1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第59回は、MotoGP第8戦と、道具の大切さについて。
TEXT:Go TAKAHASHI
ザクセンリンクで11連勝のマルケスと、調子の上がらないロッシ
MotoGP第8戦ドイツGPではマルク・マルケスが優勝しました! ほぼ1シーズンの空白を経てからの勝利は、もう少し先のことだろうと思っていたので、正直、ビックリです。もともとマルケスが得意としているザクセンリンクだったこと、左コーナーが多く右手にあまり負担がかからなかったことなど、有利な条件が揃っていたとは言え、見事な勝利でした。
途中、雨が降ってもペースを落とさなかったあたりもマルケスらしい力強さでしたが、何と言ってもすごかったのはスタート直後の1コーナー!「その隙間に入っていくか!?」という強気の突っ込みでトップをもぎ取りましたね。これでザクセンリンクでは11連勝をマーク。相性のいいコースということもあって、「ここで絶対に勝つ!」という気迫を感じさせてくれるレースでした。
一方、ずっと気がかりなのはバレンティーノ・ロッシが復調しないことです。来季はドゥカティへの移籍もウワサされており、いろいろな話が飛び交っていますが、ロッシとしては今とは違う環境に身を置きたいのでしょう。ライダーとして、思うように走れない時に「何かを変えたい」と考える気持ちはよく分かります。
僕の場合は、’96年がそうでした。何をやってもうまく行かず、いろいろと交渉も主張もしましたがどれもまとまらず、結局はシーズン途中で契約を解消することになってしまいました。でも、僕は勝ちたくてレースをしていた。負けたくてやってるわけじゃないんです。マシンも含め、勝てる体制じゃないと感じた時には、レースするつもりはありませんでした。’02年に引退を決めた時も同じですね。自分の力不足も含め、「勝つことができない」と分かった時、レースに未練はありませんでした。
だから、長く勝利から見離されていてもレースを続けているロッシは、僕とは考え方が違いますが、本当にすごい男だと思います。彼の場合は存在自体が巨大ビジネスになっているので、まわりが辞めさせようとしない、という面もあるかもしれません。でも僕は、ロッシ自身がレースが好きで、バイクが好きで、その最高峰の場で走り続けたいと純粋に思っているのだと確信しています。
ロッシのことは彼が子供だった頃から知っていますが、根っからのバイク好きで、四六時中バイクのことしか考えていないタイプでした。レースに関してもオタクと言ってもいいぐらいマニアック(笑)。今でもよく覚えているのは、まだロッシがヨーロッパ選手権とイタリア選手権に出ていた’95年のこと。ノブ(編註:青木宣篤さん)が彼を連れてきて、「こいつロッシって言うんだけどさ、スーパーバイク世界選手権のレースを見たいんだって。哲ちゃんのモーターホーム、テレビあるから見せてやってくれない?」と頼まれたんです。「いいよ」と入れてあげたんですが、まぁ詳しい詳しい! テレビを見ながらああだこうだと熱く話しまくっていたんですが、下位の選手のことも含めて本当によく知ってました。ロッシが125ccでグランプリにデビューする前の年のことですが、本当に強い印象を残す出来事でした。
ロッシはきっと、すごくピュアな気持ちでレースを続けたがっているんでしょう。そうじゃなかったら、レースを終えた直後に自分の所有しているオフロードコースに出向き、さらにバイクに乗ってトレーニング、なんてできませんよ。しかも若手より率先して自分が走っているんだから、ハンパじゃない(笑)。ハードなMotoGPライダーをロッシがこんなにも長く続けていられるのは、いろんな要素があるとしても、根本的にはバイクとレースが大好きだからだと思っています。
