
1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第115回は、2024年シーズンの最初の展望です。
TEXT: Go TAKAHASHI PHOTO: Michelin, Red Bull
カピロッシも「マルケスが勝つんじゃないかな」
マレーシアでの公式テストを皮切りに、間もなくMotoGPの’24シーズンが始まりますね。僕が注目したいのは、やっぱりドゥカティを走らせるマルク・マルケスです。今シーズン、10勝──つまり半分ぐらいは勝ってチャンピオンを獲ってしまうのではないでしょうか? モナコでロリス(カピロッシ)と会話したんですが、彼も「マルケスが勝つんじゃないかな」と言ってました。
僕とロリスで同じような認識を持っているのは、昨シーズンが終わった直後に行われたバレンシアテストでのマルケスの走りを見たからです。ほとんど流しているように見えたにも関わらず、いきなり総合4番手タイムですからね……。しかもドゥカティの中でも2番手。メーカーが変わって最初のテストでこのポジションとは、本当にすごいことです。
バレンシアテストでは物凄い注目度だったマルク・マルケス選手。
マルケスのポテンシャルの高さを改めて見せつけられましたが、ドゥカティの完成度がかなり高いことも、よく分かりました。このコラムでも何度かお伝えしていると思いますが、いいマシンは乗り始めてすぐにいいフィーリングが得られます。僕も現役時代、ニューマシンにまたがり、ピットを出てコースインするまでの間に「イケそう」もしくは「ヤバそう……」と分かったものです。
マルケスとドゥカティ。ポテンシャルが高いライダーとマシンがペアを組むわけですから、これは相当に強いでしょうね。シーズン10勝はちょっと大げさかもしれませんが、現時点ではそれぐらいの可能性を感じてしまいます。
となると、今シーズンもホンダとヤマハは厳しい戦いを強いられそうだぞ……という悪い予感もします。ロリスは、ホンダに移籍したルカ(マリーニ)と話をしたそうですが、「バレンシアテストで乗ったRC213Vは、『思ったより』よかった」と言っていたとか。「思ったより」がちょっと気になるところです。
欧州のサプライヤーをうまく活用すれば……
ホンダとヤマハは、仕事への取り組みを大きく変える意気込みのようですね。僕としては「やっと?」と言いたくなります(笑)。現役の最後、’02年はホンダで走りましたが、「内製へのこだわりが強いんだな」という印象を持ったことを思い出します。
アプリリアのファクトリーチームを経験していた僕からすると、「ヨーロッパのサプライヤーをうまく活用すれば、もっと速く、もっと安くパーツ開発ができるのに」と思ったものです。もちろんホンダにはホンダの事情があって、そう簡単には行かないのも理解できますが……。
MotoGPがヨーロッパ中心のモータースポーツであることは、今までも、そしてこれからも変わらないでしょう。そこに日本のメーカーが参戦するなら、ヨーロッパのリソースをうまく利用しない手はない……と思うのは、僕がマシン開発の本当のところを理解していないからなのかもしれません。
でも、ここへきてホンダもヤマハもいよいよ「仕事のやり方を変える」と口を揃えているようですから、やはり今までのやり方には何らかの問題があった、と見るべきでしょう。新しい取り組みがうまく行くことを願ってやみません。
サテライトのドゥカティからファクトリーホンダに移籍したルカ・マリーニ選手はバレンティーノ・ロッシの弟。
2021年にチャンピオンを獲得した後、次第に苦戦が目立つようになったヤマハのエル・ディアブロことファビオ・クアルタラロ選手。
ホンダもヤマハも、今シーズンはコンセッション(獲得ポイントに応じ、下位メーカーに与えられる優遇措置)が適用されますね。両メーカーとも「活用できるものは徹底的に使う」と言っているようです。しかし、こんな状況になった要因としては、やはり’16年の共通ECU導入が大きかったように思います。
