「桐野さん、一緒に走りましょうよ〜」。僕(筆者・MIGLIOREディレクター)の叩いた軽口から大事になってしまった、我々の2023年『もて耐』参戦。2回に渡って、その奮闘(?)記をお届けしよう!
●文:ミリオーレ編集部(小川勤) ●写真:安井宏充
我がチームの監督は、カワサキモータースジャパンの桐野社長!
「小川さん、俺は今年もう一度『もて耐』を走るぞ!」
齋藤昇司さんはそう言うと、ニカッと笑った。元カワサキのテストライダーで、現在はケイファクトリーのテストライダーを務め、今年70歳を迎える齋藤さんからそんな話を聞いたのは、2023年3月の大阪モーターサイクルショーのカワサキブースだった。齋藤さんの勇姿を見たいと思った僕は「ホントですか! 齋藤さんが出るなら僕もチーム作って参戦したいです!」と盛り上がった。
その時、カワサキモータースジャパンの桐野英子社長が側にいて、僕はその場で桐野社長に「僕らのチームで一緒に走りませんか?」と提案。桐野社長が無類のバイク好きであることや、ツナギを所有していることも知っていたので、声をかけさせていただいたのだ。
後日、カワサキモータースジャパンの広報部から連絡をいただき、「走行はちょっと…。でもNinja ZX-25Rを盛り上げたい。『もて耐』に何かしらのカタチで関わりたい、と桐野は言っています」との話だったので、「では、監督として参加はいかがですか?」と提案。2分後に折り返し連絡をいただき、監督の話を即承諾いただいたというわけである。
しかし、『もて耐』はとにかく準備が大変。時間もコストもかかり、参戦に膨大なエネルギーと皆の協力が不可欠なのである。まずはいつもの仲間に相談しなければならない。
「面白そうじゃん!」原田哲也さんは即答…、これはやるしかない⁉︎
大阪モーターサイクルショーの翌週、これまでに何度か耐久レースに参戦しているメンバーに東京モーターサイクルショーで会う。まずは前日にモナコから戻ったばかりの元世界GPチャンピオンの原田哲也さんに相談。
「いいね。面白そうじゃん。やっぱり業界を盛り上げないとね」と即答。原田さんはいつもこうして話題づくりに賛同し、メディアがこうしたイベントレースに参戦する趣旨をすぐに理解してくれる。
「また蛭田さんの乗りやすいバイクを作らないとなぁ〜」と原田さん。原田さんの的確なフィードバックが僕たちのマシンづくりには欠かせず、これまでのレースにおいても原田さんのキャリアを色々な形でチームとユーザーにシェアしてくれた。さらに僕は『もて耐』参加者の皆さんに、原田さんの走りを間近で見てほしいと思っている。原田さんと一緒に走れるシチュエーションなんて、昔なら考えられないからだ。もちろん原田さんはその趣旨も快諾。本当に感謝しかない。
原田さんのOKをいただけたので、我がチームの要であるマジカルレーシング代表の蛭田貢さんに電話。蛭田さんは71歳の大ベテラン。僕が大尊敬する大好きな先輩ライダーで、もう25年ほどの付き合い。今回の計画を嬉々として伝えると、最初は「桐野社長? アカンやろ」という感じではあったが、6年ぶりの『もて耐』参戦を承諾してもらった。ちなみに蛭田さんは、原田さんをチームメイトに誘った時も「原田さんはアカンやろ。クールデビルやで」という感じだったが、今はすっかり意気投合。よく一緒に飲みにも、釣りにも行く仲である。
そして、マシンを制作してもらう千葉のMSセーリング代表の竹内義博さんに電話。「ホントにぃ? 面白そうじゃん」と竹内さんも承諾。
モトサロン代表の岡さんには、モーターサイクルショーの会場内で説明。メンバーや参戦の目的を伝えると、「そ、そんなチームに僕が入っていいんですか?」と言っていたが、7時間の長丁場にこの男は必須だと僕は睨んでいた。随分前に気の合う仲間たちでスタートし、気まぐれで参加している耐久レースチームではあるが、みんな年齢を重ねているのである。バイク業界で頑張っている若手の参入が必要なのだ。
こうして、なんとか皆の承諾を得たので、あとは準備するのみ。カワサキを! Ninja ZX-25Rを! もて耐を! イベントレースを盛り上げたい! と思ったのだった。
