
ホンダが鈴鹿8耐で「CB1000F コンセプト」の走行を間もなくお披露目する。正式発表近しと思われるこのモデルを見て思い出されるのは、ホンダの中にいるエンジニアたちの不屈の精神だ。一度ダメになっても諦めず、時には世間をアッと言わせるバイクを世に放つ。そんなホンダに少し辛口(?)のエールを送ります。
●文: Nom(埜邑博道)
もっと早く登場するはずだったCB1000F
今日、鈴鹿サーキットをホンダが開発中のCB1000Fコンセプトというバイクが走ります。
大人気で、ロングセラーだったCB1300シリーズが生産終了になったいま、ホンダファンだけではなく、ホンダ車でビジネスをする方々にとっても待望のバイクであり、発売が心待ちされるモデルです。
しかし、このモデルは本来、もっと早く登場するはずでした。
2020年3月に、このモデルとほとんど同じデザインの「CB-Fコンセプト」がその年の大阪と東京のモーターサイクルショーに展示されるとホンダのウェブサイトで発表され、大阪でも東京でも多くのバイクファンの注目を集め、その登場に期待が集まりました。
しかし、残念なことに、このモデルは現実なものとはなりませんでした。
その理由もいろいろ取りざたされていて、その中でもベースとなったCB1000Rの各種パーツが高すぎて採算が取れないという意見が多かったように思い出します。
もちろんそういう理由もあったでしょうが、往年のCB750Fをオマージュしたレトロなスタイルが発売されなかった最大の理由だと思います。
こういうレトロスタイルが受け入れられるのは先進国では日本のマーケットだけで、欧米マーケットでは見向きもされません。日本ではベスト&ロングセラーだったCB1000/1300シリーズも、リヤ2本ショックという日本人ライダーには人気のポイントだった部分も、欧米では単に「古い」ものとしか認識されず、販売台数も微々たるものでした。
しかしそのCB1300シリーズが生産終了になったいま、国内マーケットには後継モデルが必要になりました。また、CB1000Rよりもコストの安いCB1000Fホーネットというモデルをベースモデルにすることで、コスト面でもクリアできる目途が立ったのでしょう。
そして、同様のコンセプトで2017年に登場したカワサキのZ900RSの存在も、このCB1000Fコンセプト登場の大きなきっかけだと思います。
Z900RSは、ご存じのように往年のZ1をオマージュしたモデルで登場以来、好調な販売成績を残しています。ただし、それはここ日本ではという限定で、欧米で日本のように売れているという話は聞きません。
推察するに、Z900RSは小排気量をラインナップに持たないカワサキだから実現できたモデルなのではないでしょうか。ワールドワイドで何台売れる見込みかがカワサキの採算分岐点というか、開発・発売にゴーが出る基準か分かりませんが、少なくても年間2000万台のバイクを販売する(その大部分は、アセアンにおける小排気量車です)ホンダにとっては250㏄以上のスポーツモデルを開発・発売することのハードルはとてつもなく高く、欧州と北米の営業担当者にこのバイクが「何台必要か?」と綿密にヒアリングして、メインマーケットである日本と欧米の想定台数を合算して、採算がとれるかを協議したうえで実際に販売するか否かが決まると聞いています
つまり、2020年に公開されたCB-Fコンセプトは必要コストやワールドワイドで予想される販売台数が合格点に及ばず、ポシャッたというのが現実でしょう。
RC213V-Sは「作りたいから作る」モデルだった
ボクも40年以上、バイク業界に身を置いていますが、ワールドワイドで何台売れるかという想定で、ニューモデルが世に出るか否かが論じられるようになったのはいつからか定かではありませんが、250や400のレーサーレプリカ(ほとんど日本専用車でした)が終焉を迎えた2000年代初めからだったように思います。
ただ、何台売れるか、採算がとれるかというビジネス的な思考からでは絶対に生まれないモデルがあることも確かです。
確か2011年のEICMA(ミラノショー)、当時のホンダの開発責任者からLINEをもらいました。
ドゥカティがそのショーで発表したパニガーレを見て、「頭にきた! うちもやってやる!」という内容でした。
日本メーカー、その中でも特にホンダは製造・販売する車両に安全や耐久性、品質の安定性、環境性能やリサイクル性などに非常に厳しい独自の基準を設けています。まあ、自分で自分の首を絞めているとも言えますが(失礼)、その基準によって欧米の車両よりも開発の自由度が狭まっているとも言えるでしょう。ただ、それはすべてユーザーのためであって、日本メーカーの良心から来ているものといえます。
パニガーレは、非常に独創的なデザインやパーツ構成で、それまでのスーパースポーツの概念を飛び越えるものでした。それを直視したその開発責任者は、「ウチも負けていられない」と決意を固めたのです。
そうして誕生したのが、MotoGPマシンレプリカのRC213V-Sです。
V型4気筒エンジンから他のパーツに至るまで、すべてファクトリーマシンと同じクオリティで製造され(ファクトリーマシンのパーツ製造工場で作られました)、その価格は2190万円で限定250台が販売されました。
ほかのスーパースポーツモデルは、MotoGPマシンに近づくことをテーマに開発しているのに対し、RC213V-SはMotoGPマシンを公道で走らせることをテーマに作られたのです。