電子制御がマシンパフォーマンスの要になった時代、ホンダもヤマハも自社製ECUに心血を注いで作り込み、よい成果を得ていたのに、共通ECU化によってその牙を抜かれてしまったわけですからね……。今振り返っても、影響はかなり大きかったと思います。
しかしそれも日本メーカーに政治力や交渉力がなかったから、とも言えます。実情は詳しく分かりませんが、言われるがままにレギュレーション変更を呑んだように見えますし、それが現状を招いてしまった面は否めないでしょう。
ドゥカティは交渉が非常にうまかった。ジジ(ダッリーリャ/ドゥカティのゼネラルマネージャー)なんて、思い通りにならないとすぐに「じゃあ撤退します」ですからね(笑)。エントラント数を確保したいドルナとしては、ドゥカティに抜けてもらっては困りますから、言うことを聞く。半ば脅しのようなものですよね。
逆に、日本人は自己主張しないことに美徳を感じているフシがあります。そして、臆面なく自己主張を繰り返すヨーロッパの人たちに対して、「あいつら言いたい放題言ってさ……」と後になってグチッたりする。でも、さっきも言ったように、MotoGPはどうしたってヨーロッパ中心のレース。そこで戦うつもりなら、メーカーもヨーロッパ流にしっかり自己主張することは絶対必要でしょう。
自分たちにとって少しでも有利なルールを策定させることも、立派な駆け引きだと僕は思います。勝敗をかけて競い合っているのは、僕たちライダーだけではなく、メーカーも同じです。僕たちがレース中に押したり引いたりするように、メーカーも押し引きしながら最良の結果を得なければならないと思います。
メーカーにも、メンタルの強さが求められる。それがMotoGPです。今シーズン、コンセッションという屈辱をバネに日本メーカーがどんな戦いを見せてくれるか、楽しみにしています。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
あなたにおすすめの関連記事
写真はパワー6 安心のウォームアップ性でストリートもコースも楽しめる まずはストリート向けスポーツの「パワー6」ですが、スポーツツーリングタイヤを履いている方が「スポーツタイヤを試してみたいな」と思っ[…]
バニャイアは何が上手かったのか モトGPも2023シーズンが終わり、ドゥカティのフランチェスコ・バニャイアが2年連続でチャンピオンを獲得した。連覇の要因はいろいろあるが、上毛グランプリ新聞はマニアック[…]
SHOEIの最新空力モデルに青×金カラーが映える! X-Fourteen(エックス フォーティーン)の後継モデルとして登場したSHOEI最新のフラッグシップモデル「X-Fifteen(エックス フィフ[…]
スポーツ庁長官の室伏広治さんが日本GPに 今回はMotoGP第13戦インドGPと、モビリティリゾートもてぎに僕も足を運んだ第14戦日本GPの前編をお届けします。まずは初開催となったインドGPから。 舞[…]
マルケスの契約早期解除にモヤモヤする はい、今回も前置きが果てしなく長く、超マニアックな上毛グランプリ新聞です。皆さん、心の準備はよろしいでしょうか? マルク・マルケスは類い稀な身体能力の持ち主だと、[…]
最新の関連記事([連載] 元世界GP王者・原田哲也のバイクトーク)
欲をかきすぎると自滅する 快進撃を続けている、ドゥカティ・レノボチームのマルク・マルケス。最強のライダーに最強のマシンを与えてしまったのですから、誰もが「こうなるだろうな……」と予想した通りのシーズン[…]
「自分には自分にやり方がある」だけじゃない 前回に続き、MotoGP前半戦の振り返りです。今年、MotoGPにステップアップした小椋藍くんは、「あれ? 前からいたんだっけ?」と感じるぐらい、MotoG[…]
MotoGPライダーが参戦したいと願うレースが真夏の日本にある もうすぐ鈴鹿8耐です。EWCクラスにはホンダ、ヤマハ、そしてBMWの3チームがファクトリー体制で臨みますね。スズキも昨年に引き続き、カー[…]
決勝で100%の走りはしない 前回、僕が現役時代にもっとも意識していたのは転ばないこと、100%の走りをすることで転倒のリスクが高まるなら、90%の走りで転倒のリスクをできるだけ抑えたいと考えていたこ[…]
