重箱の隅をつつくミクロさに大いなる意味が隠されている
【2022 Honda RC213V】限界を超え、殻を破りながらの生みの苦しみ
2022 Honda Rider’s Result
マルク・マルケス(Marc Marquez)予選最高位:ポールポジション/決勝最高位:2位/ランキング:13位
ポル・エスパルガロ(Pol Espargaro)予選最高位:4位/決勝最高位:3位/ランキング:16位
アレックス・マルケス(Alex Marquez)予選最高位:7位/決勝最高位:7位/ランキング:17位
中上貴晶(Takaaki Nakagami)予選最高位:7位/決勝最高位:7位2回/ランキング:18位
ホンダはいったいどうしてしまったのか──。強い日本メーカーの象徴だったホンダの存在感は、’20
年以降、すっかり影を潜めている。’22年、ホンダのコンストラクターズランキングは6メーカー中6位。まさにどん底まで堕ちたシーズンとなった。
「迷走した、と言っていいと思います」と、ホンダ・レーシング開発室長の桒田。’22年型ホンダRC213V開発責任者を務めた山口洋正が、具体的に説明する。
「(ワンメイクの)ミシュランタイヤに変更があったので、その攻略を狙ってパフォーマンスを最大限に発揮するために、エンジンを含めてコンポーネントを大きく変えました。
中間加速性能が高まった、という点では正しい方向だったと思いますが、それだけでは勝てない。’22シーズン前テストの課題として旋回中のフィーリングがあり、シーズンを通して解決をめざしましたが、やり切れませんでしたね」
’16年からワンメイクタイヤとなったミシュランタイヤへの適応は、ホンダが抱える大きな課題だ。’15年までのブリヂストンタイヤは、フロントに強みがあるとされていた。ホンダのマシンも、当然、その強みを最大限に引き出すように造られる。そしてその仕様は、マルク・マルケスという希代のライダーのライディングスタイルとも合致し、極めて高いパフォーマンスを発揮した。
しかしミシュランは、ブリヂストンとは正反対で、リヤタイヤに強みがあるという特性だった。マシン造りの方向性をシフトする必要があったが、ホンダはそこに対応し切れなかった。
ホンダ・レーシング 取締役 レース運営室長 桒田哲宏氏(左)/開発室 RC213V 22YM開発責任者 山口洋正氏
実際のところは、ミシュランに変わった’16年から’19年まではマルケスがチャンピオンを獲得しており、順風満帆だったかのようにも見える。しかし、マシンを作るエンジニアの立場からすると必ずしもそうとは言い切れなかったようだ。
’20年7月、マルケスが転倒による骨折で戦線を離脱すると、内包していた問題点が一気にあからさまになった。ホンダライダー全体が低迷し、ホンダの優位性が失われていることが浮き彫りになったのである。
「今のモトGPマシンには、さまざまなデバイスが採用されています。ライバルがそれらを投入し、そこに優位性が見られるようなら、我々としてもフォローせざるを得ない。レースとは、もともとそういう場ですからね」と桒田。
山口が「やり切れなかった」と言ったように、ホンダの開発はすっかり後手に回ってしまったのだ。
「自分たちの強みはなんだったのか、自分たちが今、本当にやるべきことが何なのかを見失っていたことは否めません。
もちろん自分たちとしては、全体を見渡しながらそのつど最大限にやってきたつもりです。でも、それが本当に足りていたのか、優先順位が正しかったのか、という部分では、反省すべき点がありました」
自分たちの、強み。
レース専用車両のプロトタイプモデルで争われるモトGPは、各メーカーが技術的な独自性を発揮できる場──のはずだった。
かつて、独自性が分かりやすく目に見えたこともあった。2スト500cc時代でいえば、「パワーのホンダ」「コーナリングのヤマハ」と言われ、その特性をきれいになぞったレース展開が見られた。
4ストのモトGPになってからも、ストレートが速いドゥカティ、立ち上がり加速に強いホンダ、そしてコーナリングスピードが武器のヤマハ、といった図式がしばらく続いた。