ボクも2度ほど試乗する機会がありましたが、とにかくすべてがスムーズで、まったく転ぶ気がしなかったことを覚えています。
ただ、このバイクも開発責任者の気持ち、思いだけで誕生したわけではありません。限定250台とは言え、量産(?)市販車ですから、発売にこぎつけるまでにはさまざまな高い高いハードルが存在したはずです。
しかし、そんな高いハードルを乗り越えて、志のある功労者の方々の努力、思いによってRC213V-Sはこの世に生まれました。
その功労者のひとりが、当時のホンダ二輪事業本部長。この絶対に採算が取れないようなバイクを開発・販売することにゴーサインを出すとはまさに大英断です。利益ではなく、世の中の人々がホンダという二輪メーカーに対し、大きなリスペクトを抱いてくれることを優先したのだと思います。
企業は利益を挙げて、それをステークホルダーに還元することが最優先されるものですが、バイクのような人に感動を与えるものは利益だけを優先するものではなく、メーカーとしての矜持も存在するのです。
ボクは、RC213V-Sを作ろうと思った開発責任者と、それにゴーサインを出した営業責任者である二輪事業本部長にこれ以上ないリスペクトを抱いています。そして、世界中の多くの人が、そういう思いを抱いているはずだと思っています。
ホンダ創業者の本田宗一郎さんが無謀とも言われたマン島TTレースに参戦することを´54年に宣言し、翌年に初参戦、そして‘61年には悲願の初優勝を果たしたことが思い出されます。
ホンダというメーカーは、そういう誰もが不可能と思うようなチャレンジを繰り返しながら現在のナンバー1メーカーの地位を勝ち取ってきたのです。それが、誰もが心の奥底にもつ「ホンダらしさ」ではないでしょうか。少なくとも、ボクはそう思っています。
RC213C-S購入者に贈呈された豪華な記念本。
RC213V-Sの開発・製造・販売に携わった当時のホンダ幹部たちが写真に納まっている。右ページにあるキャッチコピーは、光栄にもボクが書かせてもらったもの。
ホンダらしい負けん気をCB1000Fコンセプトに感じる
さて、CB1000Fコンセプト。
おそらく今年の秋から来年の春にかけて登場するであろうこのモデルの誕生の背景には、カワサキ・Z900RSがあるのは明らかです。
登場から現在まで、国内の大型モデルでベストセラーに輝いているZ900RS。この躍進をホンダとしても指をくわえて見過ごすわけにはいかないのだと思います。さらに、CB1300シリーズがなくなることで、せっかく培ったホンダ大型モデルのユーザーを失くしてしまうかもしれないのです。誰が考えても、次期大型モデルの投入を期待してしまうところです。
実は、昨年の9月にHSR九州で開催された「鉄馬withベータチタニウム」のパドックに、数名のホンダ関係者が偵察? に来ていました。鉄フレームのバイクが集ってレースを行う鉄馬では、カワサキ・Z900RSが一大勢力になっていて、この9月開催ではZ900RSのオーナーズミーティングが行われ、約50台のZ900RSがパドックに並んでいました。
HSR九州はホンダ車の生産拠点である熊本製作所の隣。いわばホンダのお膝元です。そんな場所にカワサキのZ900RSが大挙して我が物顔で集まってきている。そんな姿をホンダ関係者が座して見ていられるはずがありません。
その日、HSR九州に来ていた先進国向け大型モデルの責任者に、「Zがお膝元でこんなに大きな顔しているのを見て悔しくないの? 何とかしたら」と言うと、そのエンジニアは「あと1年待ってください」とボクに言いました。
その言葉を聞いて、一度はお蔵入りしたCB-Fコンセプトが正式に動き出したのだなと確信しました。そして、今年の大阪/東京モーターサイクルショーで公開されたのがCB1000Fコンセプト。一度はとん挫したニューモデルのプロジェクトが再び動き出すなんて、かつて聞いたことはありません。実際、HSR九州で会ったエンジニアも非常に大変な苦労をしたと語っていました。
CB1000ホーネットベースにしたことで、コスト面の問題もクリアしたとはいえ、こういうレトロデザインでは欧米での販売台数はあまり見込めないでしょう。にもかかわらず、CB1000Fコンセプトを市場に投入しようと決めたのはCB1300シリーズが生産終了となり、ホンダの大型スポーツモデル、それも日本人好みのモデルがなくなることをよしとしなかったから。つまり、メーカーとしての矜持に他ならないのだと思います。
我々バイクファンにとっては、何台売れるから作る、作らないという企業の論理ではなくて、ファンが喜んでくれるから、販売店も望んでいるからという英断をいつも求めています。
ホンダというナンバー1メーカーに我々が求めるものは、ファンの声に耳を傾け、ときにはそのファンの思いをはるかに凌駕するようなモデルを世に生み出すこと。
CB1000Fコンセプトは、モデルそのものだけではなく、その開発・発売を決めた思いやその裏にある努力や苦労、そして世界中の多くのファンに支えられているというメーカーとしてのプライドが感じられるのです。
今日、鈴鹿サーキットで多くのレースファン、バイクファンに初めて走行シーンを披露したCB1000Fコンセプト。単にCB1300シリーズに代わる大型スポーツモデルというだけではなく、本田宗一郎さんの「やらまいか」精神がまだまだホンダには息づいていることを証明するモデルなのです。
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