ブレーキディスクの大径化が効いたのはメンタルかもしれない 第8戦アラゴンGPでも、第9戦イタリアGPでも、マルク・マルケスが勝ち続けています。とにかく速い。そして強い。誰が今のマルケスを止められるのか[…]
最新の関連記事(モトGP)
欲をかきすぎると自滅する 快進撃を続けている、ドゥカティ・レノボチームのマルク・マルケス。最強のライダーに最強のマシンを与えてしまったのですから、誰もが「こうなるだろうな……」と予想した通りのシーズン[…]
2ストGPマシン開発を決断、その僅か9ヶ月後にプロトは走り出した! ホンダは1967年に50cc、125cc、250cc、350cc、そして500ccクラスの5クラスでメーカータイトル全制覇の後、FI[…]
タイヤの内圧規定ってなんだ? 今シーズン、MotoGPクラスでたびたび話題になっているタイヤの「内圧規定」。MotoGPをTV観戦しているファンの方なら、この言葉を耳にしたことがあるでしょう。 ときに[…]
2009年に移籍したのに「GP8」にも乗っていた?! 2003年にホンダからモトGPにデビューしたニッキーでしたが、2009年にはドゥカティ・コルセへと移籍。2007年にケイシー・ストーナーがデスモセ[…]
「自分には自分にやり方がある」だけじゃない 前回に続き、MotoGP前半戦の振り返りです。今年、MotoGPにステップアップした小椋藍くんは、「あれ? 前からいたんだっけ?」と感じるぐらい、MotoG[…]
人気記事ランキング(全体)
どうする? スクーターのエンジンがかからない ※これはまさに、筆者が直面した実話です。我が家のスクーター(TODAY)に乗ろうと思って、車庫から引っ張り出しました。ちょっと久しぶりですね。エンジンをか[…]
カスタムスピリットから生まれた英国ブランド まずMUTT Motorcyclesというブランドについておさらいしておこう。2016年、英国バーミンガムでカスタムビルダーのWill RiggとBenny[…]
“思い出の1台”に乗りたい バイクメーカーがニューモデルを開発する際は、ユーザーがそれを受容できるか、あるいは新たなマーケットを作り出せるかが重要。レーサーレプリカもネイキッドも、それがウケると分かっ[…]
日本の免許制度を考慮してナナハン4気筒と同時開発 GS750の弟分。世間にはそういう見方をする人がいるけれど、’76年から発売が始まったGS400を弟分と呼ぶのは、少々語弊があるのかもしれない。なんと[…]
随所に専用部品を投入したZシリーズ初のR仕様 Z1000の派生/上級機種として’78年に登場したZ1‐Rは、評価がなかなか難しいモデルである。まず当時の流行だったカフェレーサーの手法を取り入れながら、[…]
最新の投稿記事(全体)
エンデュランス バイクETCケース 汎用 EK395HANA1の概要 エンデュランスのETCケース EK395HANA1は、材質にSUS304を採用した黒塗装仕上げで耐久性と防錆性に配慮された製品です[…]
FLHXSE CVOストリートグライド:CVOでは唯一となるバットウイングフェアリング フラッグシップモデルを象徴するバットウイングフェアリング。そのアイコンを持つ最上級仕様が「CVOストリートグライ[…]
コンパクトで使いやすいワイヤーロック ヘンリービギンズの「デイトナ ワイヤーロック DLK120」は、質量約90gの軽量設計で、ツーリング時の携行に適したポータブルロックです。ダイヤルロック式のため鍵[…]
随所に専用部品を投入したZシリーズ初のR仕様 Z1000の派生/上級機種として’78年に登場したZ1‐Rは、評価がなかなか難しいモデルである。まず当時の流行だったカフェレーサーの手法を取り入れながら、[…]
125ccクラス 軽さランキングTOP10 原付二種は免許取得のハードルも低く、手軽に楽しめる最高の相棒だ。とくに重要なのは「軽さ」だろう。軽ければ軽いほど、街中での取り回しは楽になるし、タイトなワイ[…]
- 1
- 2