しかし、タイヤとECUが共通化されて年月が過ぎれば過ぎるほど、それらの使いこなしにしのぎを削ることになる。特に、路面に接地しているタイヤの特性は想像以上に支配的だ。ミシュランタイヤのパフォーマンスを最大限に引き出すことが勝利の条件になると、いきおい、どのメーカーのマシン作りも概ね同じ方向に向かうことになる。しかも、その差はどんどん少なくなっていく。
ヤマハの関は、「我々のマシンが大きな問題点を抱えていたというよりも、ドゥカティが(ミシュランの)リヤタイヤからエクストラグリップを引き出すことができたんだろうな、と考えています」と語った。
’22シーズンを振り返った関の「ものすごく悲惨だったというわけでもない」という言葉は、決して負け惜しみではなく、率直な実感だろう。
ホンダの桒田も、「我々の感覚としては、マシンの差はほんのちょっと」と言う。「ですが、それが最終的には非常に大きな結果の差となって表れる。今のモトGPは、そういう戦いの場です」と付け加えた。
「アベレージを高めることを考えると、どこか1点が秀でていれば勝てる、ということではなくなります。
混戦となるレースを考えれば、抜きどころはブレーキングなので、そこは大きなカギです。でも、レースのトータルタイムを考えれば、コーナリングスピードも、立ち上がり加速も、そして最高速も、すべてが必要不可欠になる。
これだけマシンの重要度が非常に高いと、相対的に、ほんのわずかな差が大きな差になるんですよ。我々はそこを掴み切れなかった」
スズキの佐原は、「GSX-RRでは、重箱の隅をつつくような開発をしていました」と言った。「重箱の隅をつつく」は、数年前からモトGPエンジニアたちがこぞって口にするようになった言葉だ。
ホンダの桒田が、こう解説する。「我々は常に、その時点でのベストを尽くしてレースに挑んでいます。いつだって『これ以上はない』『これが限界だ』と思っているわけです。
でも、レースは相手がいますから、進化を続けなければならない。常に手立てを探し続けなければいけない。そうやって重箱の隅をつつくと、必ず新しい何かが出てくるんですよ」
※本記事の文責は当該執筆者(もしくはメディア)に属します。※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
あなたにおすすめの関連記事
今年はシーズン前テストから快調なバニャイア ポルトガル・ポルティマオサーキットでのMotoGP公式テストが行われました。これで開幕前のテストは終了。昨年末のバレンシア、今年2月のマレーシア、そして今回[…]
いいかい? バイクには慣性モーメントが働くんだ 矢継ぎ早に放たれるフレディ・スペンサーの言葉が、 ライディングの真実を語ろうとする熱意によって華やかに彩られる。 めまぐるしく変わる表情。ノートいっぱい[…]
僕のおばあちゃんでも乗れるよ(笑) シニカルな笑顔を浮かべながら、決して多くはない言葉を放り投げてくる。 偽りのない率直な言葉は柔らかい放物線を描き、心の奥まで染み渡る。 かつて4度世界王者になったエ[…]
すごく簡単だったよ、ダートでの走行に比べればね 恐るべき精神力の持ち主。度重なる大ケガから不死鳥のように復活し、強力なライバルがひしめく中、5連覇の偉業を成し遂げた。タフな男の言葉は、意外なほど平易だ[…]
ひとたびこの乗り物を愛し、ライディングを愛してしまったら、もう戻れない この男が「キング」と称されるのは、世界GPで3連覇を達成したからではない。 ロードレースに革新的なライディングスタイルを持ち込ん[…]
最新の関連記事(モトGP)
φ355mmとφ340mmのブレーキディスクで何が違ったのか 行ってまいりました、イタリア・ムジェロサーキット。第9戦イタリアGPの視察はもちろんだが、併催して行われるレッドブル・ルーキーズカップに参[…]
ブレーキディスクの大径化が効いたのはメンタルかもしれない 第8戦アラゴンGPでも、第9戦イタリアGPでも、マルク・マルケスが勝ち続けています。とにかく速い。そして強い。誰が今のマルケスを止められるのか[…]
ヨーロッパラウンドで欧州勢が本調子に MotoGP第8戦イギリスGPが行われた週末は、「モータースポーツ・ウィークエンド」で、なんだか忙しい日々でした(笑)。まずはMotoGPですが、娘がモータースポ[…]
