「第45回東京モーターショー2017」のヤマハ発動機ブースは、ある1台のモビリティにより、近未来を想像してワクワクできる空間としての濃度を高めていた。MOTOROiD(モトロイド)こそがそのバイク。あれから早くも2年が経過したいま、自律するバイクが誕生した思想的背景を振り返り、この2年間で獲得した数々の功績について紹介しよう!
あのとき、現在~未来の方向性を示していたMOTOROiD
思い返せば2015年のヤマハ発動機ブースも、2017年と同様に、近未来を感じさせる技術で熱を帯びていた。スーパースポーツのYZF-R1Mを操る、ヒト型自律ライディングロボットのMOTOBOT(モトボット)。モーターサイクルに自動運転技術が必要かという根本的議論はともかくとして、これほどまで人々をワクワクさせるような未来感があり、しかもすでに走行実験までたどり着いている最新技術がお披露目されるというのは、近年の東京モーターショーではそれほど多くあることではない。このモトボットは、2017年に進化版のver.2(バージョン2)が披露され、バレンティーノ・ロッシ選手のサーキットラップタイムを目指して奮闘する模様が映像でも紹介された。
一方、このモトボットとはまったく異なるプロジェクトとして、モーターサイクルの自律をテーマにした研究開発が進められ、その成果が2017年のヤマハブースで世界初公開された。それが、AIと自立機構を備えたMOTOROiD(モトロイド)。「転ばずに二輪車を走らせる」という点においてモトボットとモトロイドは同じなので、混同している人もいるかもしれないが、両者は誕生の背景からコンセプト、未来発展の方向性まで、すべてがまるで異なる技術だ。
ほぼ改造を加えていない既存のモーターサイクルを運転するヒト型のモトボットに対して、モトロイドは二輪車そのもの。つまり、運転席に人が乗れるという点でモトボットとはまず違う。が、そもそも「自律するバイク」や「転ばないバイク」や「自動で走るバイク」をつくることがモトロイドの出発点ではない。これに関して、モトロイドの研究に関するプロジェクトリーダーを務めた浅村欣司さんはこう話す。
「モトロイドは量産開発ではなくコンセプトモデルですが、その中で『今までに見たことがない“モノ”を作り、世界に発信すること』を重視しました。ヤマハ発動機には、『人機官能』という独自の開発思想があり、モノづくりにおける太い骨格となっています。これは、人間と機械を高次元で一体化させることで、人の悦びや興奮をつくる技術だと私は考えていますが、これを具現化するためにはどうしたらよいかというのが、根本的な出発点です。では、人の官能が最大化するのはどのような相手か? 我々は、モノではなく生き物と対峙したときのほうが、深い官能を得られると考えました。つまりモーターサイクルを生き物のように捉えられるようになれば、人機官能はより高いレベルで実現できるという構想。最終的に『人とマシンが共響するパーソナルモビリティ』をコンセプトに掲げましたが、生き物のようなモーターサイクルの具現化というのが、我々のスタートラインなんです」
目指したのは「モビリティの生き物化」だった
東京モーターショー2017における柳社長(現会長)のスピーチ。「ひとり」と数えている点に注目。
東京モーターショーの会場で、あるいはインターネットなどでの動画で、モトロイドのデモンストレーションを見たことがある二輪ファンも多いだろう。オーナーに呼ばれたモトロイドは、身をよじらせながら起き上がり、サイドスタンドを収納して自立し、AI(人工知能)による顔とジェスチャーの認識機能により、手招きすると近づき、手をかざすと停止し、あるいは手を払うことで後退する。この動作を機械として分析しようとすれば、自立とAI認識ばかりに注目してしまいがちだが、この技術を披露するためにモトロイドがつくられたわけではなく、「モビリティの生き物化」という壮大なテーマと向き合ったとき、生き物は自律していて当然というスタンスからこれらの機能が盛り込まれた、という理解のほうが正しいのだ。
じつは今回の取材で、筆者はモトロイドと触れ合う機会を得た。5mほど向こうで自立するモトロイドに手招きすると、ゆっくりと筆者に近づき、手をかざすとその場に止まる。文字にすればただこれだけの動作なのだが、そこにはペットの犬や猫……を飼ったことはないが知人宅でそれらとスキンシップしたときのような、愛くるしさがあった。取材を終えてコミュニケーションプラザを去る際には、「連れて帰れないけど、連れて帰りたい!」という感情まで沸き起こった。バイクはときに鉄馬と呼ばれ、一方で我々は自分が乗るバイクを愛車と言う。モトロイドを表現するなら、間違いなく愛馬である。