ちなみに『もて耐』はライダー5人が走れるため、もう1名は桐野監督に相談。すると「タケは?」となり、トリックスターの山本剛大(タケヒロ)さんの合流が決まった。山本さんは2015年のアジアロードレースのチャンピオン! かつ、桐野監督のライテクの先生なのだという。山本さんのジョインが決まった瞬間に、僕は『もて耐』のZX-25R最速ラップを叩き出せるかもしれない……と野望を抱いた。
そして我々の『もて耐』参戦のきっかけとなった元カワサキテストライダーの齋藤さんは、カワサキの現役テストライダーやエンジニアと『チーム38レジェンド』から参戦。僕らのチーム名は原田哲也さんのゼッケンから『カワサキ チーム31』とし、齋藤さんチームと同じピットで参戦したいなぁと願った。今年の夏は熱くなりそうだ、レース当日を待ちわびるのだった。
メンバーは揃った。しかし、大きな誤算が…
と、ここまで順調だったため、あとはレース本番を迎えるのみと思っていた。なぜなら我々は、数年前にZX-25Rで筑波サーキットで開催された耐久茶屋というレースに参戦しており、マシンはあるのだ。そのため、バイクの準備はそれほど大変ではないと思っていたのだが、違った…。この僕のミスが多くの方に迷惑をかけることになってしまうのだ。
実は『もて耐』にはZX-25Rのオープンクラスはなく、ZX-25Rが走れるのはネオスタンダードクラスのみ。すでにカスタムしすぎている我がチームのZX-25Rは参戦できない。そこでモビリティリゾートもてぎに相談した。
相談したのは以下。今後、ZX-25Rのオープンクラス設立のためのテストケースとして走らせてほしいということ。『もて耐』参加者の皆さんに、原田さんと山本さんというチャンピオン経験ライダーと一緒に走る機会を作りたいこと。そして桐野社長が『もて耐』に来てくれることなどを伝えて、賞典外での参戦を協議してもらうことにしたのである。
参戦できるかできないかが不確かな状況でも他にも準備は色々とあった。原田さん以外はもてぎの走行実績がないため、全員で6月に開催された事前練習走行に参加。僕や蛭田さんはきちんともてぎを走るのは6年ぶり。山本さんは10年ぶりくらい。当然、岡さんも関西なので、もてぎは久しぶりだ。
そして、練習をする一方で、『カワサキ チーム31』の車両を車検員の方に見ていただきながら相談に乗っていただいた。さらに練習走行後もモナコにいる原田さんと何度も電話して、車体のセットアップや方向性を相談。もちろん桐野監督とも何度も相談し、作戦を詰めていく。
そんな準備を進めているうちに『カワサキ チーム31』は『もて耐』の参戦許可(賞典外&ピット滞在6分という条件つき)をいただき、出走できることとなったのである。
原田さんが日本に帰国したのは、『もて耐』前日…。じつはこの参戦のために飛行機のスケジュールを変えてもらったのだ。「日本に着いたら、ニュースで言ってたよ。『暑いから外出は控えてください』って。僕たち大丈夫かなぁ?」と笑いながら、猛暑&時差ボケの中、原田さんは初日からセットアップに勤しんでくれた。ちなみに原田さんは『もて耐』翌週は鈴鹿8耐の監督を務め、火曜日にはモナコも戻る強行スケジュールである。
チーム員全員の初顔合わせは『もて耐』ウィークの金曜日
『もて耐』は金曜日に受付や車検、土曜日に予選、日曜日に決勝というスケジュール。今回は予選落ちがないため、気楽だ。
同じピットに入るのは『チーム38レジェンド』の皆さん。ピット申請が通って良かった。『チーム38レジェンド』はカワサキの社内チームで、テストライダーや開発者、デザイナーの集いで、そこにレジェンドの齋藤さんが合流した。『チーム38レジェンド』の『もて耐』参戦記は、また別の機会にお届けしたいと思う。
『カワサキ チーム31』は、とにかくバイクを予選までに仕上げるのが先決。予選ライダーの原田さんがこのバイクでもてぎを走るのは初めて。同じく予選ライダーの僕もドライ路面は初めてである。
