
二代目本社として1985年に竣工したホンダ青山ビル。このたび2025年度中の解体が決まり、多くの人に親しまれた1階のウェルカムプラザは3月いっぱいで休館することとなった。今回メディア向けに見学ツアーが行われたが、普段は入れない深部まで見てみると、随所にホンダの思想が込められていることがわかった。さっそくレポートしていこう!
●文:ヤングマシン編集部(アキ)
ホンダ青山ビル、39年の歴史に幕
1985年8月に竣工、以来39年にわたり二代目本社としての役割を果たしたホンダ青山ビル。従業員、来訪者をはじめ、地域の人々にも愛された同ビルは、2025年度中に解体、2030年度までに新たなビルへ建て替えられる予定となっている。
建築的に先進性を備えるだけでなく、手掛けるバイク同様「人間尊重」の理念が貫かれており、何よりも創業者・本田宗一郎の魂が宿っている…そんな青山ビルについて、詳しく見ていこう。
ホンダが東京都港区南青山に所有する、ホンダ青山ビル。ウエルカムプラザ青山は2025年3月31日で休館、同ビル内での業務は2025年5月で終了すると発表されている。
地下3階 ヒバの大樽
食堂やカフェ、さらに1階のウェルカムプラザで誰でも飲むことができる通称“宗一郎の水”など、すべての飲料水は地下3階の大樽に溜められている。
素材はカナダ産のヒバ。あえて木製の水槽とすることで、まろやかでおいしい水になるのだという。そこにはウェルカムプラザの構想にあたり、「出前持ちの兄ちゃんがな、ふらっと気軽に立ち寄れる場所にしてほしい」との宗一郎の言葉も影響している。
容量35トンの樽がふたつ設置される。日常用水として使用されるが、7〜8割の容量が常時溜められており、災害時には非常用水として活用される。樽は竣工時から変わらない。
1階のウェルカムプラザで誰もが飲める“宗一郎の水”。
地下2階 備蓄庫
戦後から1980年代にかけて、大都市での大きな災害は見られず、また法律上も1985年当時はこのような非常設備が義務付けられることはなかった。
それにも関わらず、地下2階には1万人分もの災害用食料、防災グッズが保管されている。これは全社員プラス帰宅困難者など地域の人々も含めて、緊急時に3日間過ごすことができる分量だ。 安全性を追求してきたモビリティメーカーならではの発想とも言える。
小判型の柱
エントランスに設けられた小判型の柱。実は当初、円型の柱だったそうだが、それを見た宗一郎が“権威の象徴”に見えると激怒。
そこで一部を削ぎ落とし、小判型になったというエピソードが残っている。
小判型の柱。なお2階以上の外壁が突き出すように丸みを帯びているのに対して、1階は逆に内側に食い込むようなデザインとなっている。これは人が入りやすくするための配慮である。
ガラス落下を防止、避難経路としても活用されるバルコニー
当時の超高層ビルとしては異例だが、各階外壁にはバルコニーが設置されている。
「万が一ガラスが割れて下に通行人がいたらどうする」との宗一郎の言葉に、当初は絶対に割れないガラスの開発を試みたそうだが断念。かわりに設けられたのがこのバルコニーだ。
ガラスの落下を防止するだけでなく、火災時には上階への延焼を防ぐ役目も果たし、非常階段とつながっているため避難経路としても機能する。
各階に設けられるバルコニー。
機能性と芸術性を両立する館内サイン
ビル内には、現在地を把握し避難時の案内にもなるアルファベットのサインが描かれている。
これはデザイナーであり彫刻家としても活躍した五十嵐威暢氏によるもの。
デザイン性に富むが、単にカッコ良さだけを目指したのではなく、非常時に目を引きやすくする意図もある。
デザイナーの五十嵐威暢氏による館内サイン。
10階 役員室/16階 応接室
青山ビルに社長室はなく、大部屋の役員室があるのみだ。これは初代副社長、藤澤武夫の「集団経営体制が重要」との考えから。創業当初の町工場期とは時代も事業規模も異なるが、経営体制のあり方には伝統が息づいている。
応接室はモダンで品がよくまとまっており、豪勢な装飾の類いは一切ない。ある種邸宅的な佇まいで、ホッとひと息つく安らぎを与える作りだ。
また青山一丁目の角地という立地ゆえ、応接室は赤坂御用地に臨む。なお竣工の翌1986年、チャールズ皇太子、ダイアナ妃が来日。青山通りをパレードされたが、出発前にはこの応接室で休まれた。
会議室
重大な意思決定がなされる会議室。デスクをはじめとする備品も39年前より使用され続けている。
ただしネットワーク関係は最新鋭のデバイスにアップデートされ、海外オフィスとのリモート会議などもいち早く取り入れられている。
どこか温かみを感じる会議室。
青山ビルに見るホンダフィロソフィー
ここで紹介した以外に、ホンダ青山ビルはオフィス空間の徹底した合理化も行われている。最新鋭のコンピューター機器を導入。配線は床下にまとめられ、天井は照明と空調を一体化、省エネルギーに配慮されていた。
またMM思想(Man-Maximum、Mecha-Minimum)とも言えるが、エレベーターや水回りなどを一ヶ所に集約させ、オフィス空間を最大化させるよう設計されている。
そして繰り返しになるが、防災面へのアプローチは独特であり、人のため、社会のために本気で安全性を考えた結果、時代を先取りしてしまったと言える。
1985年当時、本田宗一郎、藤澤武夫は経営から退いていた。ホンダは新たな時代を作るべく、日本を代表する企業として世界の第一線でさらなる結果を求めていた。その本拠地として建てられた青山ビルだが、込められた思いは、不思議と次の言葉にも通じていないだろうか。
“わが社は世界的視野に立ち 顧客の要請に応えて 性能の優れた 廉価な製品を生産する”
これは1956年、はじめて定められた社是だ。そして現在の社是の原典とも言える。
つまり、やはりホンダはホンダであるから最高なのだ。そう痛感させられた見学ツアーだった。
本見学ツアーを案内してくれた倉方俊輔氏。大阪公立大学教授。日本近現代の建築史の研究と並行して、「東京建築祭」実行委員長を務めるなど、建築を社会に広く伝える活動を行なっている。著書に『東京モダン建築さんぽ』『吉阪隆正とル・コルビュジエ』ほか多数。
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