
1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第140回は、ダニ・ペドロサとの日本での再会と、MotoGP第3戦アメリカズGPについて。
Text: Go TAKAHASHI Photo: Red Bull
上田昇さんとダニと3人で、イタリア語でいろいろ聞いた
先日、ダイネーゼ大阪のオープニングセレモニーに行ってきました。ゲストライダーは、なんとダニ・ペドロサ。豪華ですよね! 今回は、ダニとの裏話をご紹介します。
ダニは僕と大ちゃん(註:加藤大治郎さん)が世界GP250クラスでチャンピオン争いをしていた’01年に、GP125クラスにデビューしました。僕と大ちゃんのレースを間近に見ていたからか、僕に対してもすごくリスペクトを持って接してくれます。
今回も僕のレプリカヘルメット「Arai RAPIDE-NEO HARADA」を見て、「おお〜、これはアプリリア時代のカラーリングだね!?」なんて大はしゃぎ。マニアックだ……。彼もずっとアライを被っているので、ヘルメット交換の約束をしました。
’03年にGP125でチャンピオンに、’04〜’05年は2年連続でGP250でもチャンピオンになったダニ。その後、’06〜’18年まで13シーズンにわたってMotoGPを戦いましたが、ランキング2位と3位が3回ずつで、とうとうチャンピオンにはなれませんでした。
ダイネーゼ大阪では、ノビーこと上田昇さんも交えて3人でイタリア語で会話しました。スペイン人のダニにとって、イタリア語はちょっとクセの強い方言のようなもの。かなり「素」でいろいろ話してくれたので、相当面白く、濃い内容でした。
ダニは’18年に現役を引退し、翌’19年にはKTMのMotoGPマシン開発ライダーになりました。ダニいわく、その当時のKTMは、「アレもやろう」「コレも採り入れよう」「ソッチはどうだ?」みたいな感じで、いろんなアイデアがバーッと机上に並べられている状態だったそうです。
「このままじゃプロジェクトが前に進まない」と思ったダニは、「まずはこれを優先しよう」「これは後回しでいい」と、交通整理を始めました。アイデアは山盛りだったものの、KTMのエンジニアたちは「とにかく全部突っ込めばいい」と考えていて、何が大事で何をするべきか、よく分からなくなっていたんです。
問題点が何かを見極めることも、ダニの仕事でした。例えば「トラクション不足」という問題があったとして、それはエンジンから来るものなのか、シャシーから来るものなのか、サスペンションから来るものなのかを見極めます。
見極めたうえで、交通整理です。「今はまずココに取り組もう」と決めたら、それ以外のことにはなるべく手を出さない。そして、ある箇所の取り組みによって問題が解消するのか、しないのかを判断し、解消したら初めて次の箇所に取りかかる……といった具合でした。
開発でポジティブに働いたのが、ダニの体格です。彼は僕と似た体格で、小柄。マシンの後方に着座できないから、自分の体で十分なトラクションをかけられません。手足が長いライダーたちのように体でどうにかできない分、ベースからしっかり作り込まれたマシンでなければ、思うように操れない。だからダニも僕も、マシン作りにはかなりシビアなんです。
ダニや僕は、バレンティーノ・ロッシのように背は高くないし、マルク・マルケスのようにとんでもない身体能力を持っているわけでもない。だから「自分に寄せた、操りやすいマシン」という武器がなければ、戦えないんです。
逆に言えば、僕らでも操れるマシンなら、多くのライダーにとっても操りやすい。だからダニが開発ライダーになったのは、僕からすると「……だよね!」と、とてもよく理解できることでした。ただ、現役を引退してからもあのハードなMotoGPの世界に身を置こうとする気力は、僕にはありませんでしたが……(笑)。
2024年のスペインGPにて。
KTMのMotoGPマシンを開発しながら、ダニは、「ここはいったん戻った方がいい」という提案をしたそうです。しかしエンジニアたちは戻ることをよしとしない。それはそうですよね。エンジニアはエンジニアで、基本的に「新しいことが正しい」「進化しなければ退化」と信じて開発するものだからです。
