2004年MotoGP・第15戦オーストラリアGPにて。この時点のドゥカティのマシンはミシュランサポートを受けるワークスチームとしては3番手という位置にいた。ちなみにタイトルカットのマシンは2005年開幕戦バレンシアでのデスモセディチGP5だ。
ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、そのタイヤ開発やレースを回想し、今だから話せる裏話も披露します。MotoGPクラス参戦3年目となった2004年、翌年に向けた参戦体制づくりは、ドゥカティからの接触で急展開を迎えます。 目次 1 四輪のF1でフェラーリと組んでいたことが関係?2 […]

![|山田宏の[タイヤで語るバイクとレース]Vol.27「ドゥカティワークスと秘密の交渉!?」](https://young-machine.com/main/wp-content/uploads/2020/10/002_2004-R15_Capirex_Bayliss.jpg?v=1602228021)



























