ライダーの胸部を事故や転倒の衝撃から守ってくれる胸部プロテクター。近年は装着率も高まってきたが、ヘルメットのような装着義務があるわけでもなく、安全基準やその選び方など、まだまだ知られていないことも多いと感じる。そこで今回は、胸部プロテクターの必要性や誕生の経緯、現行の安全規格、そして具体的な製品の選び方に至るまで、多くが感じるだろう疑問や不明点を解説してみることにした。これを読めば胸部プロテクター選びの迷いがスッキリ消える!?
頭部より致命傷になりやすい胸/腹部の損傷
バイクの魅力とは何か?それは、風を切る走行感覚やスピード感、さらには4輪に比べて小さいパワーウエイトレシオがもたらす、運動性能の高さや優れた機動性だろう。4輪よりも圧倒的に小さな質量からは、意のままに操り舵をとる感覚や、道路面積に対して小さな占有率が生む解放感も魅力だ。
しかし、これらの魅力はリスクの裏返しでもあり、事故発生時の危険には決して強くない乗り物なのは言うまでもない。では実際に死亡事故が起きてしまった場合の事例を、警視庁のデータから事故統計を見てみよう。
データは最も過密で事故のリスクが高い都内における、2輪死亡事故の致命傷部位を示したもの。事故としては単独と右折時の比率が高いとの結果が出ている。歩行者や4輪を避けようとしての単独転倒や道路外への逸脱、4輪との接触で道路上に放り出されたり、相手に激突してしまった状況などが考えられる。
グラフが示すとおり、致命傷となるのは頭部が35.7%で最も多く(死亡事故の4割にはヘルメットの脱落も含まれる)、続いて胸部が32.1%、さらに腹部が21.4%となっている。胸部と腹部の合計は53.5%と、頭部よりも高い致死率なのだ。
衝突相手の4輪車や、縁石やガードレールなどの構造物に胸部や腹部を強打することにより、折れた肋骨が肺や内臓に刺さったり、内臓破裂などを引き起すなどの深刻な事態を招く。外観ではダメージが見えなくても体内で損傷が起きている場合も多く、特に心臓や肺の損傷は重大な生命危機に直結する。これを防ぎ、被害を最小限に抑えようというのが胸部プロテクターだ。
日本における胸部プロテクターの誕生
ライダーの胸部を守るプロテクターを国内で初めて製品化し、1996年に発売したのはホンダの用品部門であるホンダアクセスだった。これは1994年に警視庁から国内の2輪ウエアメーカーに対して「白バイ隊員を守るプロテクターを開発してほしい」という依頼があったのがきっかけだ。
人間の基幹臓器は頭骸骨や肋骨などで守られていることを参考に、「肋骨を二重に守る骨」をイメージして開発されたというが、いくら丈夫でも剣道の「胴」や「甲冑」ではバイクに乗りにくい。そこで考えられたのが、軽量で衝撃に強く装着性にも優れた樹脂を用いた製品だった。
ホンダアクセスが採用した素材は、自動車のバンパーなどにも使用されるポリプロピレンを中空成形したもので、耐衝撃性と成型の自由度が大きいのが特徴。当初はプロテクター入りのベストをジャケットの下に着込むタイプだったが、後に取り付けボタンを装備してジャケットに直接プロテクターを固定できるようになり、さらにジャケットの脱ぎ着を妨げないよう、ファスナー部で左右に分割できるタイプへと進化。
ホンダではこの思想を他メーカーにも積極的に呼びかけ、取り付けボタン寸法の共通化など、メーカーを超えての普及に注力。国内の胸部プロテクター市場に先鞭を付ける役目を果たしている。
胸部プロテクターの安全規格「CE規格」を知ろう
胸部プロテクターはヘルメットと異なり、装着の義務はない。それゆえ必須となる製品規格も存在しないが、現在国内の主要2輪ウエアメーカーでは、EUの指定製品基準・CEで定められた2輪車用プロテクター規格「EN1621-3」を採用する例が多い。これは胸部プロテクターを対象とした規格で、他には、肩・肘・膝・臀部の「EN1621-1」、背中の「EN1621-2」、エアバッグの「EN1621-4」といった規格が存在する。