MotoGPを続けられる要素として大きいのは、ロッシがイタリア人だということです。MotoGPはヨーロッパ中心のレース。ヨーロッパのライダーは、レースとレースの合間にちょっと家に帰ることができるんですよね。この地理的な近さは、ライダーにとても大きく影響します。僕ら日本人ライダーはこうは行きません。いったん渡欧したら少なくとも2ヶ月、長いと1年は家に帰れないんです。僕たちもレース活動のためにヨーロッパに居を構えますし、現地の友達もできます。でも、やっぱり幼い頃からの気の置けない友人たちの存在は必要でしょう。
その点ロッシはすぐに自分の家に帰ることができるし、レース中もそばに幼なじみで大親友のウーチョ(編註:アレッシオ・サレッチさんのあだ名)がいます。100%自分の味方になってくれるウーチョの存在は、ロッシの精神的な支えになっているでしょう。馴染みのある土地で、馴染みのある人たちに囲まれながらレースを戦えるという環境は、本当にうらやましい限り。僕たち日本人ライダーにとってMotoGPは「行く」ものですが、彼らヨーロッパのライダーにとっては「ある」ものなんです。この差は大きい。
だから、GPで活躍している日本人ライダーって、かなりすごいんですよ(笑)。ドイツGPではMoto3で鳥羽海斗くんが2位表彰台に立ちましたが、本当に称賛に値します。Moto2の小椋藍くんもあと少しで表彰台という最終ラップで転倒してしまいましたが、そこまでのレース展開は見事! ふたりとも価値あるレースを見せてくれました。
ちょっと自画自賛になりますが、僕はグランプリに147戦出走して、55回表彰台に立っています。表彰台獲得率37%は、なかなかのものでしょう?(笑)ただ、僕の頃はファクトリー体制で、高性能なマシンを与えられ、「勝って当たり前」という環境でした。今のMoto3、Moto2のマシンはエンジンやタイヤがイコールコンディション。だから今のGPで表彰台争いをするのは、僕らの頃よりはるかに難易度が上がっているんです。
今シーズンからMoto2を走っている小椋くんは、あと少しというところで転倒してしまい。表彰台を逃すレースが続いています。でも僕はまったく心配していません。今すでに、表彰台に立ってもおかしくないだけの実力があるからです。小椋くんは、「こういうレースをする」という明確なイメージを持っています。フリー走行の時点から、決勝に向けて準備を進めているのが分かるんです。走行セッションの中で作戦を練り、戦略を立て、それに見合うマシンセッティングを煮詰めている。だから決勝レースに強いんです。
Moto2はレミー・ガードナーが3連勝して頭ひとつ抜けています。昨シーズンの最終戦で初勝利を挙げ、勝ち方が分かったのでしょう。今シーズンはここまでの8戦で7回表彰台に立ち、立てなかったレースも4位ですから、圧倒的です。その彼にしたって6シーズン目。小椋くんは初年度でそのガードナーと競り合う位置にいるのだから、本当にすごいことです。1度表彰台に立ってしまえば、きっと大化けするはず。常に落ち着いて着実に自分のレースを組み立てるタイプだから、彼の表彰台や勝利にまぐれはないと思います。
状況に合わせて道具を選ぶ、それは用途に合わせたタイヤ選びと一緒
最近の僕は釣りにはまっていて、モナコでも自宅近くにポイントを見つけ、毎日のように通っています。でももし今の僕が魚を釣ったとしても、ほとんどまぐれ(笑)。自分が何をしているのか、海の中をうまくイメージできていないからです。うまい人たちを見ていると、「今、海の中がどうなっているからこういう釣りをする」と明確なイメージを持っています。この差は大きい。そして小椋くんは間違いなく後者。まぐれがない、というのはそういうことなんです。釣りをしながらも、ちゃんとレースのことを考えてるんですよ(笑)。
釣りをしながらもうひとつ思うのは、道具の大切さです。釣り人って、たくさんの竿を持ってますよね? 自分が釣りをするまでは「竿なんか1本ありゃいいじゃん!」と思っていましたが、いざ始めてみると、確かに釣る魚種や、その日のコンディションによって、いろんな竿の中から選びたくなります。竿と状況が合わないと、釣れる魚も釣れないんです。だから今日も釣り具屋に……(笑)。
