3年ほど前に、僕は齋藤昇司さんと20年ぶりにくらいに再会した。以前お会いした時はカワサキのテストライダーだったが、今はカスタムパーツを製造&販売するケイファクトリーのテストライダーである。柔らかい笑顔は当時と変わらないが、目の奥には優しさとジェントルが増していた。
●文:ミリオーレ編集部(小川勤) ●写真:箱崎大輔 ●外部リンク:ケイファクトリー
【齋藤昇司(さいとう・しょうじ)】1953年生まれ。高校生の時にモトクロスに没頭。その頃からカワサキのテストライダーに憧れ、高校卒業後の1972年、新卒でカワサキに入社。1970年代はオフロードやモトクロスを中心にバイクを開発。1980年代に入るとロードバイクの開発がメインになり、1990〜2000年代の空前のフラッグシップブームを牽引。最後に担当した市販車はニンジャZX-12R。その後はテストライダーチームの取りまとめを担当しつつ、様々なバイクの試乗を続けた。
メーカーテストライダーの見識がカスタムの世界を広げる
この日、齋藤さんは自身の愛車であるゼファー1100ファイナルエディションでケイファクトリーに登場した。バイクを完璧にコントロール下においた安心感と、今年70歳ながらも年齢を感じさせない威風堂々としたフォームが、ゼファー1100をコンパクトに見せる。
齋藤さんは、2年ほど前からケイファクトリーのテストライダーを担っている。ケイファクトリーは大阪でマフラーやアルミ削り出しパーツなどを制作するメーカーで、様々なデモ車を制作している。齋藤さんはそんなデモ車の車体まわりの各パーツのバランスを見直し、調律を施す。
「齋藤さんがカワサキを定年するというタイミングで、デモ車の車体まわりのセットアップを手伝ってほしいと声を掛けさせてもらったんです。メーカーテストライダーのレポートは凄いですね。ハンドリングやパーツの良し悪しだけでなく、ハンドルの角度が少し違うとどうなるかなど、とても緻密です」とケイファクトリー代表の桑原さん。
高校生の時からカワサキが好き。テストライダーに憧れた
「中学生の頃からモトクロスごっこを始め、高校生の頃、カワサキのテストライダーの竹沢正治さんなどがレースで活躍していて、カワサキのテストライダーって凄いんだなぁって憧れていました。俺もその当時からカワサキが好きで、バイソン(250TR)に乗ったりしていて、全日本モトクロスにも出場していたんです。カワサキのテストライダーになったらファクトリーの道があるなぁと漠然と思っていました。たいして速くないのにね(笑)
そんな夢を追いかけて、よしテストライダーになろう! と決意。スズキやヤマハにも入れたかもしれないけれど、『やっぱり俺はカワサキだ!』と。カワサキに行こう! 明石に行こう! と思ったんですが、当時は群馬にいたから当然リクルートは来ない。高校の担任に相談しても、川崎重工業自体を知らなくて『どこの会社だ? 川崎市にあるのか?』と言われる(笑) だから、自分でカワサキにハガキを出して入社案内を取り寄せました。
11月に学科試験を受け、翌年の1月に面接を受け、その時『バイク関係でないと入社しません』と伝えて帰ってきました。バイクでも開発関係、希望はテストライダーだと明確に伝えたんです。その後に入社が決まったので、1972年の3月末に明石に引っ越しました。新卒でテストライダーになるのは同期に1人いましたが、初めてだったみたいです。入社して1970年代はオフロード関連の開発が多かったですね。どろんこ遊びばっかりですよ(笑)」と齋藤さん。
こうして齋藤さんは1972年にカワサキに入社し、その後カワサキに48年間勤め、バイクとジェットスキーを含めて33機種を開発した。
カワサキ最速の系譜には齋藤さんがいる
「最初に担当したロードバイクはZ1000Jでした。Z1の乗り味を越えられなくて苦労しましたね。車体は走らないとわからない部分が多く、経験も知見もなく難しかった。キャスター/トレール/スイングアームの長さなど、ディメンションの変更はもちろんですが、フレームにパッチを当てたりしてね。
すべて手探りです。今はパッチを貼るなんかない。ディメンションを大きく変えてあっち行ったりこっち行ったりもしません。きちんと解析しながら作っていますね。
その後、GPX750Rなどを担当してGPZ1000RXあたりからフラッグシップに。この頃は他のメーカーも勢いがありましたよね。谷田部をぐるぐるぐるぐる、もの凄い勢いで走ってましたよ。0-400mも数えきれないほどやりました。