しかし、原田さんと山本さんのチャンピオン2人は凄かった。数回のピットインを繰り返し、すぐさま車体の姿勢を決め、プリロードや減衰でアジャスト。瞬く間にタイムを上げていく。皆の乗りやすさを考慮しながら耐久マシンを仕上げていってくれる。
そんな走行の合間に原田さんとピットを歩く。「哲也さん走るんですか?」「一緒に走りたいなぁ」「何番目に走るんですか?」などなど、少し歩いては色々な方と話をする。原田さんは、参加者の皆に走行やセットアップのアドバイスを親身になって答えていた。自身のチームが勝つことではなく、あくまで、もて耐を! イベントレースを盛り上げたい! という心意気がそこにはあった。
そうして、金曜日の午後には監督である桐野社長も合流。改めて全員を集めて自己紹介をすると、桐野監督はすぐに皆と意気投合。そして「何をすればいい?」と自らの役目を進んで探し、実行。フットワークがとても軽いのである。決勝では桐野監督にピット滞在中のタイム計測などを依頼。もちろんそれにとどまらず、様々なことを采配していただく。決断も行動も計算も早い桐野監督は、ピットクルーライセンスも保持(!)しているため、ピットロードに出ることもできる。なんとも心強い。
桐野監督の合流で、チームが一気に華やかになった。さらに組織力が一気に高まり、効率的に物事が進んでいくようにもなった。こうして決勝がより楽しみになったのは言うまでもない。
決勝レースの模様は、チーム31『もて耐』参戦!Vol.2【ZX-25Rのもて耐最速ラップをマーク!桐野監督は勝負をするけど賭けには出ない】に続く。
※本記事の文責は当該執筆者(もしくはメディア)に属します。※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
あなたにおすすめの関連記事
Qスターズは、便利なラップタイマー…だけじゃない! 2023年の「もて耐」で、走りの違いを検証! Qスターズ LT-8000GTの専用ソフトで各自の走りを分析! チャンピオンライダーの走りはどこが凄い[…]
【齋藤昇司(さいとう・しょうじ)】1953年生まれ。高校生の時にモトクロスに没頭。その頃からカワサキのテストライダーに憧れ、高校卒業後の1972年、新卒でカワサキに入社。1970年代はオフロードやモト[…]
ラインナップはSEのみ! オートブリッパー付きクイックシフターも装備 カワサキのニンジャZX-25R SEは、2023年モデルで令和2年排出ガス規制に適合しながら、最高出力&最大トルクを向上し、液晶メ[…]
もて耐のチーム監督はなんと………! 日本での「短くて熱い夏」を過ごし、今はモナコに帰ってきています。いろんな意味で「ニッポンの夏 耐久の夏」という感じだったこの数日を、ざっくり振り返ってみますね。 モ[…]
サンスターはなぜチェーンを作ったのか? スプロケットとの相性 フリクションロスの低減 軽量化 自転車や工業用チェーンのトップブランドが製造 このモーターサイクルチェーンはサンスターが細部にわたり監修し[…]
最新の関連記事(カワサキ [KAWASAKI])
“ヨシムラ”がまだ世間で知られていない1970年代初頭のお話 世界初となる二輪用の集合マフラーが登場したのは、1971年のアメリカAMAオンタリオでのレース。当時のバイク用マフラーは1気筒につき1本出[…]
復活の軽二輪レトロは足着き性抜群、エンジンは大部分が専用設計だ 現在の国内メーカー軽二輪クラスでは唯一となるネオクラシック/レトロスタイルのモデルが待望の登場を果たした。 カワサキが以前ラインナップし[…]
モデルチェンジしたKLX230Sに加え、シェルパの名を復活させたブランニューモデルが登場 カワサキは、KLX230シリーズをモデルチェンジするとともに、KLX230Sとしては3年ぶり(その他の無印やS[…]
欧州で登場していたメタリックディアブロブラック×キャンディライムグリーンが国内にも! カワサキモータースジャパンが2025年モデルの「Z900RS」を追加発表した。すでに2024年9月1日に2025年[…]
