
元MotoGPライダーの青木宣篤さんがお届けするマニアックなレース記事が上毛グランプリ新聞。1997年にGP500でルーキーイヤーながらランキング3位に入ったほか、プロトンKRやスズキでモトGPマシンの開発ライダーとして長年にわたって知見を蓄えてきたのがノブ青木こと青木宣篤さんだ。WEBヤングマシンで監修を務める「上毛GP新聞」今回で10回目。第9回に続いて、MotoGP開幕前に押さえておきたいマルク・マルケスの現在地や各メーカーの開発の進み具合についてお届けしよう。
●監修:青木宣篤 ●まとめ:高橋剛 ●写真:Michelin, Red Bull
マルケスはマシンの限界まで下りていかなければならない
〈前編「昔と今のライダーはどっちが凄い? K.ロバーツと現代っ子ライダーの共通点」はこちら〉
さて、超天才と言えば、誰をおいてもマルク・マルケスだろう。今年はホンダからドゥカティに移籍し、いろんな意味で大注目を集めている。面白かったのは、マレーシアテストの走行後にフランチェスコ・バニャイア(ペッコ)と会話していた動画である。バニャイアがマルケスに「ホンダ乗りだよね~」と指摘していた。
「ホンダ乗り」とは、どういったライディングを指しているのか。ホンダのGPマシンは、歴代、曲がらない。だからマルケスは超ハードなブレーキングでキャスターを立ててどうにか旋回力を高め、ハンドルをこじって無理矢理曲がっていた。その乗り方が体に染みついていて、ドゥカティを走らせている今も抜けきっていないようだ。
ハンドルをこじると不安定になる。それをカバーするものは、ふたつ。ひとつは少し早めにスロットルを開けてマシンを安定させることだ。これには旋回力を落としてしまうという弊害がある。実際、ワタシはマレーシアテストに取材に行きコースサイドで確認したのだが、マルケスはバニャイアよりもスロットルを開けるタイミングが速く、それだけ曲がれず、加速も不十分だった。
ワタシどもライダーが得意な擬音で説明すると、ガツンとブレーキをかけバーンとスロットルを開けるので、おっとっととマシンが曲がっていかない。だから十分な加速力が得られていない状態だ。一方のバニャイアは、ガツンの後に微妙にシューッとブレーキを残し、さらに減速。その分しっかりと向きが変わり、ドーンと大きく加速できる。この差は目で見ても明らかだった。
ハンドルをこじる不安定な走りをカバーするもうひとつの要素は、マルケスの超人的な反射神経だ。フロントをこじりすぎると大きく切れ込んで、普通なら転んでしまう。しかしマルケスと言えばスーパーセーブ。転ばずにギリギリ立て直すシーンは、ホンダ時代にもたびたび見られた。
ただしこの超人的反射神経、いろいろな意味での災いをもたらしているのも確かだ。まずは、モノの限界を越えてはいけない難しさだ。マルケスの身体能力はマジでハンパなく高い。現在のMotoGPでは唯一、人の限界がマシンの限界を越えてしまっている。
一般的天才MotoGPライダーの場合は、マシンの限界にライダーが近付こうとする。どうにかマシンの限界域までライダーが上って行くのだ。だが超天才マルケスの場合は、逆。マシンの限界までマルケスが下りて行かなければならない。
カタールテストでは、ちょっとトライしたら瞬く間に転倒してしまった。人の限界が、あっという間にマシンの限界を越えたのだ。マレーシアとカタールのテストでマルケスが取り組んでいたのは、自分の限界とマシンの限界をリンクさせることだった。まぁ、「普通の天才」ではあり得ない次元の話だが……。
だが、マルケスを超天才たらしめている超人的な反射神経も、さすがに陰りが見られる。それでもまだまだ超人的なのだが、気付けばマルケスも31歳。反射神経の衰えばかりはどうにもならない。
今のマルケスは、衰えを一切認めていないだろう。「あれ? もしかしたらオレ、反射神経鈍ってる……?」という違和感はあるはずだ。「今までだったら転ばなかったのに、転んじゃったよ……」という場面は、少しずつ増えている。しかし「いやいや、いやいや。自分は大丈夫。そんなはずないから」と、断固として認められない段階だ。
昨年の日本GPのステージでのトークショーで、ワタシはマルケスに直接、ちょっと意地悪な質問をした。「年齢を重ねて、フィジカルのパフォーマンスが落ちてきたことを感じる?」。するとマルケスは「いやいや、な〜んにも感じないよ!」と即答した。その即答っぷりには、負けず嫌いにプラスして、反射神経の衰えなど1mmも許容しない、という気概があった。
グレシーニカラーに身を包むマルク・マルケス。まだ見慣れないという方も多いのでは?