運を味方につけたザルコの勝利 天候に翻弄されまくったMotoGP第6戦フランスGP。ややこしいスタートになったのでざっくり説明しておくと、決勝スタート直前のウォームアップ走行がウエット路面になり、全員[…]
地元ライダーの大活躍で盛り上がったフランスGP MotoGPは第6戦フランスGP、第7戦イギリスGPを終えています。フランスGPはめちゃくちゃお客さんが入っていましたね! ヨーロッパに住んでいる僕の感[…]
最新の関連記事(レース)
φ355mmとφ340mmのブレーキディスクで何が違ったのか 行ってまいりました、イタリア・ムジェロサーキット。第9戦イタリアGPの視察はもちろんだが、併催して行われるレッドブル・ルーキーズカップに参[…]
ブレーキディスクの大径化が効いたのはメンタルかもしれない 第8戦アラゴンGPでも、第9戦イタリアGPでも、マルク・マルケスが勝ち続けています。とにかく速い。そして強い。誰が今のマルケスを止められるのか[…]
現代の耐久レーサーはヘッドライト付きのスーパーバイクだが…… 近年の耐久レーサーは、パッと見ではスプリント用のスーパーバイクレーサーと同様である。もちろん細部に目を凝らせば、耐久ならではの機構が随処に[…]
「2025 鈴鹿8耐 Kawasaki応援グッズ」を期間限定でオンラインショップにて販売 株式会社カワサキモータースジャパンは、2025年鈴鹿8時間耐久ロードレースに参戦するカワサキチームを応援するた[…]
0.1ps刻みのスペック競争 日本史上最大のバイクブームが巻き起こった1980年代は、世界最速を謳う大型フラッグシップや最新鋭レーサーレプリカが次々と市場投入され、国産メーカー間の争いは激化の一途を辿[…]
人気記事ランキング(全体)
新進気鋭のクルーザー専業ブランドから日本市場に刺客! 成長著しい中国ブランドから、またしても新顔が日本市場にお目見えしそうだ。輸入を手掛けることになるウイングフット(東京都足立区)が「導入ほぼ確定」と[…]
静かに全身冷却&最長10時間のひんやり感を実現 ライディングジャケットのインナーとしても使えそうな『PowerArQ Cooling Vest』。その特長は、ファンやブロワー、ペルチェ式ヒートシンクを[…]
なぜ「モンキーレンチ」って呼ぶのでしょうか? そういえば、筆者が幼いころに一番最初の覚えた工具の名前でもあります。最初は「なんでモンキーっていうの?」って親に聞いたけども「昔から決まっていることなんだ[…]
レブル250ではユーザーの8割が選択するというHonda E-Clutch ベストセラーモデルのレブル250と基本骨格を共有しながら、シートレールの変更や専用タンク、マフラー、ライディングポジション構[…]
最新モデルはペルチェデバイスが3個から5個へ 電極の入れ替えによって冷却と温熱の両機能を有するペルチェ素子。これを利用した冷暖房アイテムが人気を博している。ワークマンは2023年に初代となる「ウィンド[…]
最新の投稿記事(全体)
1位:ワークマン「ペルチェベストPRO2」徹底レビュー ワークマンから最新の「アイス×ヒーターペルチェベストPRO2」。本製品は、冷却・温熱両機能を持つペルチェデバイスの個数が昨年モデルの3個から5個[…]
2025年モデル概要:インパクト大なシリーズ初カラー カムシャフトの駆動にベベルギヤを用いた、美しい外観の空冷バーチカルツインエンジンを搭載。360度クランクによる鼓動感や等間隔爆発ならではの整ったエ[…]
エイトボール! 王道ネイキッド路線への参入予告か スズキがグローバルサイトでティーザーらしき予告画像を公開した。ビリヤードの8番玉の横には『SAVE THE DATE 4TH JULY』とあり、7月4[…]
収納しやすく持ち運びやすいカード型くもり止めスプレー これからの時期、急に雨に降られて走行する際にシールドが曇りやすくなる。雨の中でシールドが曇ると余計に視界がなくなり、安全運転を阻害する要因となりか[…]
論より証拠! 試して実感、その効果!! 1947年カリフォルニア州ロングビーチで創業し、これまでにカーシャンプーやワックスをはじめ、さまざまなカー用品を手がけてきた「シュアラスター」。幅広いラインアッ[…]