
元MotoGPライダーの青木宣篤さんがお届けするマニアックなレース記事が上毛グランプリ新聞。1997年にGP500でルーキーイヤーながらランキング3位に入ったほか、プロトンKRやスズキでモトGPマシンの開発ライダーとして長年にわたって知見を蓄えてきたのがノブ青木こと青木宣篤さんだ。WEBヤングマシンで監修を務める「上毛GP新聞」。第34回はMotoGP、日本メーカーの2025年シーズンを総括していく。
●監修:青木宣篤 ●まとめ:高橋剛 ●写真:ミシュラン
車体剛性を見極めるホンダ、V4を投入するヤマハ
ホンダは終盤にやや盛り返した感もあったが、依然不安定だ。それでもシャシーはだいぶよくなった。恐らく車体剛性のカンを押さえることができてきて、剛性を落とすべきところ、落としても大丈夫なところが見極められるようになったのだろう。
テクニカルディレクターに、ロマーノ・アルベシアーノを登用したのも大きい。彼がもともとアプリリアのテクニカルディレクターだったこともあり、ホンダRC213Vのカーボン製スイングアームは、アプリリア用を手がけているカーボン屋さんにオーダーしているようだ。
当然、そのカーボン屋さんはアプリリアでの開発経験から知見を貯えているわけで、ホンダにとっても少なからずポジティブな効果があるはずだ。細かい点だが、アプリリアRS-GPは、完全にフルカーボン製のスイングアームを使用。一方のホンダは、カーボンスイングアームでもアクスルシャフトの受け部分がアルミ&カーボンの、言わばハイブリッド品を使っている。
完全フルカーボン製の方が剛性の塩梅はいいのだが、アクスルシャフトの受け部分はかなり力がかかる部分なので、耐久性に心配が出てくる。そこでホンダは該当箇所にアルミを用いるハイブリッド品にしていたのだ。しかし最近は完全フルカーボン製スイングアームをチョイス。欧州メーカーのいい意味でのアバウトさが採り入れられているのだ。もちろんこういった開発姿勢には常に良し悪しはあるが、勝とうとするなら今までとは違った領域に足を踏み入れる「攻め」も大事だろう。
攻めという点では、ヤマハのV4エンジンにも触れてなければなるまい。V4エンジンはまだ開発途上ということで、信頼性を担保するためにパワーを絞っているが、それを差し引いてもライダーからの評判はよくない。彼らのコメントをまとめると、パワーよりも重量配分に不満を抱いているようだ。
ヤマハのお家芸でもあった直4エンジンは、文字どおり4つの気筒がまっすぐ横並びになっており、全体的に前寄りで、フロントタイヤに荷重がかかりやすい。ざっくり言えば、フロント命のマシンだ。そこへきてV型になると、前2気筒、後ろ2気筒になり、荷重が分散する。よく言えば前後バランスが取れるのだが、悪く言えば今までの武器だったフロントへの荷重は損なわれることになる。
ただ、これはあくまでも理屈の上での話。ライダーたちが実際にどの点にコンプレインを感じているのかが明らかになるのは、もう少し時間がかかりそうだ。というのは、直列とV型の差は、皆さんが想像するほどは大きくない「微妙な差」だからだ。
直4もV4も目的地は同じ
ワタシ自身、スズキMotoGP開発ライダーとして、V4のGSV-Rから直4のGSX-RRへのスイッチを経験している。今回のヤマハとは逆パターンではあるが、まぁ同じことだ。あの当時を振り返ると、直4とV4という気筒配列による差は、それほど感じられなかった。興味津々の皆さんの好奇心を削ぐようで恐縮だが、乗り手の素直なインプレッションとしては、直4もV4も大差ない。
コロナ禍の影響を受け、変則的なシーズンとなってしまった2020年のモトGPにおいて、創立100周年/世界GP参戦60周年という節目の年を迎えたスズキがライダー&チームタイトルを獲得した。写真は王者となったジョアン・ミルが走らせたGSX-RR(直4)だ。
当時のワタシには、ハンドリングの差もエンジン特性の差も感じられなかった。というのは、どっちにしても「意のままになるハンドリング」「スロットルワークに対するリニアなエンジンレスポンス」を目的地にピンピンに突き詰めた設計をするので、結局は同じところに行き着くからだ。
当時のスズキは、MotoGP参戦そのものを再開するために、量産車とのフィードバックが見込みやすい直4エンジンを選んだ。これはもう、エンジニアリング側の決定ではなく、経営的な判断ということになる。そして実際に直4でV4勢を向こうに回してしっかりチャンピオンまで獲得したのだから、「大差なし」というワタシのインプレッションもあながち間違っていなかった、ということになる。
ただし、これはもうだいぶ前のことだし(V4→直4へのスイッチは’15年)、ワタシのインプレッションもあくまでも開発ライダーがテストコースを走るレベルでの話。今のMotoGPは当時よりさらに先鋭化していて、ごくごくわずかな劣勢も許されない。そういった意味では、今まで直4エンジンの搭載を前提としてマシン作りを行ってきたヤマハが、V4エンジンにスイッチしたからと言ってすぐにはうまく行かないのも頷ける。だが、やるしかないのだ。
つまりここでも、日本メーカーが今までの考え方を捨てて、まったく新しい領域に足を踏み入れようとしている。MotoGPで勝つのは、そう簡単ではないのだ……。
2025年 MotoGP開幕戦・タイGP
マシンの変遷の参考にどうぞ。
2025年MotoGP・最終戦バレンシアGP
バレンシア公式テスト