そこへきて、ドゥカティ・サテライトチームであるグレシーニへの移籍である。これまで11シーズンにわたり世界最高峰の開発環境であるホンダファクトリーチームで戦ってきたマルケスからしてみれば、思い通りにならないことは多いだろう。さまざまなパーツを完全に自分のためだけに作ってもらえたファクトリーチーム時代とは開発事情がかなり異なっており、型落ちマシンに乗ることを含め、我慢を強いられている。
ここで問題となるのは、我慢ではない。マルケスに言い訳の余地ができてしまったことだ。マレーシアテストでは6番手、カタールテストでは4番手に留まったのは、本音では「……あれ?」という感じだと思う。そしてマルケスは「サテライトチームで型落ちマシンだから」という言い訳が可能になってしまったわけだ。
となると、マルケスは自分の加齢による反射神経の陰りを、ますます認めにくくなる。つまり、自分が信じている自分の限界とマシンの限界の差が、ますます開いてしまう可能性があるのだ。
きっと今のマルケスは、何だかモヤモヤしながら走っているはずだ。もっとイケるはずなのに、イキ切れない自分に対して。それをマシンやチーム環境のせいにせず、自分の反射神経の衰えだとしっかり受け止め、「だったらこうしよう」と発想を転換できれば、マルケスはまだまだスゴいレースを見せてくれるだろう。例え反射神経が多少鈍ったとしても、超天才であることに変わりはないからだ。
超天才に打ち克つために、スライドコントロール技術を高めるべくダートトラックでトレーニングする、天才。そして超天才の、人知れぬ苦悩。そんなお話でした。
“空力でグリップ”させる?!
まだ終わらない(笑)。マレーシアとカタールテストの各メーカー毎の印象をお知らせしておこう。
ドゥカティは、すっかり安定している。もはやバランスが取れまくっていて、「どこがどう」という際立ったものすら感じないが、「やっぱり今年もドカなのかなあ」と思わざるを得ない。ペッコとの相性もよく、マレーシアとカタールで全5つの走行セッションのうち、3つでトップタイムをマークした。
アプリリアのチーフエンジニア、ロマーノ・アルベシアーノのマレーシアでの会見を聞いたが、「空力でグリップさせる」というコンセプトがより明確になっていた。「特に重視しているのはトータルバランス」とのこと。
例えば、もともとフロントのウイングは加速時のウイリーを抑えるものだったが、リヤのウイングがかなり利いてしまうそうで、フロントが浮こうとするのだそうだ。何でもかんでもただ付ければいいというものではなく、「どの速度域で、何が、どのように利くのかをきっちり理解しながら、全体のバランスを取ってるんだよ」というのはミゲール・オビレイラの弁。アプリリアの空力パーツは進化を続けている。
KTMも空力パーツの開発に力を注いでいるが、ワタシが注目したいのはエンジンと車体という根幹が非常にいい方向に進んでいることだ。全車がカーボンフレームで走行していたが、とてもうまく機能しているのが見て取れた。ライダーのフィーリングを大事にしているダニ・ペドロサが開発ライダーとして指揮を執っており、「硬い、柔らかい」といった単純な話ではなく、それをライダーがどう感じて、最終的にどう走りに生かせるか、まで考えられている。
そして何と言っても、ペドロ・アコスタだ(チームはGASGASの名を冠しているが、事実上KTM)。彼はブレーキングが異常なほどうまい。ハードブレーキングするとリヤが浮くのはもはや見慣れた光景になったが、着地の際に一瞬ブルッとバランスを崩しがちだ。体勢が乱れて、制動力が目減りしてしまう。しかしアコスタは着地の瞬間にブレーキコントロールをしているようで、体勢が乱れないのだ。
リヤが浮き、コースアウトするんじゃないかというぐらいマシンが横を向いても、スッと何事もなかったかのように着地する。ペッコも同じように穏やかな着地をするが、彼の場合はメカニズムに助けられてのこと。アコスタは自力でそれを成し遂げているのがスゴい。ブレーキを握る方向だけではなく、リリースする方向のコントロールが抜群だ。
ホンダは、別モノのマシンになったかのような印象だ。いいのか悪いのかはまだ疑問が残るが、変化していることは間違いない。昨シーズンの終盤までは恐る恐る走っていたジョアン・ミルも、安心して走っていた。印象的だったのは、ブレーキング時にしっかりとリヤに荷重が残っていること。後ろから引っ張られるような制動フィーリングが、安心感を生んでいるようだ。
今のところ、もっとも変化を感じられないのがヤマハだ。ちょっと不安になるぐらい、変わっていない。見えない部分を何かしら進化させているはずだが、それが走りに表れていない。ファビオ・クアルタラロは相変わらず「リヤのグリップが足りない」と指摘しているが、これは’22年にドヴィちゃんことアンドレア・ドヴィツィオーゾがさんざん言い続けていたこと。
最初の方でお伝えしたリヤタイヤのホイールスピンの話で、YZR-M1はいったんホイールスピンし始めるとどうにも止まらない。エンジン特性の問題なのか、車体の問題なのか、はたまた両方なのかは分からないが、今なおリヤタイヤを食わせる方法に辿り着いていないということは、かなり根が深そうだ……。
各メーカーのエアロダイナミクス形状を同一アングルの写真で比較!
全てのライダーが同じ画角では揃わず、同メーカーのライダー違いもあるがご容赦いただきたい。
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