「優勝という最高の形で締めくくることができて、素直にうれしく思いました」と、佐原は振り返る。
急きょレストランを予約し、食事会を執り行った。いつもと変わらない、明るくアットホームな雰囲気で、まるで’23年もそのままモトGP活動が続くかのようだった。
だが、そうではなかった。スズキのレース活動を長きにわたって支え続けてきた叩き上げである河内が、’23年2月のマレーシアテストでは、ホンダのシャツを着てホンダのピットにいる。この違和感は、スズキのモトGP活動の終了を改めて印象づけた。
スズキは’11シーズン終了後にも、いったんモトGP活動を休止している。しかしこの時は休止期間が限定されており、’14年の復帰をめざして水面下ではマシン開発が続けられていた。そして当初予定より1年後ろにずれ込んだものの、’15年にはフル参戦復帰を果たし、’16年には復帰後初優勝を遂げている。
だが今回のスズキからの発表には休止ではなく参戦終了と書かれており、復帰については一切言及されていなかった。そのような状況であれば、スズキのスタッフが他メーカーのチームに移籍することは当然と言えば当然だ。しかしスズキの社員であった河内のホンダへの移籍は、参戦終了という言葉の重みと意味を改めて感じさせるものだった。
ひとりのレースファンとして、スズキ・モトGP撤退の報には衝撃を受けたし、残念にも思った。その一方で、これを経営判断と捉えれば、理解できるところもある。
どのメーカーも世界情勢の変化や環境対策への対応に追われているし、各企業が固有に抱えている問題もある。モトGP参戦により年間数十億単位でかかり続けるコストは、決して小さくはないだろう。
とはいえ、スズキという企業が将来を見据えた全体最適化の流れの一環としてモトGP活動を終了するということは、その活動を通して築き上げたブランドの大きさとそれを失うことの影響を考えれば、非常に大きな覚悟を伴う決断だったはずだ。
モトGPは’09年からタイヤをワンメイク化し、’14年にはエンジンパフォーマンスを司るECUも共通化している。開発コスト高騰を抑え、より多くのメーカーの参戦を促す狙いだ。また、タイヤとエンジンの制御ユニットというバイクにとっての主要パーツを同一にすることで、タイム差を抑え、バトルの多い見応えのあるレースが期待できる。
それらの狙いは概ね達成されており、’12年には3メーカーにまで減少していたファクトリー参戦が、
’22年現在で6メーカーになった。しかもここ4年でホンダ、スズキ、ヤマハ、ドゥカティのライダーがタイトルを分けるといった、白熱の混戦が常態化している。
しかし残念なことに、2輪レースは世界的に見てもまだまだマイナースポーツである。サッカーやバスケットボール、テニス、あるいは同じモータースポーツの4輪F1にも、人気や観客動員数は及ばない。
だからこそ、モトGPを主催するドルナや参加メーカーなどの関係団体が、この先モトGPをより魅力的かつ持続的なものとすべく議論を重ねている。その過程でのスズキの撤退は、本当に惜しまれる事態だ。
また、’22シーズンは、「ドゥカティを始めとした欧州メーカーの勢いがすごい」「それに対して日本メーカーの没落ぶりはひどい」という論調が幅を利かせていたように思う。
確かに欧州メーカーの代表格であるドゥカティは、空力パーツや車高調整機構など、今や主流となっている多くの技術で先鞭をつけた。アプリリアも力強いマシンを造っている。
一方の日本メーカーに目をやれば、ヤマハはファビオ・クアルタラロに2年連続の王座を授けることができず、ホンダはコンストラクターズタイトルで不名誉な最下位となった。そして、スズキは撤退だ。
こうした現象だけを取り上げれば、「日本のメーカー」という言葉から期待するような優位性はすっかりなくなってしまったようにも思える。
しかし世界グランプリ最高峰クラスの歴史を遡れば、全72年のうち日本メーカーは46シーズンに及びライダーズタイトルを獲得している。モトGPと称されるようになった’02年以降の21シーズンに限っても、ドゥカティが’07年と’22年に勝利しているだけで、残りの19シーズンで戴冠しているのは日本車なのだ。
実際のところ、スズキは最後の最後までGSX-RRの優れたパッケージを見せつけることに成功したし、ヤマハは最終戦までドゥカティのフランチェスコ・バニャイアの戴冠を許さなかった。
日本メーカーは、本当に苦戦していると言えるのだろうか。今のモトGPマシンには、いったい何が求められているのだろうか──。
※本記事の文責は当該執筆者(もしくはメディア)に属します。※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
あなたにおすすめの関連記事
今年はシーズン前テストから快調なバニャイア ポルトガル・ポルティマオサーキットでのMotoGP公式テストが行われました。これで開幕前のテストは終了。昨年末のバレンシア、今年2月のマレーシア、そして今回[…]
いいかい? バイクには慣性モーメントが働くんだ 矢継ぎ早に放たれるフレディ・スペンサーの言葉が、 ライディングの真実を語ろうとする熱意によって華やかに彩られる。 めまぐるしく変わる表情。ノートいっぱい[…]
僕のおばあちゃんでも乗れるよ(笑) シニカルな笑顔を浮かべながら、決して多くはない言葉を放り投げてくる。 偽りのない率直な言葉は柔らかい放物線を描き、心の奥まで染み渡る。 かつて4度世界王者になったエ[…]