でも、実際の乗り手からすると、いくら新しい技術だとしても「うーん、ちょっと違うんだよな……」ということは多々あります。ここで何が重要だったかと言えば、速さでした。
KTMの開発ライダーになってから約1年。’20シーズン開幕前のマレーシアテストで、ダニは現役にも劣らないパフォーマンスを見せました。総合結果は、トップから0.3秒差で9位。KTM勢の中では現役のポル・エスパルガロに次ぐ2番手でした。「あの時、一気に風向きが変わったのを感じたよ」とダニ。
速さを見せたことでエンジニアたちの気持ちがグッとダニに惹きつけられ、それまで以上に話を聞いてくれるようになったそうです。そしてダニが提案した「後戻り」も受け入れられたんだとか。速さが説得力につながったんですね。
小柄だったこと。速さがあったこと。そして物事の整理がしっかりできたこと。「こういう開発ライダーがいたから、KTMは良くなっていったんだな」と、改めて開発ライダーの大切さを思いました。
日本でもF1やMotoGPがさらに盛り上がるか
MotoGPは第3戦アメリカズGPを終え、そこまで圧勝していたマルク・マルケスが転倒し、リタイヤしました。長いシーズン、全部が全部勝つことはそうそうできないものです。マルケスもこれで気を引き締める……と思いますが、アメリカズGPで勝って自信を取り戻したチームメイト、フランチェスコ・バニャイアが攻勢に転じられるかが見ものです。
それにしても、どこでも誰でも速いのは相変わらずドゥカティですね。アメリカズGPではマルケスがリタイヤしてもバニャイアが勝ち、結局はドゥカティの1-2-3-4フィニッシュ。他のメーカーも力を高めてきている印象はありますが、まだまだムラがあります。
そういえば鈴鹿サーキットでF1が行われましたね。角田裕毅くんのレッドブル入りの影響もあったのか、3日間で26万人以上と、うらやましいほどの盛り上がりです。世界的にはネットフリックスのドキュメンタリー「Formula 1: 栄光のグランプリ」でF1人気が爆発したと言われていますが、日本でもやはりネットフリックスの影響がありそうです。
MotoGPは、F1と同じリバティメディアに買収される予定です。今は欧州委員会から独占禁止法などに関連する精査が入っており、ちょっと話がスタックしていますが、リバティメディア側は買収する気まんまん。そうなるとリバティメディアはF1とMotoGPを所有することになり、MotoGPのエンタメ性がさらに高まるのかもしれません。日本でも、角田くんや小椋藍くんの活躍で、F1やMotoGPがさらに人気を呼ぶ可能性があります。楽しみですよね。
ただ、元ライダーとして言わせていただくと、今年の日本GPでの藍くんはかなり大変そうです。母国GPのプレッシャーはあまり感じるタイプではないと思います。でも僕の経験では、注目度が高まれば高まるほどライディング以外の仕事量が雪だるま式に増え、それが大変! 注目されているうちが華と思って、乗り切ってほしいものです。日本GPは9月26〜28日で、まだ少し先の話ですが……(笑)。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
最新の関連記事([連載] 元世界GP王者・原田哲也のバイクトーク)
15番手からスタートして8位でフィニッシュした小椋藍 モナコでロリス(カピロッシ)と食事をしていたら、小椋藍くんの話題になりました。「彼は本当にすごいライダーだね!」と、ロリスは大絶賛。「ダイジロウ・[…]
マルケスがファクトリーマシンを手に入れたら…… MotoGP開幕戦・タイGPで優勝したマルク・マルケスは、圧巻の強さでしたね。7周目に、タイヤの内圧が下がりすぎないよう弟のアレックス・マルケスを先に行[…]
『状況によって』と予想はしたが── 前回のコラムで「状況によってはトップ5に入る」と予想していた、小椋藍くん。MotoGP開幕戦・タイGPで、本当にやってくれました! 土曜日のスプリントレースが4位、[…]
