扱いやすさと動力性能を高次元でバランスさせる、それを目指した

3シーズンに渡る試行錯誤と冒険。動力性能の向上とトルクデリバリーの改善に注力したホンダの2025シーズンレビュー

3シーズンに渡る試行錯誤と冒険。動力性能の向上とトルクデリバリーの改善に注力したホンダの2025シーズンレビュー

かつての“絶対王者ホンダ”も、現在はフォロワー(追随者)。奇をてらわず、しかし経験よりも理論検証で少しずつ歩を進め、上位勢と同じ悩みを持てるところまでやってきた。シーズン後半はリザルトも好転したが、それでも紙一重で勝利に届かず……。そんな’25シーズンを検証する。


●文:伊藤康司(ヤングマシン編集部) ●写真:Honda, Red Bull ●外部リンク:ホンダ

空力も含めた“動力性能”に拘る

左)2018年から2輪レース運営室オフロードブロックマネージャーを担当し、2024年4月よりレース運営室長に就任した本田太一氏。右)2015年からMotoGPマシン車体設計を担当し、2025年にRC213V開発プロジェクトリーダーを務めた辛島亮之氏。

1990年代のWGP500、そして21世紀に入ってからのMotoGPにおいても“常勝”が揺ぎ無かったホンダ。しかし2020年シーズン以降はマニファクチャラーランキングで下位に低迷。かつてのホンダレーシングとかけ離れたイメージではある。

その事実を正面から受け止め、闘い続けるHRCのエンジニアでありRC213Vのプロジェクトリーダーを務める辛島亮之氏と、レース運営室長の本田太一氏に、ホンダの“現在位置”と“これから”を伺った。

「まず24シーズンから25シーズンへの変化というか繋がりからお話ししたいと思います」と辛島氏。

「ご存じのように24シーズンはなかなか成績が上がらずに苦しんでいました。もっと言えばその前の23シーズンから続いているともいえます。そこで、いままで我々が持っていた基準や、やってきた開発の枠組みを少し“乗り越えた”というかちょっと冒険した様々な試行錯誤を行ったのが24年のシーズンでした。

それにより良いところも悪いところも見つかってきて、そこに注力したのが25シーズンです。具体的には『動力性能の向上』と『トルクデリバリーの改善』です」

――とはいえホンダがライバルチームよりパワーなどの動力性能で劣っているようには思えない。もちろんほんの僅差でも勝てないのがMotoGPの世界ではあるが……。

「先に“トルクデリバリー”ですが、コレはライダーのコントローラビリティがかなり重要になり、23・24シーズンではライダーの不満も大きかったと思います。そこで24シーズンは技術的に様々な仮説を立てて数値化し、具現化してきました。その中で見えてきた部分もあり、そこを改善出来てきたのが25シーズンの初めの頃です。

そして“動力性能”ですが、MotoGPは我々だけでなく、当然ライバルたちも止まることなく進化して、常に競争をしています。そこは動力性能においても“足りているからもう良い”というコトはあり得ません。

トルクデリバリーをライダーのコントローラビリティや扱いやすさの制御と考えると、動力性能の向上と常に二本立てで進化させる必要があります。

どちらかを頑張ると、ともすればトレードオフでもう一方が凹むことがありますが、それをどれだけ凹まさずに高みに持って行けるか、どれだけ高次元でバランスさせるか。それはひとつひとつのコンポーネントではなくて完成車、バイクとして全体でどんなことができるのかというところ。一言でいえば“パッケージ”ですね」

――パッケージとして高めなければレースに勝てない。それを理解したうえで、敢えてピックアップできる注力したポイントはあるのだろうか?

「繰り返しになって恐縮ですが、やはり“動力性能の向上”です。ですが、動力性能を語ると“エンジンの出力”という言葉を使いがちなんですけど、それは一義にエンジン単体のポテンシャルで決まるのではなく、例えば吸排気であったり、冷却性能なども関わってきます。あえて“パワー”と言わないようにしているのはそのためで、動力性能とは空気抵抗も含めたモノと考えていますから」

――“空力を含む動力性能”という言葉は、いままで耳にしなかった文言だ。レースシーン中継でも目にするが、25シーズンのRC213Vの空力パーツは目を見張るものがある。フロントのウイングレットより、カウリングのそこかしこに空力造形を設け、フロントフォークにも小振りなウイングを装備。テールに屹立した羽はもちろん、テールカウル側面にも様々な工夫がみられ、24シーズンのマシンとは別物である。

「例えば4輪のF1も空力を凄く追及しており、ダウンフォースを得るためにドラッグを犠牲にする部分もあったります。ですが我々が作っているのはオートバイで、ロール・ピッチの動きが大きいので、それをどうやってバランスさせていくのかが重要です。少しずつ事象を解明して数値を求めていったのが今の形になっているわけです。ロールやピッチなど姿勢別に突き詰めていくところが難しいところでもあり、面白い部分でもあります。そういうモノも含めて“動力性能の向上”と表現しています」

Honda HRC Castrol|ジョアン・ミル(左)|ルカ・マリーニ(右)

CASTROL Honda LCR ヨハン・ザルコ(緑)|IDEMITSU Honda LCR ソムキアット・チャントラ(赤)

上位の欧州勢と“同じ悩み”を持てるところまで来た

予選はバラついたが決勝ではトップ争いも演じた#36ジョアン・ミル選手と、ホンダ勢で’25シーズンのランキング最高位の#5ヨハン・ザルコ選手。

――レースは勝たなければ意味がないが、ホンダは勝てなかった。いったい何が足りなかったのだろうか?
 
