クルマとバイクの電動化がいよいよ必須の時代となり、内燃機関のことをICE(Internal Combustion Engine)と呼ぶことも増えてきた今日この頃、ロータリーエンジンを搭載したスーパーバイクを製作した男が現れた。彼の名はブライアン・クライトン。スーパーバイクに懸けるクライトンの熱意と、その具現化であるマシンがどのようなものかをちょっとのぞいてみよう。
●文: 山下剛 ●外部リンク: CRIGHTON
ひとりのエンジニアの情熱によって生まれた夢とロマンに溢れるロータリーエンジンマシン
ガソリンエンジン(ICE)の多くは、ガソリンと空気を合わせた混合気を燃焼させ、そのエネルギーでピストンを往復させることでクランクシャフトを回転させて動力としている。
一方、ロータリーエンジンは、おむすびのような三角形のローターがハウジング内を回転しながら吸気、圧縮、燃焼、排気の行程をし、エキセントリックシャフトを回転させることで動力を発生する仕組みだ。大雑把にたとえると、一般的なエンジンにおけるピストンがローター、シリンダーがハウジング、エキセントリックシャフトがクランクシャフトに相当する。
ロータリーエンジンでは、4ストロークエンジンにおける吸気、圧縮、燃焼、排気の行程を、ローターが1回転する間に並行して行う。このため理論的には、一般的なICEの3倍の出力を発生することができる。それゆえ小排気量でも大きな出力を得られることが、ロータリーエンジン最大のメリットだ。
また、ロータリーエンジンでは、吸排気バルブやカムシャフトといったパーツが担う機能をローターが兼ねる構造のため、エンジンの部品点数が少なくなる。そのため振動が少なく、出力に対してエンジンを小型軽量に仕上げられることも、ロータリーエンジンのメリットだ。
しかし当然のことながらデメリットもある。ローターの回転がハウジングに傷をつけやすい構造上、エンジンパーツの加工精度と耐久性に高次元の技術が求められる。また、燃費が悪い、低速トルクの不安定さ、冷却装置(ラジエター)の大型化、整備性の悪さといった点もデメリットといえる。
高効率による高出力は大きな魅力だが、そのようなデメリットもあるため量産車には不向きといわれ、クルマでもバイクでも市販車での採用例は非常に少ない。クルマではマツダがロータリーエンジンを得意としていたが、現在では生産していない。また、バイクでは各メーカーともに試作車を製作したものの市販化には至らなかった例が多い。市販化されたロータリーエンジン搭載バイクは、国産ではスズキ・RE5(1974年)、海外ではオランダのバンビーン・OCR1000(1978年)、ドイツのDKW・ハーキュレスW2000(1973年)、ノートン・F1(1990年)がある。ノートンにはF1をベースにレーサーとしたRCW588もあり、1992年のマン島TTシニアTTではスティーブ・ヒスロップ選手が走らせて優勝する快挙を成し遂げている。
しかしいずれも短命に終わってしまっており、ロータリーエンジンの難しさが如実に表れている。
だからといって、ロータリーエンジンの火が消えたわけではない。2021年11月、イギリスの新興メーカーであるクライトンが発表したCR700Wは、ロータリーエンジンを搭載したスーパーバイクだ。このマシンは、かつてノートンでロータリーエンジン搭載車の開発に携わっていたブライアン・クライトンの情熱が実を結んだものである。
いや、正確にいうと、CR700Wはクライトンにとって2機種目となるロータリーエンジン搭載のスーパーバイクだ。クライトンは2013年にその前身となるCR700Pを発表している。このたび公開されたCR700Wはその改良進化型なのである。クライトンはロータリーエンジンの可能性を信じ、たゆまぬ努力とともに開発を続けてきた。その結果として生まれたのが、690ccツインローター・ロータリーエンジンなのだ。
