自分で走る方がよっぽどラク……

世界GP王者・原田哲也のバイクトーク Vol.108「いくら予選が速くても、リザルトとみんなの記憶に残るのは決勝だけ」

1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第108回は、鈴鹿8耐で見届けたヤングライダーたちの走りについて。


TEXT: Go TAKAHASHI PHOTO: Toshihito SATO

ミシュラン パワーGP2

よくないことが続いて……

レースは進んでいます。MotoGPは第10戦オーストリアGPまで終了していますが、もう少し鈴鹿8耐の話を続けさせてください。

その前に、埜口遥希くんについて。鈴鹿8耐で2位となり、その翌週にアジアロードレース選手権ABS1000クラスに出場した埜口くんですが、クラッシュにより負傷し、8月16日に逝去されました。将来が期待できるライダーでしたし、鈴鹿8耐で埜口くんと言葉を交わしていたこともあり、非常にショックを受けています。心からご冥福をお祈りします。

埜口遥希選手は熱い走りでファンの心を掴んでいた。

そのさらに翌週、全日本ロードJSB1000クラスで谷本音虹郎くんがクラッシュ。意識不明の重体と報道されています。悪いことは続くと言いますが、まさかこんなことが……。回復を祈っています。

おじさんの言うことをよく理解してくれた

鈴鹿8耐では、NSTクラスのチーム「NCXX RACING with RIDERS CLUB」の監督をやらせていただきましたが、ライダーの伊藤勇樹くん、前田恵助くん、そして中山耀介くんの3人には、「決勝まではとにかく抑えるように」と言い続けました。

はたから見てもチームの雰囲気はとてもよく、若いライダーたちは生き生きとしていた。

予選だけは3人とも新品タイヤを履いてもらいましたが、それでも送り出す時の言葉は「楽しんでおいで」。タイムを削るというよりは、気持ちよく走ってもらいたかったんです。

予選は、同じヤマハYZF-R1を走らせる「AKENO SPEED」がとても速かったですね。ライダーは、去年ウチのチームで鈴鹿8耐を戦った南本宗一郎くんと井手翔太くん、そして’17年には全日本J-GP3でチャンピオンを獲った伊達悠太くん。それはもう、彼らの速さは分かり切っています。でも、ウチのチームのみんなには「あんなに速く走らなくてもいいからね。淡々と走って」と、繰り返し言ってました。

若さと勢いとやる気に満ちているライダーたちが、よくもまぁ、おじさんの言うことを聞いてくれたと思います(笑)。でも、重要なのは予選じゃない。「いくら予選が速くても、リザルトとみんなの記憶に残るのは決勝だけだよ」という話を、3人ともよく理解してくれました。

8月6日。そうやって徹底的に照準を合わせた決勝が、いよいよ始まりました。スタートから飛び出したのは、AKENO SPEEDの南本くん。ですが、1周を回らないうちに他車とぶつかり、さらにヘアピンでの転倒もあり、大きくポジションを落としてしまいました。

逆にウチのチームは、NSTクラストップに……。AKENO SPEEDは今年の最大のライバルですが、南本くんは去年の“卒業生”ですから、複雑な心境です。でも、ライバルたちの動向に影響されることなく、自分たちのレースに集中しました。みんなには、とにかく「無理しない、焦らない。自分たちがやってきたことを100%出し切れば、絶対に勝てるから」と言ってました。

チームの戦略で、1度だけ無理をしてもらった

この方向に虹が見えると、鈴鹿山脈のほうから雨雲が来ると言われているそう。

そしてその通りの展開になり、ただ、唯一無理をしてもらったシーンがありました。レース終盤、雨が降ってきた時です。前田くんがスリックタイヤで走行中でしたが、このスティントは戦略上、ピットインという手はなかった。どんなに雨が強まっても、どんなに前田くんが首を横に振っても、走ってもらいました。

前田くんにはスティント前、「雨が降ってどんなにペースが落ちても構わないから、とにかくピットインはしないで走り続けてほしい。でも転ばないように頑張って(笑)」とお願いしてありました。「どうしてもダメそうな時はピットインのサインを出すけど、その判断はチームに任せてくれ」と。