最終戦の2日後に行われたテストの模様。ヤマハは来シーズンからV4に切り替わることを見据えたテストになっている。レギュラーシーズンに比べてアングルの揃った写真が少ない点にはご容赦ください。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
最新の関連記事([連載] 青木宣篤の上毛GP新聞)
バニャイアにとって「新しいモノはいいモノ」じゃなかった MotoGPマシンがあまりにも速くなりすぎたこともあって、再来年にはレギュレーションが大きく改定されることになった。 エンジンは850ccに、空[…]
KTMの進化ポイントを推測する 第17戦日本GPでマルク・マルケスがチャンピオンを獲得した。ウイニングランとセレブレーションは感動的で、場内放送で解説をしていたワタシも言葉が出なかった。何度もタイトル[…]
MotoGPライダーのポテンシャルが剝き出しになったトップ10トライアル 今年の鈴鹿8耐で注目を集めたのは、MotoGPおよびスーパーバイク世界選手権(SBK)ライダーの参戦だ。Honda HRCはM[…]
15周を走った後の速さにフォーカスしているホンダ 予想通りと言えば予想通りの結果に終わった、今年の鈴鹿8耐。下馬評通りにHonda HRCが優勝し、4連覇を達成した。イケル・レクオーナが負傷により参戦[…]
電子制御スロットルにアナログなワイヤーを遣うベテラン勢 最近のMotoGPでちょっと話題になったのが、電子制御スロットルだ。電制スロットルは、もはやスイッチ。スロットルレバーの開け閉めを角度センサーが[…]
最新の関連記事(モトGP)
ホンダのレース会社であるホンダ・レーシングと、スポーツ用品の国内大手メーカーであるミズノは、ユニフォーム供給に関するパートナーシップ契約を締結したと発表した。 これにより、HRCスタッフは2026年か[…]
バニャイアにとって「新しいモノはいいモノ」じゃなかった MotoGPマシンがあまりにも速くなりすぎたこともあって、再来年にはレギュレーションが大きく改定されることになった。 エンジンは850ccに、空[…]
1度しか獲れなかったチャンピオン、でも得たものは大きかった 前回の続きです。これは僕の失敗談ですが、’95年、オランダGPの予選でのこと。すでにいいタイムを出していた僕に対して、監督のウェイン・レイニ[…]
KTMの進化ポイントを推測する 第17戦日本GPでマルク・マルケスがチャンピオンを獲得した。ウイニングランとセレブレーションは感動的で、場内放送で解説をしていたワタシも言葉が出なかった。何度もタイトル[…]
ときには諦めるしかないことも ドゥカティのファクトリーチームであるDucati Lenovo Teamのマルク・マルケスがチャンピオンを取り、チームメイトのフランチェスコ・バニャイアがランキング5位に[…]
人気記事ランキング(全体)
3Mシンサレート採用の4層構造で冬走行の冷えを軽減する 本商品は、防風ポリエステル生地/3Mシンサレート中綿/裏起毛の4層構造で手全体を効率よく保温する設計。一般的なポリエステル綿と比べて中綿が軽く、[…]
バイク整備は、だいたい汚れとの戦いから始まる バイク整備をしていて、より深く分解していくと避けて通れないのがグリスやオイルの汚れです。今回の場合は古いモンキーのフロントフォーク。オイルは入っていない代[…]
4気筒CBR250との棲み分けでさらに長期モデル化の一途へ! ホンダが1982年5月にリリースしたVT250Fは、パワフルな2スト勢に対抗できる唯一の存在として瞬く間に10万台を突破するベストセラーと[…]
16か所発熱で走行中の冷えポイントを広くカバーする 冬の走行時にとくに冷えやすいのが、肩/背中/腹部などの体幹部である。本モデルは16か所にヒーターを内蔵しており、一般的な電熱ベストより発熱面積が広い[…]
16日間で211万着の「メディヒール」が物量攻勢で復活 ワークマンが展開するPBリカバリーウェア「MEDIHEAL(メディヒール)」シリーズが、いま爆発的なヒットを記録している。2026年、秋冬商戦に[…]
最新の投稿記事(全体)
車体剛性を見極めるホンダ、V4を投入するヤマハ ホンダは終盤にやや盛り返した感もあったが、依然不安定だ。それでもシャシーはだいぶよくなった。恐らく車体剛性のカンを押さえることができてきて、剛性を落とす[…]
来年10月から首都高料金が1割値上げか? 12月24日、首都高速道路公団は来年10月から料金を改定(値上げ)する案を発表しました。 これは、今年の10月に設置された「首都高の持続可能な道路サービスに関[…]
美しく静かな4秒間 1990年くらいから、撮影の場をWGP(現MotoGP)からF1にシフトし始めた。F1撮影歴が100戦を超えた、1999年F1イタリアGPの予選でのことだ。ジョーダン・無限ホンダの[…]
〈1988年8月〉SR400[3HT1]/500[3GW1]:負圧式キャブ採用 負圧式BSTキャブレターに変更して始動性や加速性を向上。カムシャフトも変更して、扱いやすさを高めた。エアボックスの容量ア[…]
GSX-Rで培ったフラッグシップでもライダーに優しい高次元ハンドリングを追求! 1999年にデビューしたスズキGSX1300R HAYABUSAは、いまも最新世代がカタログにラインアップされるロングラ[…]
- 1
- 2





























































