元MotoGPライダーの青木宣篤さんがお届けするマニアックなレース記事が上毛グランプリ新聞。ヤングマシン本誌で人気だった「上毛GP新聞」がWEBヤングマシンへと引っ越して、新たにスタートを切った。1997年にGP500でルーキーイヤーながらランキング3位に入ったほか、プロトンKRやスズキでモトGPマシンの開発ライダーとして長年にわたって知見を蓄えてきたのがノブ青木こと青木宣篤さんだ。最新MotoGPマシン&MotoGPライダーをマニアックに解き明かすぞ!
●監修:青木宣篤 ●まとめ:高橋剛 ●写真:KTM/MotoGP.com
鉄パイプか、アルミの板か
超マニアックなネタをお届けするのが上毛グランプリ新聞。今回はいつにも増してウルトラマニアック全開でブッ飛ばすので、いったい何人の方が最後までお付き合いいただけるか分からない……。ぜひとも頑張ってお読みいただき、ザックリとでも「へぇ、MotoGPってそんな風になってるんだ」と感じてもらえるとうれしい。
MotoGPは、第4戦スペインGPと第5戦フランスGPを終え、約1ヶ月のお休み期間を迎えている。第4戦、第5戦を振り返ると、KTMが大躍進したという印象が非常に強い。KTMのRC16は、かなり特殊なマシンだ。他のMotoGPマシンがアルミ製(時にはカーボン製)ツインスパーフレームを採用しているのに対し、RC16は鋼管トラスフレーム、つまり鉄製の丸パイプフレームを採用しているのだ。
ここから先、アルミと鉄の比較論を進めていくが、金属素材の話は実に奥が深く、難しい。強度や剛性、軽さなどと簡単に言うが、実際には比重やら素材の種類やら構造やら肉厚やらの影響を大いに受けるので、専門家からすると「そんなに簡単な話じゃねえよ」という点が多々あると思う。だからあくまでも「乗り屋の印象論」ということで、温かく見守っていただけると幸いだ。
ペドロサ、すげぇ……
さて、量産車の世界では「鉄フレームは、しなる」とか「鉄フレームは、しなやか」と言われることが多い。そんなこともあり、高剛性と軽量さが求められるスーパースポーツモデルではアルミフレームが採用され、性能一辺倒ではないネイキッドモデルなどでは鉄フレームが採用されるのが一般的だ。そして「カチカチのアルミフレームは、サーキットなどでの高速・高荷重の走りに対応する」「しなやかな鉄フレームは乗り心地もよく、さまざまな用途に対応させやすい」などと表現されている。
そんな鉄フレームを、KTMは超高速・超高荷重のMotoGPマシンに採用しているのだ。というのも、KTMにとって鉄フレームは会社の技術的アイコン。「いろんなカテゴリーで鉄フレームで成功してるんだから、MotoGPだって鉄フレームでしょう」と、譲らないのである。相当な意地っ張りだ。
しかし超高速・超高荷重のMotoGPにおける鉄フレームは、あまりに独特で、さすがに無理がある。恐らくもっとも大きく影響しているのは、「フロントタイヤを頼れず、リヤタイヤへの依存度が高い特性」だろう。これはKTMライダーたちの走りを見ていると一目瞭然なのだが、「フロントタイヤは存在しないもの」として走っているようなのだ。
スペインGPでは、ワイルドカード参戦したKTMのテストライダー、ダニ・ペドロサが予選6位、スプリントレース6位、決勝7位というとんでもない結果を残した。現役を引退して5年経つペドロサの活躍には、世界が大喝采だ。しかしワタシが卒倒しそうなほど驚いたのは、ペドロサがしっかりと「フロントタイヤを頼らない走り」を身に付けていたことだ。ホンダで走っていた現役時代とはまったく異なるライディングスタイルを、引退後にテストライダーとしてキッチリと自分のものにしてしまうあたりに、ペドロサというライダーの凄さが伺えた……。
なぜ鉄フレームがそのような特性を生むのか、詳しい理由は分からないし、先に書かせてもらったようにとんでもなく専門性の高いジャンルなので、あくまでも「乗り屋の印象論」として聞いてほしいのだが、ひとつ言えるのは、「鉄フレームは、アルミフレームに比べて確かによくしなるものの、しなりの反発力が足りない」ということだ。
鉄フレームはよくしなるが、戻ってこない。だからフレームとしてフロントタイヤを路面に押しつける力が足りない、という現象が起きているのだろう。なお、これはサスペンションとは別の話。なかなか想像しにくいと思うが、フレームも接地感とグリップを生む重要な機能パーツであり、先鋭化している今のMotoGPでは決して無視できない差となっているのだ。
KTM生え抜きのライダーじゃなくても、いきなり速い!