すごく簡単だったよ、ダートでの走行に比べればね 恐るべき精神力の持ち主。度重なる大ケガから不死鳥のように復活し、強力なライバルがひしめく中、5連覇の偉業を成し遂げた。タフな男の言葉は、意外なほど平易だ[…]
ひとたびこの乗り物を愛し、ライディングを愛してしまったら、もう戻れない この男が「キング」と称されるのは、世界GPで3連覇を達成したからではない。 ロードレースに革新的なライディングスタイルを持ち込ん[…]
最新の関連記事(モトGP)
ポイントを取りこぼしたバニャイアと、シーズンを通して安定していたマルティン MotoGPの2024シーズンが終わりました。1番のサプライズは、ドゥカティ・ファクトリーのフランチェスコ・バニャイアが決勝[…]
最強の刺客・マルケスがやってくる前に みなさん、第19戦マレーシアGP(11月1日~3日)はご覧になりましたよね? ワタシは改めて、「MotoGPライダーはすげえ、ハンパねえ!」と、心から思った。 チ[…]
勝てるはずのないマシンで勝つマルケス、彼がファクトリー入りする前にタイトルを獲りたい2人 MotoGPのタイトル争いに関してコラムを書こうとしたら、最終戦の舞台であるスペイン・バレンシアが集中豪雨によ[…]
Moto2クラスでは初の日本人チャンピオン 日本人ライダーの世界チャンピオン誕生です! ロードレース世界選手権の中排気量クラスとしては青山博一くん以来15年ぶり、2010年に始まったMoto2クラスで[…]
接地感とグリップ力は別のハナシ バイク乗りの皆さんなら、「接地感」という言葉を耳にしたり、口にしたりすることも多いと思う。この「接地感」、言葉通りに受け止めれば「タイヤが路面に接している様子を感じるこ[…]
最新の関連記事(レース)
今シーズンに続き富樫虎太郎選手を起用、新加入は木村隆之介 元MotoGPライダーの中野真矢さんが率いるレーシングチーム「56RACING(56レーシング)」が、2025年のレース活動概要を発表した。 […]
全日本ST1000とASB1000の両カテゴリーを制す! 開幕2連勝を飾り、常にポイントリードし最終戦を待たずにチャンピオンを決めた全日本ST1000クラスに比べ、ARRC ASB1000クラスは、ポ[…]
機密事項が満載のレーシングマシンたち バイクムック”RACERS(レーサーズ)”は、「いま振り返る往年のレーシングマシン」がコンセプト。それぞれの時代を彩った、レーシングマシンを取り上げている。 現在[…]
ポイントを取りこぼしたバニャイアと、シーズンを通して安定していたマルティン MotoGPの2024シーズンが終わりました。1番のサプライズは、ドゥカティ・ファクトリーのフランチェスコ・バニャイアが決勝[…]
プロジェクトの苦しさに相反する“優しい雰囲気” 全日本ロードレース最終戦・鈴鹿、金曜日の午前のセッション、私はサーキットに到着するとまず長島哲太のピットの姿を撮りに行った。プレスルームで初日のスポーツ[…]
人気記事ランキング(全体)
4気筒CBRシリーズの末弟として登場か EICMA 2024が盛況のうちに終了し、各メーカーの2025年モデルが出そろったのち、ホンダが「CBR500R FOUR」なる商標を出願していたことが判明した[…]
2025年こそ直4のヘリテイジネイキッドに期待! カワサキの躍進が著しい。2023年にはEVやハイブリッド、そして2024年には待望のW230&メグロS1が市販化。ひと通り大きな峠を超えた。となれば、[…]
一定以上のスピードの車両を自動的に撮影する「オービス」 結論から言うと、基本的にバイクはオービスに撮影されても捕まらない。そもそもオービスはバイクを取り締まるつもりがない。ただし警察にもメンツがあるか[…]
CB750/900Fと並んで進んでいた、ホンダが大攻勢に賭けた初の新エンジン! どのクルマメーカーもお手上げだったマスキー法という排気ガス規制をクリアして、ホンダが世界に認められたCVCCエンジン開発[…]
一度掴んだ税金は離さない! というお役所論理は、もういいでしょう 12月20日に与党(自民党と公明党)が取りまとめた「令和7年度税制改正大綱」の「令和7年度税制改正大綱の基本的な考え」の3ページ目に「[…]
最新の投稿記事(全体)
どんなUber Eats配達員でも必ず持っている装備といえば、スマートフォン。これがなければ、仕事を始めることすらできません。 そんなスマートフォンですが、太陽が強く照っている日に使うと画面が真っ黒に[…]
今シーズンに続き富樫虎太郎選手を起用、新加入は木村隆之介 元MotoGPライダーの中野真矢さんが率いるレーシングチーム「56RACING(56レーシング)」が、2025年のレース活動概要を発表した。 […]
全日本ST1000とASB1000の両カテゴリーを制す! 開幕2連勝を飾り、常にポイントリードし最終戦を待たずにチャンピオンを決めた全日本ST1000クラスに比べ、ARRC ASB1000クラスは、ポ[…]
一度掴んだ税金は離さない! というお役所論理は、もういいでしょう 12月20日に与党(自民党と公明党)が取りまとめた「令和7年度税制改正大綱」の「令和7年度税制改正大綱の基本的な考え」の3ページ目に「[…]
ヤマハの最先端技術の結晶、それがYZF-R1だ 今からちょうど10年前の2014年11月。イタリアはミラノで開催されたEICMAにおいて、7代目となるヤマハのフラッグシップ“YZF-R1”が華々しくデ[…]