バイクで言えば、重要なのはタイヤです。何馬力あってもタイヤがなかったらバイクは走りませんから、当り前ですよね。だからタイヤ選びも、竿選びと同じぐらい重要です。何か例えがおかしいでしょうか?(笑)。でも本当に竿と同じで、いやいや、竿以上に状況に合ったタイヤ選びがものすごく大切なんです。
皆さんの中に、ハイグリップタイヤ信奉のような考えはないでしょうか? サーキットを走るため、そしてレースを戦うためのハイグリップタイヤなら高性能なはず。だから公道でもハイグリップタイヤを……なんて思う方は、意外と多いようです。でも、それは間違い。サーキット対応のタイヤはそれだけ高速で旋回するようにできています。だからグリップ力が高いのはもちろんですが、高荷重に耐えられるよう構造自体が硬いんです。
ちょっと複雑な話になりますが、タイヤは表面のコンパウンド(ゴム)でグリップ力を出すのと同時に、つぶれることで接地感を出しています。グリップ力はもちろん、この接地感も非常に重要。接地感があれば、ライダーは安心して走ることができます。ハイグリップタイヤは構造が硬く、そう簡単にはつぶれません。サーキットで高速域で走る時、あまりにつぶれやすいとグニャグニャ動き、腰砕けの不安定なタイヤになってしまいます。
一方の公道は、サーキットよりもかなり低速で走るのが前提。ハイグリップタイヤでは硬すぎてつぶれず、十分な接地感が得られません。例えばミシュランは、スポーツタイヤのパワーシリーズ内でパワー5、パワーGP、パワーカップ2と3種類をラインナップしていて、公道向けとサーキット向けを明確に分けています。そして、パワー5は公道100対サーキット0、パワーGPは公道50対サーキット50、パワーカップ2は公道0対サーキット100と、メーカーが走るステージへのマッチング度合いを公言しているんです。
僕は実際にこの3種類のタイヤをテストしていますが、ミシュランの言う通りだと思います。公道オンリーならパワー5、公道+たまに自走でサーキット走行会に参加するならパワーGP、そしてサーキット走行会オンリーならパワーカップ2という選択をすれば間違いありません。正直、公道でパワーGPを履いても、ちょっと硬く感じるぐらい。パワー5がピッタリきます。ではパワー5でサーキットを走ると不満かというと、そんなことはありません。よく僕はサーキット走行会などでの先導でパワー5を履きますが、よく「原田さん、公道用タイヤってそんなハイペースで走れるんですね!」と驚かれます。パワー5もグリップレベルは十分高いんです。ただ、もっとペースを上げていくと、構造がしなやかな分、腰砕け感が出てくる。そうなるとパワーGP、さらに速く走るならパワーカップ2を選びたくなります。
でも公道ではまったく逆。パワーカップ2は絶対に履きたくない(笑)。パワーGPでもちょっと硬いなと思うし、やはりパワー5が最適です。公道を走るということは、自然を相手にするということ。自然と子供と動物は普通にオトナの期待を裏切るものだから(笑)、こちらとしては幅広いオールマイティーさを備えていなければ対応できません。4、5年前、11月の信州のビーナスラインをツーリングした帰り、下り道でいきなりみぞれが降ってきたことがありました。そんな時もハイグリップタイヤでは怖くて乗れなかったでしょう。ハイグリップであればあるほど、路面温度などの条件が整った時にパフォーマンスを発揮するよう、ピンポイントに作られているからです。
バイクは趣味のものだから、基本的にはお好きなものを選んで楽しんでほしいと思います。でもタイヤは、それがなければ走れないぐらいの超重要パーツで、選び方によってはリスクも高まってしまいます。「少しでもいいタイヤを」と考えるよりも、「自分が走る状況に合うタイヤを」という選び方をしていただければと思います。ただいま絶賛発売中のヤングマシン8月号に、パワー5とパワーGPに乗った僕のインプレッション記事が載っていますので、ぜひご参考にしてみてください。そして僕は状況に合った釣り道具を求めて、今日も釣り具屋さんに……(笑)。
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