
1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第122回は、東京モーターサイクルショーで強烈に感じたというレースへの危機感について。
TEXT: Go TAKAHASHI PHOTO: Red Bull
リスクの高いスポーツは社会に受け入れられない……?
3月末、日本にいた僕は東京モーターサイクルショー(TMS)にお邪魔しました。会場を回りながら肌で感じたのは、「レース、やばいぞ……」ということでした。うまく伝えられるか自信がないのですが、バイクの一大イベントであるTMSの場でさえ、レースというものの存在感が薄れているのを感じたんです。10年前にもすでにそういう傾向はありましたが、今年はその傾向をさらに強く感じました。
ここから先は僕の私見に過ぎません。「だからどうしたらいいのか」というアイデアも今のところないのですが、何かのヒントになればと思いながら書き進めてみます。
僕自身は完全にレース畑で育ってきた人間ですから、否定はしたくありません。もちろん、「どうにか盛り上がってほしい」と願っています。でも、TMSで強く感じたのは、レースそのものが今の時代に合わせてもっともっと変わらないといけないのかな、ということでした。
四輪、二輪に限らず、世界や日本のモータースポーツは、未来にどう対応していくかを模索しています。バイオ燃料などを使用してカーボンニュートラルの実現をめざしていますし、TMSでもスズキが「Team SUZUKI CN CHALLENGE」として鈴鹿8耐に参戦することを発表しました。再生可能なアイテムを多用して、持続可能性を追求する、ということのようです。
ですが、僕がTMSで感じたのは、それではとても済まないような危機感でした。内燃機関自体がどうなるか分かりませんし、レースのようなリスクの高いスポーツはもはや社会に受け入れられていないのではないか、とも思ったんです。
本当にうまく言えなくてもどかしいのですが、今のレースの形にこだわりすぎると、モータースポーツ自体が消滅してしまうのではないか、と恐れています。
お客さんが求める価値が変わってきているのでは
問題点はいくつもあります。ひとつは、さっきも書いたようにリスクが高いこと。スピードはレースの大きな魅力のひとつですが、その代償がライダーの命になるようではいけません。そんなスポーツが許されるはずがない。今は空力デバイスを含めまだまだ速さを追求している状態ですが、もっと安全性を高める方向の技術開発に力を入れてもいいのではないか、と思います。
「速さ」という価値観は、もう世の中であまり求められていないのではないか、と感じます。それよりも安全であることの方が、よほど大事です。最高峰の技術を使っているなら、ライダーも最高に守られてしかるべきではないでしょうか。
もうひとつは、お客さんがサーキットに足を運ぶ価値のあるスポーツになっているかどうか、です。今さらの話ですが、サーキットの観客席にいると、全周を見渡すことはできません。今はスマホを活用して現地でも情報を得やすくなってはいますが、どこで何が起きているかを知るには、家でパソコンの前にいた方がよほどいい。
スペインのバレンシアサーキットのようにコンパクトにまとめられているコースなら別ですが、目の前を一瞬だけ通り過ぎるマシンを見て喜んでいただけるのは、ほんの一握りの熱狂的なファンの方だけではないでしょうか。レースイベント全体を見直して、現地に来なければ味わえない楽しさや、サーキットならではの付加価値を持たせた方がいいと僕は思います。
四輪と二輪ではファン層がだいぶ違う
最初に書いたように、今の時点では僕にも「じゃあどうすればいいか」というアイデアがないので、ものすごく心苦しいのは確かです。すでにいろんな取り組みが行われていることも知っています。でも僕としては、もっと本気で課題に向き合わなければいけないんじゃないか、と思う。「今のままではモータースポーツが終わってしまう」と強く訴えたいんです。
鈴鹿で行われたF1日本GPは、大盛況でしたよね。ちょうどF1のオーナー企業であるリバティ・メディアが、MotoGPのプロモーターであるドルナスポーツを買収して話題になりましたが、果たしてどうなることか……。
というのは、同じモータースポーツでも四輪と二輪ではファン層がだいぶ違うからです。MotoGPは観客数の減少が深刻になっていますが、聞くところによると観戦チケットの値上げがかなり利いたそうです。二輪レースファンは若年層が多かったり、そもそもの客層が違うのでしょう。
リバティ・メディアがMotoGPに対してどんな戦略を立てるか分かりませんが、F1のように選手権のブランド力を高めるためにさらにチケットを値上げするようなことをすれば、あまり明るい未来は見込めなさそうです。
また、F1やMotoGPといった最高峰クラスだけが盛り上がってしまうのも、あまり健全とは思えません。実際問題として、MotoGPの人気と全日本ロードの人気はまったく別物。真面目に、真剣に取り組むなら、やはりモータースポーツ全体をどう構築したらいいかを考えるべきでしょう。
ちょっと別の話になりますが……。TMSで聞いた話では、ショーに来ている人には免許を持っていない人も少なくないそうですね。「ショップに行くと、やれ『免許を取れ』だの『バイクを買え』だの言われそうで、気軽にバイクを見ることができない。だからこういうショーに来る」ということだとか。
驚きますよね。僕たちの世代の方たちは、油っぽいバイク屋さんに行って、何なら店主のオヤジに叱られたりしながら、結局バイクを売ってもらえなかったりしたものですよね(笑)。本当に時代は変わったんだな、と思います。