伸び伸びとテストできるサテライト、開発が大変なファクトリー 前回は、「自分に合ったマシンを作ってもらえるかどうか」という話からずいぶん脱線してしまいました(笑)。「自分に合ったマシンを作ってもらえるか[…]
1発のタイムは狙っていない、それでもマルクはチャンピオン争いの中心になりそうな気配 今年のMotoGPは、多くの移籍によりライダー/チームのラインナップが大きくシャッフルされており、本当に楽しみです。[…]
最新の関連記事(モトGP)
XSR900GPとの組み合わせでよみがえる”フォーサイト” ベテラン、若手を問わずモリワキのブースで注目したのは、1980年代のモリワキを代表するマフラー、「FORESIGHT(フォーサイト)」の復活[…]
マシンの能力を超えた次元で走らせるマルケス、ゆえに…… 第2戦アルゼンチンGPでは、マルク・マルケス(兄)が意外にも全力だった。アレックス・マルケス(弟)が想像以上に速かったからだ。第1戦タイGPは、[…]
なんと“MotoGP全サーキット”を100均ハンガーで再現! 筆者はまったく門外漢なのですが、なんでも鉄道ファンには「乗り鉄」「撮り鉄」「模型鉄」など、趣味や嗜好によって、たくさんの棲み分けがあるんだ[…]
15番手からスタートして8位でフィニッシュした小椋藍 モナコでロリス(カピロッシ)と食事をしていたら、小椋藍くんの話題になりました。「彼は本当にすごいライダーだね!」と、ロリスは大絶賛。「ダイジロウ・[…]
マルケスがファクトリーマシンを手に入れたら…… MotoGP開幕戦・タイGPで優勝したマルク・マルケスは、圧巻の強さでしたね。7周目に、タイヤの内圧が下がりすぎないよう弟のアレックス・マルケスを先に行[…]
人気記事ランキング(全体)
2005年に新しいフラッグシップとして東京モーターショーに出現! 2005年の東京モーターショーに、スズキは突如6気筒のコンセプトモデルをリリースした。 その名はSTRATOSPHERE(ストラトスフ[…]
フルフェイスが万能というわけでもない ライダーにとって必需品であるヘルメット。みなさんは、どういった基準でヘルメットを選んでいますか。安全性やデザイン、機能性等、選ぶポイントはいろいろありますよね。 […]
Mio MiVue M802WD:記録に特化したベーシックモデル 「いつも安全運転に徹しているし、自分が事故やアクシデントに遭遇することはない」と信じていられるほど、現実世界は甘いものではない。万が一[…]
日本に存在する色とりどりの特殊車両たち 警察車両である白バイ以外にも取締りや犯罪抑止のためのオートバイが存在しています。それは、黒バイ、青バイ、赤バイ、黄バイと言われる4種のオートバイたち。意外と知ら[…]
Z1から11年を経た”新基準”【カワサキGPz900R】 カワサキが水冷6気筒のZ1300を発売したのは1979年だったが、この頃からすでにZ1系に代わる次世代フラッグシップが模索されていた。 Zに改[…]
最新の投稿記事(全体)
昭和レトロな芳香剤に新作が登場 株式会社ダイヤケミカルが製造/販売する、長年愛され続けている芳香剤「くるまにポピー」。中高年世代にとっては「く〜るまにポピー♪」のフレーズでおなじみであろう。1978年[…]
『バリバリ伝説』魂を身につける! 名場面アクリルキーホルダー、CAMSHOP.JPに登場 1983年から1991年まで『週刊少年マガジン』に連載された伝説的バイク漫画『バリバリ伝説』は、1980年代の[…]
名称も一新したフルモデルチェンジ 17年ぶりにフルモデルチェンジを実施した2018年モデルは、2018年4月2日発売。新たに「ゴールドウイング・ツアー」とトランクレスの「ゴールドウイング」の2種類をラ[…]
『頭文字D THE ARCADE』に『カイジ』コラボアイテムが続々登場! 全国のゲームセンターで好評稼働中のアーケードゲーム『頭文字D THE ARCADE』は、人気ギャンブル漫画[…]
4WDマニアたちのコラボから生まれたファンイベント 「LAND CRUISER FES JAPAN 2025」は、四輪駆動専門誌「レッツゴー4WD」と日本を代表するモータースポーツの聖地「富士スピード[…]
- 1
- 2