「そんなことってあるんだ…」解体予定の車両を極秘保管。数十年後、オークションの場に姿を現したモンスターモデル。激しい争奪戦が展開された[アウディ 5000CS]

「そんなことってあるんだ…」解体予定の車両を極秘保管。数十年後、オークションの場に姿を現したモンスターモデル。激しい争奪戦が展開された[アウディ 5000CS]

1980年代半ば、欧州のラリー界を席巻していたアウディ・クワトロ。しかし、広大な北米市場において、その「4WD=安全だが重く、退屈な実用システム」という先入観を打破するのは容易ではなかった模様。そこで、アウディの首脳陣は「アメリカ人が大好きな高速オーバルで、4WDの絶対的な優位性を見せつける」というアイデアを実行したのでした。


●文:石橋 寛(ヤングマシン編集部) ●写真:RM Sotherbys

直列5気筒、25バルブの咆哮と650馬力の衝撃

舞台に選ばれたのは、NASCARの聖地であり、世界一危険な超高速バンクを持つタラデガ・スーパースピードウェイ。そして、この過酷なプロジェクトのために用意された実験車両こそが、「アウディ5000 CS クワトロ スピードレコード プロトタイプ」でした。

一見すると当時のおとなしい高級セダンですが、中身はインゴルシュタットの技術者たちの執念がみっちり詰まったモンスターマシン。心臓部は、当時のアウディの代名詞とも言える2.2リッター直列5気筒ターボエンジンを縦置き搭載。

アメリカでクワトロを絶対的存在にすべく、1988年にワンオフで作られた5000CS。16個の記録を樹立しています。

最高速を狙って、空力抵抗を減らすためかサイドミラーはドライバー側のみの装備。

しかし、このプロトタイプには市販車と全く異なる1気筒あたり5バルブ(合計25バルブ)という最先端のシリンダーヘッドを採用。さらに過給圧は、当時の常識を打ち破る2.0バール。最高出力は実に650馬力にまで向上したといいます。テスト走行でクワトロシステムが働いているにもかかわらず、4本のタイヤすべてが猛然と白煙を上げたという逸話も大いに頷けます。 とはいえ、外観はNASCARの厳格なレギュレーションに即したもので、車高こそ低められたものの、ノーマルのシルエットをキープ。むしろ、それが本物の迫力を生み出しているといえるのではないでしょうか。

排気量2.2リッターはストックと同じながら、タービンの大型化と過給圧の変更で600~650馬力へとパワーアップ。

タービンはおなじみのKKK製、おそらくIMSAなどでも使用されたK27かと思われます。

伝説の「黒い刺客」、タラデガを揺るがす

1986年3月24日、テスト走行のステアリングを託されたのは、インディ500で3度の栄冠に輝いたボビー・アンサー。超高速域でのマシンの挙動を熟知する彼にとっても、4WDのセダンで300km/hオーバーの世界へ飛び込むのは未知の挑戦だったといいます。

ノーマル然としたインパネながら、どういうわけかブーストメーターは左右にふたつ追加されています。

タラデガの悪名高き巨大なバンクに車体が吸い込まれていくと、直5エンジンが7200rpmオーバーの鋭い咆哮をあげたとか。また、ストレートでの最高速度は時速350kmを突破して、居合わせたエンジニアたちは安堵の息。そして、1周2.6マイルのオーバルコースをわずか46秒で駆け抜けると、記録された平均周回速度は時速332km。当時の4WD世界最高速記録を含む、合計16個の国際速度記録を瞬時に塗り替えた瞬間でした。

走行後、マシンを降りたボビー・アンサーは、「時速200マイル(約322km/h)を超えても、この5000 CSはまるで路面に瞬間接着剤で貼り付いているかのように安定していたよ。信じられないトラクションだ」と、興奮を隠せない様子で語ったとされています。このタラデガでの成功に確信を得たアンサーは、同年、アウディと共に「パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライム」へも挑戦し、そこでも歴史的な最速記録を樹立しています。

初期のクワトロで用いられたデフロック調整ダイヤル。前後と左右の2パターンでロックが選べるという優れもの。

派手なカスタムはなくとも、NASCARに準拠してロールケージを装備するなど、中身はレーシングカーに等しいもの。

歴史の闇から、再び光の当たる場所へ

この歴史的快挙を成し遂げたプロトタイプ(シャシーNo. WAUZZZ44ZGA000023)は、通常であればお役御免となり解体される運命でした。が、アウディのファクトリーを訪れた熱狂的なドイツ人コレクターとローレンツ技師の深い友情により、数十年の間、極秘保管されることになりました。

センターロックのBBS製ホイール。記録に挑戦した際は、空力性能を考慮してセンタープレートが用いられたはず。

その後、2025年になってオークションハウスの手によって市場に姿を現すと、世界中のアウディ・マニアの間で激しい争奪戦が勃発。さらにRM Sotheby’sのモントレー・オークションでも、リザーブ(最低落札価格)なしの目玉出品として大きな注目を集めることに。 控えめなセダンの皮を被りながら、アメリカのモータースポーツ史に大きな爪痕を残したアウディ5000 CS。それは、技術者たちの執念と、クワトロというテクノロジーが起こした、1980年代最高の「高速革命」にほかなりません。

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