今回話題としている胸部プロテクターのレギュレーション「EN1621-3」では、
①乗員への保護面積(人体に合った充分な胸部面積を保護しているか)
②人間工学への適応(人間工学やライディングギアとして適切か)
③衝撃吸収性能(人体に伝わる衝撃を吸収・減少させられるか)
④面剛性性能(衝撃や変形を「点から面」に変換し分散させられるか)
⑤加湿条件での性能(濡れても同様の性能を発揮できるか)
の5項目がそれぞれ評価される。さらにEN1621-3にはレベル1とレベル2というふたつのグレードが設けられており、レベル1は①②③と⑤を、レベル2はそこに④の面剛性性能を追加した評価内容となっている。
これらのテストはヘルメットとは異なり、日本国内に承認機関が存在しないため、海外の承認機関にサンプルを送って試験を行っている。テストの具体的な手法や規格は一般向けの公開が制限されているため、残念ながらここでは解説できないが、ジャンルとしてはヘルメットの試験法と似ている部分もあるので、興味のある方はJIS規格の「JIS T8133 乗車用ヘルメット」を検索すればイメージは読み取れるはずだ。
また、CE規格については今回、2輪ウエアメーカーのRSタイチに話を伺ったが、同社の胸部プロテクターにはEN1621-3の前に「pr」と入る製品が存在する。このprは「以前の」といった意味の英語「pre(プレ)」のことで、CEが胸部プロテクター規格の正式発効に先立ち、2015年に発表した暫定スペックであることを表している。
これは数値的にほとんど変更されることなく、2020年にprを省いた「EN1621-3」が正式発効されたが、RSタイチに「pr」付きの製品が多く存在することは、5年以上前からCE 規格を積極的に取り入れた胸部プロテクター開発を行っていたことを意味している。国産他社に先駆けてCEを基準としていた、同社のこの姿勢は評価に値するだろう。
また、胸部プロテクターに関しては、市販マフラーの認証でお馴染みのJMCA(全国二輪車用品連合会)が、CE規格に合致した製品を推奨する活動を2016年8月から行なっている。ロゴマーク内の星の数が保護能力を表しており、星1つは先述したCEのレベル1に、2つならレベル2に相当することを意味している。
どう選ぶ? 胸部プロテクター
まずは所有しているジャケットの内側を見てみよう。胸ファスナー内側の左右にボタンが数個並んでいれば、現在国内で販売されているほとんどのプロテクターが取り付け可能なはずである。このボタンがない場合はジャケットの下に着るベスト型を選ぶか、またはプロテクター対応のジャケットに買い換える必要がある。最近は胸部プロテクターを標準装備したジャケットもあるので、こちらもお勧めだ。
次に保護性能だが、安全性を求めて購入するのだから、先に記したようにJMCAも推奨しているCE規格(EN1621-3)相当の製品を選ぶのが安心だろう。これもレベル2の製品を選べばより高い安全性が得られるはずだ。
最後は形状だ。当然、面積が広く大きなプロテクターが保護範囲も広く、万が一の際も効果を期待出来るが、自分の体型や使用時の装着感など、ライディング時の自由度を考慮することも重要だ。せっかく装着してもライディング中に辛い思いをするのでは意味がない。友人や知人が使っていれば試着してみるのも良策だろう。
近年は中央部で左右に分割でき、ジャケットの脱ぎ着を容易にしたタイプや、女性用に胸部の形状を変えた商品などバリエーションも増加している。着用のひと手間はあるものの、致死率部位の50%以上を保護出来る事を意識して、より安全なバイクライフを楽しみたい。
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