ここでライバルチームがたまらずピットイン。レインタイヤに交換したので、当然大きなタイムロスになります。逆に僕たちのチームはリードを広げることができ、優勝への足場がより強固になりました。これも、チームの戦略を前田くんがしっかりと理解してくれたからこそ、チームとライダーの息がピッタリと合っていて、「最高のチームだな!」と思いました。

そして、結果はNSTクラス優勝! チームのコンセプトは「若いライダーにチャンスをあげたい。そして『レースに勝つ』という成功経験を持ってほしい」というものです。まさに、その思いがかなった優勝でした。

いや〜、それにしても自分で走る方がよっぽどラクですね(笑)。最後の30分なんか落ち着かなくて、そわそわと行ったり来たりしてました。今年はNSTクラスにも表彰式が行われて、ライダーたちがうれしそうにガッツポーズをしている姿を見た時は、完全に自分のこと以上に喜んでいました。

僕個人としては、心からホッとしましたね……。僕が監督に選ばれた理由はとてもシンプルで、「勝ちたいから」だったと思います。実際に僕が果たせた役割は微々たるものでしたが、「優勝請負人の責任を、少しは果たせたかな」と、胸を撫で下ろしました。

「NCXX RACING with RIDERS CLUB」の薄紫色は、広い鈴鹿サーキットでも目立つ。

これは本音ですが、監督が僕じゃなくても勝てたと思います。ライダーもチームも、それぐらい素晴らしいまとまりでした。このチームは’14年から鈴鹿8耐に参戦していて、今回で8戦目。SSTクラス優勝はこれで2回目と、十分な実績と実力を持っています。でも今回は、EWCクラスを含めた総合順位が14位で、これは過去最高とのこと。もしちょっとでも自分が役立てたのならうれしいですね!

去年は追い上げのレースでクラス2位。今年はクラス優勝こそしたものの、レース自体は淡々としていたので、もしかしたら応援してくれる方たちは去年の方が盛り上がったかもしれません(笑)。でも、淡々とルーチンをこなすことがどれぐらい難しいことか!

淡々と、やるべきことを予定通りにこなす。外から見ると地味なようでも、レースで優勝したり、シーズンを通してチャンピオンを獲るためには、もっとも重要な要素なんです。その域に達するために、みんな努力していると言っても過言ではありません。

今回ウチのチームで走ってくれたライダーたちも、そのことが少し分かってもらえたのではないかと思います。これからの彼らのレース人生に生かせるものが何か得られたのなら、それはもう、クラス優勝以上にうれしいことかもしれません。

清成龍一の見せ場が凄かった!

鈴鹿8耐全体では、HRCの圧勝でしたね。唯一のファクトリー参戦ですから、勝ってもらわなくては困ります(笑)。YARTは3人とも速かったのでワンチャンあるな、と思っていたのですが、トラブルが出てしまったそうで、残念でした。

見せ場を作ったのはキヨ! 清成龍一くんは雨にめっぽう強くて、今回もすごい走りで鈴鹿サーキットを盛り上げてくれました。彼がいたTOHO Racingは暫定表彰式では2位になりましたが、後車検で燃料タンクの過容量が指摘され、失格になってしまいました。

レース直後のインタビューでは「こんな40歳のおじさんを使ってくれて……」と語っていた清成龍一選手。走りで魅了する。

TOHO Racingは「初歩的な計算ミス」というリリースを出しましたが、チームも全力で取り組んだ結果でしょうし、ライダーももちろん一生懸命だった。ルールはルールなので仕方ないですが、本当に悔しいですよね……。来年のリベンジに期待しています。

ライダーとして参戦したもて耐、そして監督として参戦した鈴鹿8耐と、まさに「ニッポンの夏・耐久の夏」を満喫しました。いい季節を過ごせたと思います。

Supported by MICHELIN

※本記事の文責は当該執筆者(もしくはメディア)に属します。※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。