ところで、前述のようにモトロイドはコンセプトモデルであり、これが市販化されるわけではない。しかし東京モーターショー2017のプレスカンファレンスで、当時の社長を務めていた柳弘之さん(2018年1月からは会長職)が「将来、ライダー支援技術や先進的安全技術、あるいは人と機械の一体感という新たな価値をつくりだす要素を研究開発しながら、成長していくと思います」と話したように、いつの日かモトロイドの自律機能やAI認識技術から発展した機能が、量産市販車に盛り込まれる日が来るかもしれない。例えば多くのライダーが望む、立ちゴケしないバイクとして……。しかしその日を迎えるのには、まだずいぶん長い時間を必要としそうだ。
だが一方で、このモトロイドをルーツとして、すでに量産市販車や次なるコンセプトモデルの開発に取り入れられているものも、じつはある。浅村さんは、そのひとつをこう話す。
「ヤマハ発動機は2017年の初めに、新たなデザイン拠点としてイノベーションセンターをオープンしました。これは、デザイナーがエンジニアと共創する環境をつくることで、両者が一緒にアイディアを生みだしながらイノベーションを喚起することをテーマとした、開放的なスペースです。モトロイドの本格的なデザイン着手は、ちょうどこのイノベーションセンターが開設されたのと時期がリンクしており、ヤマハ発動機としての新たな試みとなったイノベーションセンターの第1号機がモトロイド。企画・設計・実験・デザイナーを1ヵ所に集めた、いわゆる大部屋化による開発です。それに加えてモトロイドでは、オープンイノベーションも取り入れました。簡単に表現するなら、『必要な技術が社内で得られなければ、外部技術を活用しよう』という考え方。現在、このような開発手法は社内でどんどん受け入れられるようになって、具体的には申し上げられませんが、広がりを見せています」
「何を言っているかわからない」からイノベーションは始まった
モトロイドのオープンイノベーションということでは、AIに関して外部の知見を活用。バッテリーやアクチュエータに関しても、他社の協力を得ているという。これらは、ヤマハ社内にも携わっている研究者はいるが、量産開発などを担当していて時間を得られないなどの背景もあったようだ。しかしイノベーションセンターは、開設当初からすぐに新たな革新をもたらしたわけではなさそう。浅村さんは、活動当初をこう振り返る。
「メンバーを大部屋に集めて、企画を説明しました。『バイクが自分で立って、手招きすると寄ってくる』というように。すると、『何を言っているのか意味がわからない!』というのが、みんなの第一声でした。まあ、集まった段階ではみんなのベクトルが完全にバラバラでした。モーターショーまでの開発期間もかなり短かったので、より一層そういう反応になったのだと思いますが……」
ただし、モトロイドのデザインを担当した一人である神谷徳彦さんは、「たしかに最初は、何を言っているのかまるで理解できない状態でしたが、イノベーションセンターでエンジニアとデザイナーが一緒に開発するということに関して、戸惑いのようなことは一切ありませんでした。むしろ、両者が密な関係でないと、なかなか開発は進みません。現代はインターネット環境なども発達していますが、面と向かって話す方が圧倒的に効率的な部分もあります」という。ちなみに、「2017年前半は我々だけで使い放題というような状態だったイノベーションセンターの大部屋は、そんな当時がウソのように賑わっています」と浅村さん。モトロイドを生んだイノベーションセンターは、確実にヤマハ発動機の社内に浸透した。
そして、オープンイノベーションと並びもうひとつモトロイド開発でトライしたのは、設計図の三次元処理化だ。
「これまでヤマハでは、設計図を二次元で作成していたのですが、モトロイドでは三次元図+これを補う簡易二次元図にトライしました。例えば一般的な二輪車用フレームの場合、メインフレームの二次元図面を作成するのに相当数の時間を要します。三次元で製作することが前提のモノを、二次元で描くわけですから……。ところがこれを三次元データを元に二次元図面を簡略化すれば、二次元図面は1/10くらいに時間が短縮されて、そのぶん開発スピードは大幅アップ。そのままNCで使えるくらいのデータ品質にしておけば、細かい寸法は記載が省けるし、意匠もそこに盛り込めます。三次元化によって高度なCADのオペレーション技術が求められますが、現在ではモデリングチームというのを社内に設立して対応しています。設計者は仕様を考える人で、データを作成するのはモデリングチーム。業務を分担することで、お互いの効率を上げています。この取り組みも、具体的事例としてはモトロイドでトライして、現在は量産市販車開発にも広がりを見せています」
浅村さんが挙げてくれたように、じつはモトロイドの研究開発で培われた“技術”のいくつかは、すでにヤマハ量産市販車にフィードバックされようとしている。バイクがペットになる日は遠くても、モトロイドの技術に触れられるチャンスはすぐそばにあるのだ。
●文:田宮徹
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