「シンプルに言うと、我々が想定していたラップタイムを達成できませんでした」と本田氏。
 
「シーズン前にはコースや予選など様々なシチュエーションで、ライバルチームのラップタイムを想定します。そして、当然ですが勝つためにはそれより速いラップタイムを目指すわけです。
 
じつは24シーズンは、とくにドゥカティですが当然彼らも進化しているワケで、その想定が低くて、だいぶギャップがありました。そこで’25年は想定を高くして様々な挑戦をしました。それによって、コースによってはドゥカティを上回ることもあったのが25シーズンだった。最終的に結果は出せませんでしたが、その意味ではいろいろなデータも取れたので、得られたものは大きいですし、携わっている人たちの自信にもなっていると思います。
 
ライダーにおいても、例えばルカ・マリーニは24シーズンは予選で低迷してメインレースも上位に行けなかったけれど、25年は予選もまあまあで決勝でもポイントを取る走りができました。ジョアン・ミルは予選はバラついていたけれど、決勝ではトップ争いもできました。
 
とはいえ、もっと予選でもう少し前にいないと決勝レースの結果に繋がりません。最近のMotoGPはラップタイムの1秒以内に18名入るようなケースも多く、なかなか抜くことができないので、スタート位置はかなり重要です。そこは今年’26年の課題でもあります」

’24シーズは低迷したが、’25シーズンは着実にポイントを稼いだ#10ルカ・マリーニ選手。

――’26年の話が出たが、MotoGPは2027年に排気量や空力などレギュレーションが大きく改正され、タイヤもミシュランからピレリに変わる。どんなアプローチで26シーズンを闘うのか? そして27シーズンに対する準備は?
 
「先にお話ししたように、’23年シーズンから続くストーリーで戦ってきて、やはり’26年も引き続き動力性能とトルクデリバリーに力を入れていきます。’27年に大きな変革を迎えますが、だからと言って準備期間ではなく、常に勝つことを目標にしていますから。
 
それと、いままで話題に出てきませんでしたが、車体としてのグリップが出せるようになってきたのですが、同時にタイヤの性能を使い切るところで“少し不安定な部分”が出てきました。これは確かな情報ではないのですが、ライバルたちも同じようなトコロで苦しんでいるという声が聞こえてきました。
 
これは’24年からの試行錯誤の結果で、ある意味で“我々はライバルの悩みと同じところまで来れた”ともいえます。そこでもう一段上に行くために、その不安定さを取り除きつつ、ライダーが攻めやすく“これ以上やったらまずいかも”を感じ取りやすい車体を続けてやっていこうと考えています」

――’27年のレギュレーションに向けて、大きな変革は考えていないのか? たとえばヤマハが並列4気筒からV型4気筒に変えるような。ホンダならV3とかV5とか……。

「まぁ、現時点で申しあげられることはあまりないので(笑)。ここまでお話ししたように、少しずつ積み上げていく部分と、レギュレーションが大きく変わるので、さらなる技術的イノベーションも模索しようと思います。

‘19年とか‘20年頃、ヨーロッパ勢に空力とかデバイスなど技術面で先を越され、我々はフォロワー(追随者)の部分もあったと思います、近づいてはいますが……。そこを出し抜く様なイノベーションを探そうと思います。

‘25シーズン後半のリザルトを見ていただくと、加速やトップスピードはライバルと比較すると同じか、場合によっては抜けているレースもあります。しかしライバルも当然進化するので気を緩めずに、かつ欧州勢に届かない紙一重を超えるべく、“パワーを上げる、空気抵抗を下げる”といったレーシングマシンの“基本のキ”みたいなところをコツコツやっていかないといけません。

他にも欧州勢はサプライヤーなどを巻き込んだ産学一体で戦う体制を敷いていますが、我々もミラノにあるホンダの研究所(Honda Research & Development Europe)と協力することで情報を早く取り込んだり、設計段階でのシミュレーション技術などはだいぶ進んできたと思います。

――MotoGP新時代を迎える前の1000㏄最後のシーズンに向けて、着実に歩を進めるホンダ。かつての常勝メーカーに返り咲くことを期待して止まない。

MotoGP RIDERS RANKING

順位ライダーマシンポイント
1M・マルケスDucati545
2A・マルケスDucati467
3M・ベッツェッキAprilia353
4P・アコスタKTM307
5F・バニャイアDucati288
6F・ディ・ジャンアントニオDucati262
12J・ザルコHonda148
13L・マリーニHonda142
15J・ミルHonda96
23中上貴晶Honda10
26S・チャントラHonda7

RC213V[2025]

画像の#36はHonda HRC Castrolのジョアン・ミルが駆ったRC213V。エンジンやシャシーのアップデートはもちろん、車体全域に設けた空力デバイスの多さは特筆もの。

RC213V[2025]

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