レースも、そしてもちろんバイクそのものも、どんどん変わっていかなければ時代に置いてけぼりされて、終わってしまう。前回のコラムに書きましたが、ペドロ・アコスタのような圧倒的な才能が出てくる世界なのに、社会的な認知度が高まらないまま消滅していきそうで、もったいない。
繰り返しになりますが、僕はバイクのレースで生きてきた人間です。今は危機感を感じながら焦っているだけですが、誰かいいアイデアを考えてくれないかな、と思っています。自分がやってきたままのレースを観てほしい、という思いはもちろんありますが、昔のままでいいはずがありません。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
最新の関連記事([連載] 元世界GP王者・原田哲也のバイクトーク)
上田昇さんとダニと3人で、イタリア語でいろいろ聞いた 先日、ダイネーゼ大阪のオープニングセレモニーに行ってきました。ゲストライダーは、なんとダニ・ペドロサ。豪華ですよね! 今回は、ダニとの裏話をご紹介[…]
15番手からスタートして8位でフィニッシュした小椋藍 モナコでロリス(カピロッシ)と食事をしていたら、小椋藍くんの話題になりました。「彼は本当にすごいライダーだね!」と、ロリスは大絶賛。「ダイジロウ・[…]
マルケスがファクトリーマシンを手に入れたら…… MotoGP開幕戦・タイGPで優勝したマルク・マルケスは、圧巻の強さでしたね。7周目に、タイヤの内圧が下がりすぎないよう弟のアレックス・マルケスを先に行[…]
『状況によって』と予想はしたが── 前回のコラムで「状況によってはトップ5に入る」と予想していた、小椋藍くん。MotoGP開幕戦・タイGPで、本当にやってくれました! 土曜日のスプリントレースが4位、[…]
伸び伸びとテストできるサテライト、開発が大変なファクトリー 前回は、「自分に合ったマシンを作ってもらえるかどうか」という話からずいぶん脱線してしまいました(笑)。「自分に合ったマシンを作ってもらえるか[…]
最新の関連記事(モトGP)
XSR900GPとの組み合わせでよみがえる”フォーサイト” ベテラン、若手を問わずモリワキのブースで注目したのは、1980年代のモリワキを代表するマフラー、「FORESIGHT(フォーサイト)」の復活[…]
上田昇さんとダニと3人で、イタリア語でいろいろ聞いた 先日、ダイネーゼ大阪のオープニングセレモニーに行ってきました。ゲストライダーは、なんとダニ・ペドロサ。豪華ですよね! 今回は、ダニとの裏話をご紹介[…]
マシンの能力を超えた次元で走らせるマルケス、ゆえに…… 第2戦アルゼンチンGPでは、マルク・マルケス(兄)が意外にも全力だった。アレックス・マルケス(弟)が想像以上に速かったからだ。第1戦タイGPは、[…]
なんと“MotoGP全サーキット”を100均ハンガーで再現! 筆者はまったく門外漢なのですが、なんでも鉄道ファンには「乗り鉄」「撮り鉄」「模型鉄」など、趣味や嗜好によって、たくさんの棲み分けがあるんだ[…]
15番手からスタートして8位でフィニッシュした小椋藍 モナコでロリス(カピロッシ)と食事をしていたら、小椋藍くんの話題になりました。「彼は本当にすごいライダーだね!」と、ロリスは大絶賛。「ダイジロウ・[…]
人気記事ランキング(全体)
2005年に新しいフラッグシップとして東京モーターショーに出現! 2005年の東京モーターショーに、スズキは突如6気筒のコンセプトモデルをリリースした。 その名はSTRATOSPHERE(ストラトスフ[…]
フルフェイスが万能というわけでもない ライダーにとって必需品であるヘルメット。みなさんは、どういった基準でヘルメットを選んでいますか。安全性やデザイン、機能性等、選ぶポイントはいろいろありますよね。 […]
Mio MiVue M802WD:記録に特化したベーシックモデル 「いつも安全運転に徹しているし、自分が事故やアクシデントに遭遇することはない」と信じていられるほど、現実世界は甘いものではない。万が一[…]
日本に存在する色とりどりの特殊車両たち 警察車両である白バイ以外にも取締りや犯罪抑止のためのオートバイが存在しています。それは、黒バイ、青バイ、赤バイ、黄バイと言われる4種のオートバイたち。意外と知ら[…]
Z1から11年を経た”新基準”【カワサキGPz900R】 カワサキが水冷6気筒のZ1300を発売したのは1979年だったが、この頃からすでにZ1系に代わる次世代フラッグシップが模索されていた。 Zに改[…]
最新の投稿記事(全体)
126~250ccスクーターは16歳から取得可能な“AT限定普通二輪免許”で運転できる 250ccクラス(軽二輪)のスクーターを運転できるのは「AT限定普通二輪免許」もしくは「普通二輪免許」以上だ。 […]
GT+にはY-AMTを標準装備 ヤマハは、今夏発売と予告していた新型「TRACER9 GT+ Y-AMT」を2025年5月28日に発売すると正式発表。今世代のトレーサー9 GTシリーズでモーターサイク[…]
バイクいじりの教科書として愛され続けるホンダ原付50ccモデル スーパーカブ/モンキー/ゴリラ/DAX/JAZZなど、数あるホンダ50ccモデルで多くのライダーに親しまれてきたのが「横型」と呼ばれるエ[…]
車体色が圧倒的に黒が主流の中に、ひとり華麗な光を放っていたヤマハ! このYDS1は1959年のヤマハ初のスーパースポーツ。パイプフレームに2ストローク250cc2気筒を搭載した、創成期のレースから生ま[…]
昭和レトロな芳香剤に新作が登場 株式会社ダイヤケミカルが製造/販売する、長年愛され続けている芳香剤「くるまにポピー」。中高年世代にとっては「く〜るまにポピー♪」のフレーズでおなじみであろう。1978年[…]