大に楽しかったもっとも有意義な時代だったよ。後悔などまったくしていないよ』と返答してきた。バリバリやってましたからね、皆燃えてました。」
【「T-103」設計目標とライバル比較】同じく大槻さんの資料から借用した、T-103の設計目標値とライバル車を比較した手書きのパワーカーブ。CB750フォアのほか、DOHC 機構 の参考にしたというCB450や、「T-103 64×58」、つまりは後のZ2 も比較されている。
こんな純正オプションも
開発ストーリーからはやや逸れるが、Z2には写真のようなカウリングやツーリングバッグが純正オプションとして設定されていた。ともにFRP製で、価格はカウルが1万5000円、バッグが2万9500円。
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