極めてシビアな戦いの果てに彼らが見たもの、そして得たもの

日本メーカー、かく戦えり【2022 MotoGP Special Graph & Document】

ブレーキングからコーナーエントリーにかけてがYZR-M1の強み。その特性を生かしながら混戦のレースを制するためには、最高速を伸ばすことが大きな課題だった。エンジンから空力パーツまで、すべてを見直した。

最高速、というひとつのキーワードだけを抽出しても、簡単に解決できる問題ではないことが分かる。現在のモトGPマシンはそれほど繊細なバランスの上に成り立っている。

しかし、「全体を見渡しながらバランスを取る」という物言いは、いかにも日本的だ。物事の安定を打ち破り、一定以上の勢いをつけて前進するためには、どうしてもバランスを崩す必要があるが、日本メーカーは「バランスを守りながらバランスを崩し、再びバランスを取る」という方策を選ぶ。つまりは慎重であり、これではどうしても時間がかかる。

ドゥカティがあれやこれやと新技術を投入し続け、短時間でものにしてしまったのとは対照的だ。

ここには、失敗をよしとしない日本人らしいメンタリティが横たわっているように見える。

スズキの佐原は、「ウチはファクトリーの2台のみでしたからね、サテライトチームを有する他メーカーのように、別の仕様を試すことはできません。だから確実にステップを踏むことはとても大事でした。

過去には十分な確認がないままにレースに新技術を投入して失敗した、というトラウマもあります。冒険をしないわけではありませんが、確実性を狙うのは確かですね。」

ホンダ・レーシング開発室長の桒田哲宏も、同じようなことを言う。「安全性や信頼性を確保するためには、どうしても時間がかかるんです。

例えば我々がいち早く採用したシームレス・トランスミッションなども、実は相当に時間をかけて開発しました。ミッションは、万一のことがあればライダーを直接的な危険にさらしてしまうものですからね。

安全を最優先する開発姿勢は、我々が決してなくしてはいけない、削ってはいけない部分だと捉えています。

安全性に関しては、過去に苦い思いもしています。そしてライダーたちは、生身で350km/hで走りながら戦ってくれている。余計な心配をかけないことも、重要な性能のひとつだと考えています。

絶対に大丈夫だというレベルまで仕上げてからレースに持ち込むから、どうしても時間がかかるんです」

過去にスズキのモトGP開発者たちが「石橋を叩いて渡らない、ということも多々ある」と話したものだが、革新的かつ独創的な技術の創出をモットーとしているホンダも、実はまったく同じ属性ということになる。

ヤマハの関も、「日本メーカーは信頼性重視、欧州メーカーはスピード重視という面は少なからずあると思います」と認める。

これはもはやレースエンジニアリングの話ではなく、メーカーとしての姿勢だ。私たちは、日本製バイクに対して揺るぎない信頼を感じる。それは日本メーカーが長年かけて培ってきたものだ。そして造るバイクが量産車だろうがモトGPマシンだろうが、まったく変わることなく適用されている。

だが、欧州メーカーの勢いに追いすがり、追い抜くためには、「レースはレース」という割り切りも必要だ。日本メーカーも、今のままでいいとは決して思っていない。

「開発スピードアップに対する意識が足りなかったのも事実。彼らが3か月で新技術を仕上げてくるなら、我々は今まで通りの信頼性や安全性を担保したうえで、同じ3か月、あるいは2か月半で仕上げるようにしなくてはいけない」とホンダの桒田。

ヤマハの関も「もう少しヨーロッパ的なアプローチをしてもいいのかもしれない。メンバーもそういうマインドになりつつあります」と言う。

レースの現場から、日本メーカーのあり方そのものが変わっていく可能性はある。

※本記事の文責は当該執筆者(もしくはメディア)に属します。※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。