MotoGPのワンメイクタイヤサプライヤーが、フロントタイヤが武器のブリヂストンから、リヤタイヤが武器のミシュランにスイッチしたのは、’16年のことだ。ミシュランになって以降は、相対的に「フロントタイヤが頼りなくなった」と言われがちだが、これはあくまでもブリヂストンとの比較において。超強力ブレーキングや超高速コーナリングを実現するにあたり、フロントタイヤの重要性が高いということはミシュラン時代の今でもまったく同様だ。
だからミシュランだからKTMが有利ということはなく、むしろ「フロントタイヤを頼れず、リヤタイヤへの依存度が高い特性」をうまく使いこなせるのは、KTM育ちの生え抜きライダー、もしくはもともとフロントタイヤを頼らなくても走れるライダーに限定されてきた。KTMのファクトリーチームでエースライダーを務めているブラッド・ビンダーは好例だ。彼はMoto3時代からKTMに慣れ親しみ、’15年から9年間にわたりKTMだけを走らせている「生え抜き」である。
ビンダーはMotoGPではまだ2勝しか挙げていないが、今回のスペインGPとフランスGPでは大活躍を見せた。そしてビンダーが活躍しただけなら「ま、KTM育ちだしね」のひとことで片付けたくなるところだが、昨年までドゥカティにいて移籍したばかりのジャック・ミラーも、存在感を示したのだ。これはKTM RC16の完成度が高まり、「フロントタイヤを頼れず、リヤタイヤへの依存度が高い特性」がだいぶ修正されつつある証拠である。
ビンダーとミラーは、走りのスタイルがまったく違うが、両者ともリヤタイヤを振り回しながら走っている点は共通している。ビンダーはコーナー入口でずっとケツを流しているし、ミラーはコーナーの立ち上がりでスロットルを開けてからケツを滑らせるのがうまい。そしてふたりとも相変わらずフロントタイヤには頼っていないのだが、今まで以上にリヤタイヤのパフォーマンスを引き出すことに成功しており、それが今シーズンの活躍につながっているようだ。
相変わらずの鉄フレームなのに、いかにしてリヤタイヤのパフォーマンスを引き出せているのか。いろいろ考察するに、空力の手助けが大きく利いているようだ。KTMは’19年から、F1のフォース・インディアで10年にわたって空力を開発してきたエンジニアのダニエル・マーシャルが加入している。彼は現在、KTMのエアロダイナミクスチームリーダーという立場で、空力開発を推進している。
KTMの空力パーツと言えば、ヘレステストで披露したテールカウルの四角いウイングが印象的だった。少々デカく、「Wi-Fiアンテナ」とまで揶揄されたが、私はテールカウルの空力パーツがリヤタイヤに作用しているとは思わない。もっとマシン全体の空力パッケージとして、タイヤを機能させられるようになっているのだろう。
それでも、そろそろ鉄フレームにも限界を感じ始めているようだ。「フロントタイヤを頼れず、リヤタイヤへの依存度が高い特性」は、特定の条件下では活躍できても、シーズン通して常に上位に食い込むことができない。KTMもついに、アルミフレームの投入を考えているらしい。この写真はペドロサがテストしたものだが、どう見てもアルミフレームのようではないか。真のAクラス入りを果たし、チャンピオンを獲得するために、KTMモそろそろ意地とこだわりを捨てる時期が来ているのかもしれない。
我ながらあまりにマニアックだ……。ここまで何人の方が着いてきてくれているだろうか。上毛グランプリ新聞はPV上等の強気の姿勢なのだが、今のMotoGPマシンはそれぐらい超微々たる違いを競い合っており、それが大きな差になって表れている、ということである。
いきなり全力のマルク・マルケス
KTMの話で盛り上がりすぎたので、最後に短信として2ネタ。フランスGPではマルク・マルケス(ホンダ)が復帰し、走り出しのP1(1回目のフリー走行)でさっそく転んだ……。言っておくが、彼はケガで休んでいたのである、普通なら復帰戦の最初のセッションぐらい、ちょっと様子を見るでしょう。しかしマルケスは、いきなり全開なのである。さらにはP2でも転倒してしまうのだ。
正直、「何も学んでないのかな……」と、残念に感じる面もある。だがそれ以上に、「ああ、この人は一瞬一瞬のすべてに本当に全力なんだな」とも思う。レースしている限り、全力で走るのは当たり前だ。プロのレーシングライダーの誰に聞いたって、「全力で走っています」と答えるだろう。しかし、あらゆる瞬間のあらゆる操作に常に本当に全力を尽くしているかと言えば、そうとは言い切れない。普通の人間には、そんな精神力を保つことは不可能なのだ。
だがマルケスは、本当に全力。言葉はアレだが、バカみたいに全力を尽くし切っている。決勝はごくわずかなブレーキングミスでオーバースピードとなり転倒してしまったが、決してデキがイイとは言えないRC213Vをいきなり表彰台圏内に押し上げてしまうとは、やはりマルケスは人間離れしているとつくづく思った。
フランスGPで優勝したのは、マルコ・ベゼッキ(ドゥカティ)。表彰台をドゥカティのサテライト勢が独占するという、なかなか珍しい結果となった。一方のドゥカティ・ファクトリーのエース、フランチェスコ・バニャイアはマーベリック・ビニャーレス(アプリリア)に巻き込まれる形でリタイヤを喫した。確かに今のレギュレーション下では、ファクトリーマシンとサテライトマシンの差はないに等しいと言ってもいい。だが、チャンピオン争いができるかといえば、なかなか厳しいだろう。
チャンピオンシップは、春から秋にかけて、いろいろな気候のいろいろなレイアウトのサーキットで争われている。だから、いい時もあれば、悪い時もある。サテライトチームでもいい時にハマれば、今回のベゼッキのようにぶっちぎりの独走優勝も可能だ。
だが、問題は悪い時。課題山積みのレースでも、時間は限られている。そんな中でも最大限の結果を出せるかどうかは、結局のところマンパワーに懸かっているのだ。優秀な人材が大勢揃っているファクトリーチームなら、課題クリアのためのアイデアも豊富に生まれるし、それを実走しなくても検証し、効果測定できるだけの環境が整っている。だからシーズンを通してみると、結局はファクトリーチームがチャンピオンを取ることになるのだ。
しかし、今年は……。まだ5戦しか終わっていない段階ではあるが、ポイントランキング10位までに入っているファクトリーライダーは、ドゥカティのバニャイアとKTMのビンダー、そしてアプリリアのビニャーレスとヤマハのファビオ・クアルタラロの4人だけ。あとの6人はサテライトチームのライダーだ。もしかすると、歴史的な下剋上が見られるシーズンになるかもしれない。
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