最高速はGPZ1000RXが260km/h、ZX-10が270km/h、ZZR1100(C)が280km/hと、新型になるタイミングで10km/hずつ上がっていったんです。ZZR1100(C)はテストでは290km/hを超えていて、ZZR1100(D)で『おっし、300km/hいくぞー』となったけれど、この頃からあまり過激なことができなくなっていきました。
『カワサキはこうあるべきだ』みたいな教えはなくてね。とにかく先輩ライダーの背中を見ながら谷田部や富士スピードウエイを走りまくっていました。
面白いのは例えばGPZシリーズだと250/400/750/1100とバリエーションがあるけど、それぞれ全然乗り味が違う。テストライダーによって個性の出し方が違うんですよ。ホンダだったら全部同じような乗り味にすると思うんですけど、カワサキはできませんでしたね(笑)
カワサキは昔から、テストするのが谷田部か富士スピードウェイ。だから、ある意味、乗り味が大味なんです(笑) 乗れる人は乗れるけど、少しクセがある。でも乗りこなせれば楽しい。それがカワサキの味だったと思います。
今は違いますよ。例えばNinja ZX-10Rはとっつきやすい。一方でNinja H2Rみたいなインパクトのあるバイクを出せるのがカワサキなんです。
H2Rの加速には身体が震えました。340km/hまで一瞬。『テストライダー達も、ようあんなのテストしてたわ(笑)』と思いましたよ。でも速いバイクのテストは楽しいんですよ。やっぱりスピードはバイクの魅力のひとつなんです。
最後に担当した市販車はNinja ZX-12Rです。強烈でしたね。まだスピードリミッターがない時代、テストでは実測でも300km/hを超えました。フレームはモノコック、よく作ったなぁと思います。ただ、ライバルのスズキのハヤブサも良かった。どちらもインパクトがあるバイクでしたね」と齋藤さん。
そう、カワサキ最速の系譜には必ず齋藤さんがいた。300km/h! 320km/h! とユーザーも過熱していた時代だ。20年ほど前にお会いした齋藤さんは、いかにもカワサキのテストライダーというオーラを纏い、取材現場は緊張感に包まれていた。しかし、3年ほど前にケイファクトリーのテストライダーとして再会した斉藤さんの笑顔は、優しさとジェントルさに溢れていた。
それ以来、僕はケイファクトリーでこんな話を度々聞かせていただいている。とても貴重な時間をいただき、感謝である。
カスタムやメンテナンスをしながら長く乗り続けられるカワサキのバイク
「今でもカスタムやメンテナンスをしながら、昔のカワサキ車を乗ってもらえるのは嬉しいですよね。ありがたいことです。ゼファー/ローソン/GPZ900Rなどは、手をかけてコストもかけて乗ってもらっている。当時はこんなに長く乗ってもらえると思ってなかったんですけどね。想像もしてないですよ。やはり、スポーツバイクで長く乗ってもらおうと思って作るのは難しいと思います。W650とかであれば、長く乗ってもらうことも考えましたけどね。
カスタムパーツの充実やタイヤの進化も大きいですね。例えばケイファクトリーのGPZ900Rに乗っても、みんな乗り味が違う。一品モノですよね。当時の乗り味はないけれど、安定感があり乗りやすい。
スイングアームや各部の剛性の高さに驚きました。サスも硬めで、カスタムでこんなに硬くなるんだって思いました。昔は硬くしたくてもできませんでしたからね。
ケイファクトリーのカスタムバイクは、硬すぎるところを抜いたり、ハンドルの角度を変えたりと、しなやかで乗りやすい方向へと少しアジャストしていきます」と齋藤さん。
今回はケイファクトリーから程近い齋藤さんのテストコースをツーリング。バイクを完璧にコントロール下におき、少しリーンアウト気味に乗る齋藤さんの走りは健在。後ろからじっくりと観察する。
カワサキでエンジンや車体の過渡期を見てきた齋藤さんのノウハウは膨大だ。そのノウハウがケイファクトリーのバイクにフィードバックされていく。人生をカワサキに捧げた齋藤さんが、今はカスタムの世界にいる。それは、我々バイク好きにとって、とても嬉しいことである。
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