1位:2024秋発表のヤマハ新型「YZF-R9」予想CG 2024年10月に正式発表となったヤマハのスーパースポーツ・YZF-R9。2024年2月時点で掴めていた情報をお伝えした。これまでのYZF-R[…]
最新の関連記事(レース)
機密事項が満載のレーシングマシンたち バイクムック”RACERS(レーサーズ)”は、「いま振り返る往年のレーシングマシン」がコンセプト。それぞれの時代を彩った、レーシングマシンを取り上げている。 現在[…]
ポイントを取りこぼしたバニャイアと、シーズンを通して安定していたマルティン MotoGPの2024シーズンが終わりました。1番のサプライズは、ドゥカティ・ファクトリーのフランチェスコ・バニャイアが決勝[…]
プロジェクトの苦しさに相反する“優しい雰囲気” 全日本ロードレース最終戦・鈴鹿、金曜日の午前のセッション、私はサーキットに到着するとまず長島哲太のピットの姿を撮りに行った。プレスルームで初日のスポーツ[…]
2024年は鈴鹿8耐3位そしてEWCで二度目の王座に ポップが切り拓き、不二雄が繋いできたヨシムラのレース活動はいま、主戦場をFIM世界耐久選手権(EWC)へと移し、陽平がヨシムラSERT Motul[…]
ポップ吉村は優しくて冗談好きのおじいちゃんだった ヨシムラの新社長に今年の3月に就任した加藤陽平は、ポップ吉村(以下ポップ)の次女の由美子(故人)と加藤昇平(レーシングライダーでテスト中の事故で死去)[…]
人気記事ランキング(全体)
バイクショップとは思えない機器を活用して、手間のかかる下地作りや磨き作業を効率アップ 新車から何十年もの時を経たオリジナルコンディション車と、フルオーバーホール/再塗装/再メッキが施されたレストア車両[…]
スピード感を纏ってクオリティアップ ホイール/エンジンまわり/ステップなどの金属パーツは、パウダーコートや塗装を剥がし徹底的にポリッシュすることで、ノーマルパーツを使いながらも高級感を出した。汎用品で[…]
第1位:X-Fifteen[SHOEI] 2024年10月時点での1位は、SHOEIのスポーツモデル「X-Fifteen」。東雲店ではスポーツモデルが人気とのことで「とにかく一番いいモデルが欲しい」と[…]
モデルチェンジしたKLX230Sに加え、シェルパの名を復活させたブランニューモデルが登場 カワサキは、KLX230シリーズをモデルチェンジするとともに、KLX230Sとしては3年ぶり(その他の無印やS[…]
復活の軽二輪レトロは足着き性抜群、エンジンは大部分が専用設計だ 現在の国内メーカー軽二輪クラスでは唯一となるネオクラシック/レトロスタイルのモデルが待望の登場を果たした。 カワサキが以前ラインナップし[…]
最新の投稿記事(全体)
110ccベースの4kW制限モデル=新基準原付か 2025年11月の新排出ガス規制導入によって現行モデルの継続生産が困難になり、新たに110~125ccのモデルをベースとした車両に4kW(5.4ps)[…]
トラベル・エンデューロの最高峰に自動クラッチ制御が装備! BMWモトラッドのロングセラーモデルであるGSシリーズ。その最上位モデルにあたるのがGSアドベンチャーだ。初代モデルの登場は’02年のR115[…]
機密事項が満載のレーシングマシンたち バイクムック”RACERS(レーサーズ)”は、「いま振り返る往年のレーシングマシン」がコンセプト。それぞれの時代を彩った、レーシングマシンを取り上げている。 現在[…]
日本でも公開されたNT1100ポリスの北米バージョン! アメリカンホンダは、欧州を中心としたスポーツツーリングマーケットで人気車となっているNT1100を警察仕様として北米初導入することを発表した。 […]
“ヨシムラ”がまだ世間で知られていない1970年代初頭のお話 世界初となる二輪用の集合マフラーが登場したのは、1971年のアメリカAMAオンタリオでのレース。当時のバイク用マフラーは1気筒につき1本出[…]
- 1
- 2