エンジンは強度に優れるアルミ素材を鋳造加工したものを採用し、摺動面には低摩擦によって耐久性を高めるためにモリブデンとニカジルによるメッキ加工を施している。エキセントリックシャフトには強度に優れる合金鋼を用い、ロータリーエンジンの要ともいえるアペックスシール(ローターの各頂点に設けられるシールで、一般エンジンのピストンリングに相当する部品)には2ピース構造の窒化ケイ素セラミックスを採用したことで、摩耗特性は限りなくゼロに近い数値になっているという。これらの高性能素材と加工技術、設計により、ロータリーエンジン史上最高レベルのコンパクトなものに仕上がっている。
CR700Wに搭載されるロータリーエンジンは、可動部がわずか3カ所しかなく、全長は340mm、直径240mm、重量はたったの24kgに抑えられている。6段のトランスミッション、スリッパー機能付きクラッチを合わせた総重量ですら46kgという驚異的な軽さを誇っている。
さらに驚かされるのは、このエンジンの最高出力が223ps(220HP)であることだ。この数値をリッター換算すると323ps(319HP)となり、F1マシンやMotoGPマシンを超越している。しかもそれらと比較して圧倒的な低回転域となる10500rpmで最高出力を発揮し、最大トルクは9500rpmで発生する。つまり扱いやすさに優れ、なおかつレーサーを凌駕するハイパワーを持つエンジンなのだ。
ロータリーエンジンの弱点でもある冷却については、空冷と水冷を併用するシステムを採用している。空気による冷却は、チタンとインコネルを組み合わせたエキゾーストイジェクターシステムを介して行われる。これは排気ガスの流れと、エンジンの中心部の流路を狭くすることでベンチュリ効果を生み、気流速度を上げるとともに負圧を発生させてローターを効率的に冷却するものだ。液体による冷却は一般的な水冷システム同様で、エンジン内部のウォータージャケットを冷却水が通過することでエンジンの熱を奪い、ラジエターによって冷却する。
このエンジンは、イギリス屈指のフレームビルダーであるスポンドンによるアルミ製ツインスパーフレームに搭載され、さらに高剛性アルミを切削したスイングアームが組み合わされる。スイングアームはピボットポイントを走行条件によって調整できる設計となっており、このシステムはトリプルクランプにも採用されており、ディメンションを好みに合わせることができる。
前後サスペンションはオーリンズ、またはビチューボから選ぶことができ、ブレーキシステムはブレンボ。いずれもスーパーバイク仕様の高性能タイプが装着される。また、前後ホイールはダイマグのカーボン製だ。
このような車体構成を持つCR700Wの乾燥重量は、わずか129.5kgだという。
「CR700Wは私のエンジニア人生の集大成であり、究極のレーシングバイクであると信じている」
1980年代からバイク用ロータリーエンジン開発に挑んできたブライアン・クライトンは、自信をもってそうコメントしている。
CR700Wは、開発者であるクライトンによって手組みされるため、生産予定台数はわずか25台だ。車両価格は8万5000ポンド(日本円でおよそ1320万円)からとなっている。日本への輸入も簡単ではないうえ、クローズドサーキットでしか走行できないであろう夢のマシンだ。とはいえ、「ロータリーエンジンで最速のバイクを作る」という男の一途な情熱がそのままかたちとなったCR700Wには、市販量産車にはないロマンが溢れている。たとえ実車に乗ることも、見ることすらできないとしても、「世界にはクライトンのようなエンジニアが生み出すバイクがある」と思えるだけで、バイクファンにとっては幸福というものである。
バイクとは夢とロマンで作られ、それを感じたい者によって走る乗り物なのだ。
CRIGHTON CR700W
主要諸元■全長2040 全幅470(フェアリング) 全高1151 軸距1440 シート高810(各mm) 車重129.5kg(乾燥)■空水冷4ストロークツインローターロータリーエンジン 690cc 223ps/10500rpm 14.5kg-m/9500rpm 変速機6段 ■価格:8万5000ポンド~(税抜)※日本円換算約1318万8200円~(為替レートは2022年2月2日現在)
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